かっぱ
熊本県にあるあさぎり町岡原南には、2つの農業用ため池がある。
どちらも個人所有のものだが、そのうち、山の神(箱根駅伝のではない)を祀った祠の近くにある方には、昔からかっぱが棲むという言い伝えがあった。
ため池のそばに行くとかっぱが池の中に引きずり込むから近づくな、と子どもに言い聞かせていた。
まさかな、と思っていたが……
「おっちゃん、お腹空いたよう。何か食べ物をくれよう」
おっちゃんこと宮原健二(45歳・妻と2人の子持ち)は、帰省がてら釣りに立ち寄ったこの祠側のため池で、2本持ってきたうちの1本の竿で、まさかまさかのかっぱを釣り上げてしまった。
「い、いいやああああああ!!!!!!!」
健二は、かの名作『フィヨルドの恋人』のムンクさん(声:大泉洋ちゃん)張りの金切り声で悲鳴を上げた。
「そんなに驚かないでくれよう。空きっ腹に響くよう」
金髪おかっぱの、普段のかっぱのイメージとの乖離が凄まじい、見た目フランス人のイケメンかっぱが、その風貌との激しいギャップ感が否めない口調で健二を諌めた。
「た、たまがらん方がおかしかろが!わ、わやこぎゃんとこで何ばしよっとか!?」
球磨弁丸出しの健二が、半ばキレながらかっぱに質した。
「えええええ?ボクこのため池で昼寝してただけだよう。ボクもさっきよそから飛ばされてきたんだよう。おかげでキュウリ食べ損なって、寸前×だよう」
かっぱは半泣きでパワプロのステータスを引き合いに出しながら健二に説明した。
何だかかっぱがちょっぴり可哀想に思えてきた健二は、実家から持参した手弁当を開け、
「わやおにぎりとかは食いきっとか?」
と尋ねた。
「うん、食べれるよう。キュウリが大好物だけど、他のものも食べれるよう」
かっぱは答えた。
「ないばこけあっ弁当ば半分食え!おいの分も残しとけね」
そう言って、健二はかっぱに弁当を差し出した。
中にはおにぎりとおかずの卵焼き、唐揚げが2つずつ入っていた。
「おっちゃん!ありがとうよう!!」
少し前までの泣きっ面から一変、ぱあっと弾ける笑顔で、かっぱが礼を言った。
そして馬車馬の如く忽ち弁当の中身を全部食べ尽くしてしまった。
「わ、わっ、わや全部!?いいやああああああ!!!!!!!」
ムンクさんの叫び声がこだました。
あれから1時間が経過した。
健二の竿には未だ魚1匹たりとも掛かっていなかった。
その隣に、フルボッコにされ、元の顔形のない金髪おかっぱかっぱが横たわっていた。
「おっ、ちゃん、釣れてない、ねえ」
かっぱは健二に途切れ途切れに声を掛けた。
「わいがせいやろがい!人ん昼飯ば全部食いよって!!」
健二はイライラがMAXに達しようとしていた。
「おっ、ちゃん。さっき、から、殺気、がすごい、よう」
「あーん!?わやこん期に及んでダジャレばぬかすとかー!?」
「違、うよう。そ、んなに、殺気、すごかっ、たら、魚、釣れない、よう」
「あん?どぎゃんこつや?」
「えと、ねえ。おっちゃんもそうだけど、世の中のありとあらゆる生き物には『気』の流れがあるんだ」
もう戻ってやんの。
「気、って気合の気か?」
「うん。で、その気の流れは他の生き物にも伝わるんだ」
「はー。わいの気はいっちょん感じらんぞ。妖気んごたっとは感じるばってん」
「そりゃそうだよ。ボク妖怪だから、生き物ではないもん」
そのかっぱの発言を受け、ふと、健二は考えた。
何で生き物ではないのに、俺の昼飯が食えたのか、と。
健二は意外と根に持つタイプだった。
そして
「ほいで、わや何が言いたかとや」
と尋ねた。
かっぱは
「おっちゃんの殺気が、竿を通じて水の中の魚に伝わっているんだよう」
と答えた。
はっ、と何かに気づいた健二に
「おっちゃん、ボクに竿2本貸して」
と声を掛けた。
「高か竿やけん、大事に使えよ!」
健二はかっぱに竿を渡した。
「ありがとうよう、おっちゃん。見てて」
そう言って水面に針を垂らした。
するとすぐ浮きが動き、かっぱは瞬く間に魚を2匹釣り上げたのだ。
「わっ、わいすごかね!」
「おっちゃん気づいてただろう。ボクが気配消したの」
「あ、ああ。わいん周りにあった妖気んごたっとが消えたごつ感じたばい」
「そうなんだよう。そうそう、ボクの昔の友達が言ってたんだ」
「何てや?」
「心頭滅却すれば顔も猪木」
「銀魂かっ!?」
健二はジャンプユーザーだった。
「もう1度やるよ」
「おう!」
かっぱは再び2本の竿を使った。
やはり糸を垂らした瞬間に魚が釣れたのだ。
健二はかっぱの竿さばきを見ていた。
そしてあることに気づいた。
「わ、わや、ひょっとして二刀流か?」
そうかっぱに尋ねた。
「うんそうだよう。ボクかっぱだけど、剣術の稽古もしてるんだよう」
かっぱはそう答えた。
「何か宮本武蔵のごたる」
「ゴゴゴごめんよー!飛ばす時代間違えたよー!」
空から白い天使みたいなもんが降ってきた。
「ああ、頼むよう。今度は大丈夫だよね?」
「モチロンだよー!じゃ、いくよ武蔵(たけぞう)くん!」
健二は目の前の光景が未だ掴めていなかった。
「あ、おっちゃん竿!」
そう声を掛けて、かっぱは健二に2本の竿を返した。
「ご飯ありがとうよう!美味しかったよう!」
「お、おう」
「ほら行くよー武蔵くん!早く!!」
天使みたいなもんがかっぱを急かした。
「じゃあ頑張ってね、おっちゃん!さいなら!」
かっぱはそう声を掛けて、天使みたいなもんと一緒に消えていった。
「んと、何やったんやろか……?あ、釣り釣り!」
我に返った健二は、かっぱの言葉通り気を消して竿を垂らした。
すると程なくして、本日の1匹目が釣れたのだった。
「なるほどな。心頭滅却すれば顔も猪木、か」
健二は猪木面をしながらかっぱの言葉を噛みしめた。
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