待ち合わせは、いつもの駅前

角霧きのこ

序章:卒業式

 桜の花びらが、頭の上に降ってきた。

 昨日の雨で半分ほど散ってしまったけど、卒業式に楽しむには十分残っている。


「――沙羅さらちゃん!」


 耳に馴染んだ声が、私を呼んだ。

 振り向くと、そこには、ふわふわの髪をおさげにまとめた少女。

 私の、親友。


璃桜りお! 先生に手紙渡せた?」


「ばっちり。もー、先生泣いててさー……こっちまでウルッときちゃった」


 確かに、彼女の目元がちょっと赤らんでいる。

 相変わらず、感受性が豊かだなぁ。なんだかかわいくて、思わず笑ってしまう。


「おーい、沙羅ー!」


 不意に呼ばれて、振り返る。人混みの少し向こうで、お兄ちゃんがこっちに手を振っていた。紺のブレザーの肩に、ぽつぽつと桜色が乗っている。


「校門の前で、写真撮っておこうよ。璃桜ちゃんも一緒に」


「うん! 行こう、璃桜」


 卒業証書を持っていない方の手を差し出すと、璃桜はにっこりして、その手を取ってくれた。


「今日、暁人あきと先輩も来てたんだね。高校の制服着てるの、初めて見た」


 並んで歩きながら、璃桜が呟く。


「そうなの。お兄ちゃんったら、『仕事で来られなかった父さんの分まで、俺が見る!』とか言っててさ」


 今日だって本当は部活があったはずのお兄ちゃんは、門の前でデジカメをいじっている。


「相変わらず優しいねえ」


「んー、そうだけど……ちょっと過保護な気がする」


 あまり気が強くなく、物腰柔らかな私のお兄ちゃんは、昔から女子に好かれやすいけど——実際、あたしもお兄ちゃんっ子ではあるけど——妹からしてみると、いつまでも子供扱いされてるみたいで、少しだけ複雑。


「え〜、そうなの? でも、いいなあ……私もお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかった〜」


「いたらいたで、ちょっとめんどくさいよ」


 笑い合っているうちに、校門を出てお兄ちゃんの側に着く。


「ん? 楽しそうだね。何の話?」


 お兄ちゃんはそう言いながら、デジカメから顔を上げた。


「うちのお兄ちゃんがちょっと過保護って話」


「えっ!? 俺、そんな過保護かな……」


 璃桜が面白そうに笑う。あたしも、つられて笑う。お兄ちゃんは、カメラを構え直して、優しく微笑んだ。


「じゃあ、写真撮ろうか。そこに並んで」


「はーい!」


 二人で返事して、校門の側に駆け寄る。風が少し強めに吹いて、たくさんの花びらが舞った。淡いピンク色が、いくつも目の前を横切る。

 ……来年の春も、璃桜とこうやって、桜を見られるかな。

 桜の樹を見上げながら、どうしてか、そんな考えが浮かぶ。卒業式だし、ちょっとセンチメンタルなのかな。


「撮るよー。沙羅、こっち向いて」


 お兄ちゃんの声で、前を向く。ちらっと隣を見ると、璃桜の横顔が視野に入る。

 来年も、再来年も、この子と仲良くしていたいな。


「はい、チーズ」


 そんな思いが、写真に込もるかはわからないけど。

 込もったらいいな、なんて願いながら、カメラに向けて笑顔を見せた。

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