【KAGUYA】

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00. 前書きに代えて

 残照が消えた野外ステージの上空に、蒼い月が今にも墜落しそうな重力を感じさせていた。数万本のペンライトは、皆既日食のダイヤモンドリングのようにステージの輪郭を浮かび上がらせている。

 歓声、悲鳴、怒号。それから瞬くフラッシュ。彼女を取り巻いていたはずの世界には、何かが欠けていた。再び光の戻ったステージに彼女の姿は無く、永遠の喪失が訪れたことを人びとが認めるには暫し時間が必要だった。

 それは、余りにも唐突だった。彼女は突然、消えてしまったのだ。

しかし、静まり返った舞台の片隅から聞こえてくるパソコンのキーボードを叩く乾いた音だけは、彼女の姿が消えてしまった理由を知っていたようだった。

 最前線の客席、或いは彼女と同じ舞台にいた人達の中には、彼女の言葉を聞いた人もいた。

 声にならないように、か細く「さよなら、カケル」と耳にした人。

「本当のことは、……ゴメンね、教えられない」と囁く声だったという人。

 この他にも幾つもの証言の真偽は別として、彼女という存在が消えてしまったことを変えることは誰にもできない。

 中断されたライブの後に急遽開かれた会見では、「彼女を構成するシステムに特に問題は無く、またハッカーなど外部からの侵入によるシステムの破壊も認められなかった。むしろシステム自体が再起動を妨害しているような状態だ」との発表がなされた。要するに、未だ原因は不明ということらしいが、一部マスコミからは「隠ぺい工作だ」との推測の声も上がっている。

 キラ星のように電撃的なデビューをし、問題を引き起こし、世間を騒がせたAIタレント KAGUYA(調 芳夜/ツキノミヤ カグヤ)が引退宣言をすることもなく忽然と「失踪」したことは、如何にも我々の認識を破壊した――或る筋の人びとから言わせれば「非常識」な――彼女らしい最期とはいえないだろうか。

(葉月 陽子「彼女が消えた理由」より)

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