344話 高月マコトは、修行する


 …………チュンチュン。


 鳥のさえずりで、目を覚ました。


 隣から「すーすー」と可愛らしい寝息が聞こえる。


(何かデジャヴだな……)


 すぐ横でソフィア王女が眠っている。

 俺はその長く艶やかな髪を撫でようとしてやめた。

 

 起こしては申し訳ない。

 ゆっくりとベッドから立ち上がろうとすると。


「おはようー、高月くん☆ 朝ごはんできてるよー」

「珍しく朝遅いわねー、マコト」

「ん?」


 おかしい。

 俺とソフィア王女しかいないはずの部屋から、人の声がする。


 気のせいだろう。

 きっと俺は寝ぼけているのだ。


(水魔法・冷たい水弾ウォーターボール


 顔に冷水をぶっかける。

 水魔法が神級になって水温調整ができるようになった。

 意外に重宝している。


 俺は顔を振って、顔についた水滴を落とした。

 ふぅ、これで目が覚めた。


「高月くん、顔を洗うなら洗面所に行ってくれば?」

「ちょっとマコト! 水がこっちに跳んでくるんだけど!?」

 さーさんがきょとんと、ルーシーが顔をしかめてこっちを見ていた。


「何で二人がここにっ!?」

「…………ふわぁ……、おはようございます」

 俺の声にソフィア王女が起きてしまった。


「あら、もうこんな時間なのですね。今日は寝坊しました」

 ソフィア王女は、ルーシーとさーさんが居ることに疑問を覚えず普通に着替えている。


 あ、あれ?

 俺がおかしいのか。


 俺が戸惑っていると、ソフィア王女はテキパキとドレスに着替え、髪を一つに括った。

 そして、ルーシーやさーさんの座っているテーブルに座る。


「勇者マコト、座らないのですか?」

「マコト、なにしてるの?」

「高月くん、ご飯食べようよ」

「…………」

 三人に促されて俺もテーブルの前の席に座った。


 そしてさーさんが並べてくれた朝食を食べる。

 作ったのはお城の料理人さんだ。


 メニューは、


・白米

・温泉卵

・魚の塩焼き

・根菜の漬物

・青菜と木の実のサラダ


 めっちゃ和食だ。

 ちなみにローゼスを中心に、西の大陸に和食文化が広がっているのは大体ふじやんのせいである。


 朝ごはんは非常に美味しかった。


「ごちそうさま」

 俺はゆっくりと味わって朝食を食べ終えた。

 そして、改めて二人に聞く。


「で、二人は何でここに?」

「ソフィアに呼ばれたからよ」

「朝になったら迎えに来てって言われたのー」

「そうなんだ?」

 俺がソフィア王女のほうに振り返った。


「何も言わないと容赦なく夜に乱入してきますからね、お二人は。だったら最初から時間を決めておいたほうが良いです」

「……なるほど」


「さて……、私は公務に戻ります。ルーシーさん、アヤさん。勇者マコトがふらっとどこかに出かけないように見張っておいてくださいね」

「おーけー! ソフィア」

「りょうかいー☆」

「え?」 

 がしっと、両脇からルーシーとさーさんに掴まれた。


「夜まで待っていてくださいね。逃げてはいけませんよ」

 俺に背を向けて、首だけをこちらに向けて小さく笑うとソフィア王女は扉から去っていった。

 その冷たいような見透かしたような目に、少しぞくっとした。


「何かソフィア雰囲気変わったわね」

「ほら、だってさぁ、るーちゃん」

「あー、そうよねー、アヤ」

「「…………」」

 ルーシーとさーさんが、意味ありげに俺の方を見てニヤニヤする。


「……なに?」

「ねぇ、マコト。ソフィアはベッドの上だとどうだったの?」

「ちょっと、るーちゃん。言い方」


「えー、間違ってないでしょ?」

「もう少しオブラートに……ま、いっか。高月くん、昨日のこと教えてー」

「……えぇ」

 ルーシーとさーさんに詰め寄られ、言葉に詰まる。


 よりによってこの二人に説明しないといけないのか。

 俺は視線を宙に彷徨わせて、何を言うべきか迷い、結局話題をそらすことにした。


「さて、魔法の修行でもしようかな」

 大きく伸びをしながら、ドアから外に向かう。


「ちょっと、マコト! 誤魔化したわね! どこに行く気?」 

「高月くーん、ソフィーちゃんに待ってるように言われたでしょ」


「そう言ってもさ。空間転移テレポートをそろそろ使いこなしたいんだよ。ノア様に言われててさ」

「ノアって……、あのヤバい女神よね」

「例の怖い女神様かぁー」

 ルーシーとさーさんには、ノア様の印象はよろしくない。

 怖くないよ?


「ルーシー、空間転移の練習に付き合ってくれよ」

「ふーん、マコトが魔法のことで私を頼るなんて珍しいわね。よし! じゃあ、一緒に修行してあげるわ! ねぇ、アヤ!」

「…………私はパス」

「なんで!?」

 ノリよくOKしてくれたルーシーと違い、さーさんの反応は悪かった。


「だってぇ~、前にるーちゃんの空間転移を一緒に練習した時散々だったんだもん」

「そ、それは……悪かったわよ」

「だから私は留守番しておくねー☆ るーちゃん頑張って」

 さーさんはにっこりと笑って、俺とルーシーへの同行ははっきりと拒否した。


「ルーシー、前に何があったんだ?」

「えっと……それはぁ~」

「前にルーちゃんと空間転移の練習した時は、魔物の住処モンスターハウスのど真ん中や、上空千メートルにほっぽりだされたり、水の中に転移したり、火山の火口に跳ばされたりして大変だったんだから! しかも空間転移のあとはるーちゃんがぐったりしてるから、フォローするのは全部私だし!」


「そ、そうだったかしらー?」

 ルーシーが目を泳がせている。

 どうやら本当らしい。


「じゃあ、魔法の修行は俺とルーシーだけか。さーさんはどうするの?」

「水の国の王都で、お茶したり買い物して待ってるねー。そろそろ服を新調したかったし」

「えー、ずるい。私も買い物行きたいんだけど! アヤー」


「るーちゃんの服も一緒に買っておくから。あとで一緒に着ようね」

「うーん、自分で選びたかったけど……。アヤの趣味って私には可愛すぎるのよねー」

「この前はるーちゃんが選んだじゃん。あの服は私には露出多すぎて外じゃ着れないよ!」


「えー、あれくらい普通でしょ? 似合ってたわよ」

「高月くん以外の男の人に、あの格好を見せるのは恥ずかしいなぁ」

「マコトにはもっと恥ずかしい格好見せてるんだからいいじゃない」

「そうだけどー」

「そ、そろそろ修行に行こうか」

 二人の会話が止まらない。



 俺とルーシーは、水の国の王城の中庭へとやってきた。

 さーさんは、俺たちを見送ったあとに出かけるらしい。



「さて! じゃあ、最初に私が空間転移の見本を見せるわね! といっても、マコトには散々使ってるけど」


 シュイン、とルーシーの姿がかき消え10メートルほど離れた位置に現れる。


(無詠唱の短距離空間転移か……。凄いな、完璧に制御している)


 一応、魔法の仕組みや方法はわかるのだが……。

 実際にやってみると、さっぱり上手くいかない。


「じゃあ、次は俺が……精霊さん、精霊さん」

 時の精霊に声をかける。


(…………)

(…………)

(…………)


 反応が悪い。

 神獣リヴァイアサンと戦った時は協力的だったのになぁ。


「何やってるの? マコト」

「精霊にお願いをしてるんだけど、反応が悪いんだよ」

「わざわざ精霊に頼まなくても、マコトの魔力を使えばいいでしょ?」


「うーん、でもせっかくの精霊使いだし……」

「変なこだわりあるわよねー、マコト」

 ルーシーに呆れられた。


(…………!)

(…………!)

 お、ルーシーと雑談してたら時の精霊が反応した。

 時の精霊は構い過ぎるより、少し放置したほうがいいのかもしれない。

 よし、いけそうだ。


「ルーシー! 空間転移使うぞ!」

「えっ!? そんな急に」

 戸惑うルーシーの手を掴む。


 次の瞬間、俺とルーシーは光に包まれ眼の前の景色が一転した。





 ◇





「ただいまー」

「ただいまぁ~……あ"ー、やっと帰れたーー!」

「おかえりー、高月くん、るーちゃん! ……って凄い疲れた顔してる」


 俺とルーシーが、魔法の修行を終えてソフィア王女の部屋に戻ってくるとさーさんが部屋でお茶を飲んでくつろいでいた。

 足元には沢山の買い物袋が並んでいる。


「た、大変だったわ。どうしてマコトの空間転移は宇宙に行ったり、北極に行ったり、果ては深海のリヴァイアサンの眼の前に跳んでいったりするのよ!! 最後のは心臓止まるかと思ったわよ!!」

「悪い悪い、ルーシー。でも俺と一緒ならリヴァイアサンは何もしてこないよ」


「そーいう問題じゃないでしょ! 何よあれ! 大きすぎて最初は生き物と思えなかったわよ」

「へぇ、神獣ってそんなに大きいんだー」

 さーさんは、興味深そうに聞いてきた。


「買い物はどうだった? さーさん」

「楽しかったよー、いっぱい買えたし。でも、今度は皆で行きたいなー」

「そうだな。次は俺も付き合うよ」

「うん!」

 今日は俺の修行を優先させてしまったから、次はさーさんに合わせよう。

 

「うわ、いっぱい買ってるわね。見てもいい? アヤ」

「どうぞー、可愛い服がいっぱいあったよ」

「へぇ~、私の服ってどれ?」

 ルーシーもさーさんの買い物袋に気づいたようで、興味をそっちに移した。


「はい、これが私が選んだるーちゃんの服。今、水の国で流行ってるんだってー」

「ありがと、アヤ。うーん、青い服って私に似合うかしら?」

「きっと似合うってー! 着てみようよ!」

「そうね、じゃあマコトとアヤに見てもらおうかしら」

 そう言うや、ルーシーがその場で服を脱ぎだす。


「お、おいルーシー! 向こうに着替える部屋あるだろ!」

「別にいいじゃない。この部屋はマコトとアヤしかいないんだし」

「私も今日買った服、高月くんに見てもらおうっと」

 さーさんまでその場で服を脱ぎだした。


 俺は慌てて、視線をそらす。


「なんでこっち見ないの?」

「高月くん、見てよー」

「着替え終わったら見るよ!」

 女の子の着替えの最中を見るのはとても気恥ずかしいのだけど、それは俺だけなのだろうか。


 横で衣擦れの音が聞こえるのを落ち着かない心地で待った。


「じゃーん! どう? マコト」

「高月くん、似合うかなー?」

 ルーシーとさーさんに声をかけられ振り向く。


 青い服のルーシーと、赤い服のさーさんは新鮮だった。

 そして世辞抜きで、とても可愛らしい。


「似合ってるよ、二人とも」

「ほんと?」

「やったー」

 ルーシーとさーさんは、満面の笑みで返す。

 その後、大きな姿鏡の前で色々ポーズをとっている。


「ねぇ、アヤ。他の服も着てみましょうよ」

「そうだねー、一通り試そうー」

 再び服を脱ぎだす二人。


(二人はまったく恥ずかしがってくれない……)


 照れているのは俺だけらしい。

 

 その後、しばらく二人のファッションショーは続いた。




 ◇




「ただいま戻りました……、あら。ルーシーさんとアヤさん、これは一体何ですか?」

 ソフィア王女が仕事から帰ってきた。

 ドアを開けて目を丸くする。


 ソファやらベッドには、今日さーさんが買ってきた服が散乱している。

 

 二人は自分の服を一通り試したあと、お互いの服を交換して試着していた。


 ルーシーとさーさんは、俺の目の前でも平気で下着姿になるので最初はあまり見ないようにしていたが、後半は『明鏡止水』スキルで気にしないように、水魔法の修行をしていた。


「おかえりー、ソフィーちゃん。この服を今日買ってきたの」

「ソフィアも着てみる?」

「あまり散らかさないでくださいね。……でも可愛い服が多いですね」

 ため息を吐いたあと、ソフィア王女がさーさんが買ってきた服の一つをしげしげと眺めている。


「よーし、ソフィアも着よう!」

「着替え手伝うねー」

「ちょっと待ってください! 脱がさないでください! 一人で着替えられますから! あと勇者マコトがそこにいるのですよ!?」

 ルーシーとさーさんが、ソフィア王女の服を脱がそうとするとソフィア王女が焦る。

 よかった、ソフィア王女はまともだった。

 ちゃんと恥ずかしがってくれた。


「わー、ソフィアの肌すべすべ」

「いいなー、色白で」

「何で脱がすのを止めないんですか!? ゆ、勇者マコト! 見てないで助けてください!」

「おーい、ルーシー、さーさん。やめなさいって」

 ぱちんと、指を弾く。

 

「ありゃ?」

「わわっ!」

 水の精霊に霧を生み出してもらい、それを操ってルーシー、さーさん、ソフィア王女を引き離した。


「大丈夫? ソフィア」

「あ、ありがとうございます。あの二人は酔っ払ってるんですか?」

「残念ながらシラフだよ」

「あれでですか!?」 

 ソフィア王女が青ざめた。


「ごめんごめん、ソフィア」

「悪ノリしちゃったー」

「まったく、あなたたちは……。いつものことではありますけど。さて、じゃあ着替えてきますね」

「あれ?」

 結局、着替えるらしい。

 ソフィア王女も新しい服は着てみたかったようだ。 


 衣装部屋クローゼットルームの奥へ服を持って消えていった。

 10分後、淡い桃色のワンピースを着たソフィア王女が戻ってきた。


「ど、どうですか……? 勇者マコト」

 いつもと雰囲気が違う。

 普段のキリッとしたソフィア王女が、ほわんとした空気をまとっている。


「す、凄く似合ってますよ」

「何か私たちの時と反応違くないー?」

「ソフィーちゃんにデレデレしてるー」

 ルーシーとさーさんが、両側から俺の頬をつねってきた。


 その後、ソフィア王女はもとの服装に着替え直していた。

 スカートが短すぎて落ち着かなかったらしい。 



 その後は、部屋でだらだらと四人で過ごした。



「そういえば今度月の国ラフィロイグへ行きますが、勇者マコトはどうしますか?」

「あー、フリアエさんに会いに行かないとなー」

「早く行ってあげなさいよ。絶対、怒ってるわよ」


「そうそう、女王様の仕事忙しそうだし。顔だしてあげなきゃ」

「空間転移がっ! 空間転移さえ上手くいけばっ!」

「マコトの空間転移が上達するのはまだまだ先よ」

「そんなに難しいんだ?」

「飛空船の席を確保しておきますね」

 そんな会話をしていると。


「た、大変です!!」

 ドタドタという足音のあと「バーン!」とドアが大きく開けられた。


「何事ですか? 騒々しい」

 ソフィア王女が、入ってきた城の兵士を小さく睨む。


「申し訳ありません! ソフィア様! 太陽の国ハイランドより緊急の伝達がきております! こちらを!」

 大慌ての兵士の人が、ソフィア王女に手紙ようなものを渡す。


「緊急……ですか。ノエル女王陛下からは何も聞いていませんが……あら?」

 ソフィア王女はそれを受け取り、裏面を見て目を丸くした。


「勇者マコト、貴方宛ですよ」

「え?」

「マコト宛?」

「なになにー?」

 ソフィア王女から、手紙の封筒を受け取った。

 そこにはかすかな魔力が残っており、どうやら魔法で転送されてきたらしい。


 宛名は、確かに『高月マコト』となっている。


 俺は手紙の中身を確認した。


 中には紙が一枚入っているだけで、簡潔に文章が記されてあった。



 ――至急、太陽ノ国ヘ来ルヨウニ(from 白ノ大賢者)



大賢者様モモからの呼び出しだった。

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