343話 高月マコトは、ソフィア王女と語る

「…………」

「…………ソフィア?」

 俺はこれまでの経緯を、ソフィア王女に説明した。


 場所はソフィア王女の私室。

 さっきまで俺が寝ていたベッドに、二人で並んで座っている。

 

 既にルーシーとさーさんから、報告を聞いているはずなのだが……。

 俺の口からも事細かに説明をすることとなった。


 辺境村での出来事や、千年前に出会った古竜との再会。

 の話よりは、何故か出来事について詳しく尋ねられた。


「…………」

「えーと、ソフィアさん?」

 そして俺が説明し終えたあと、ソフィア王女はずっと無言である。


 別に怒っている感じでもないのだが、何かを言いたげで何も言わない。


 ソフィア王女は、ちらちらとこっちを見ている。

 目が合うと、ぷいっと逸らされる。


(何か言ってくれるまで待つか……)


 俺が魔法の修行でもしようと、水魔法を発動させた時。


「よくこの状況で他事をできますね」

 ソフィア王女に頬をつねられた。


「やっと口を開きましたね」

「あなたが鈍感だからです」

「鈍感?」

 俺が首をかしげると、ソフィア王女が大きくため息を吐いた。


「勇者マコト」

「はい」

「あなたはもう女性経験があるのですよね?」

「……そう……ですね」

 俺は何を聞かれているんだ?


「だったら!」

 ぐいっと、ソフィア王女が身体を寄せてくる。


「……どうして何もしてこないのですか?」

「…………え?」

 ソフィア王女の言葉に、はっとなる。


 ただ、水の女神様を信仰するローゼス王家において婚前の女性に対しては、そーいうことをするのはよろしくないと聞いた覚えが。

 なによりソフィア王女は『水の巫女』。

 その場のノリで、みたいなのは許されないはず。

 

「それは……結婚後のほうがよろしいのでは?」

 俺は恐る恐る尋ねた。


「わかっています! でも、ルーシーさんやアヤさんの話を聞くと気が変わったんです!!」

「そ、そうでしたか」

 ぷーっと、頬をふくらませるソフィア王女。


 ……俺は、とんだ鈍感野郎だったようだ。


「ソフィア」

 俺は彼女の肩を抱き寄せた。


「はい……」

 ソフィア王女は大人しく、寄りかかってくる。

 俺はゆっくりとソフィア王女をベッドに寝かせ、長く美しい髪をなでた。


「綺麗だ」と思ったが、わざわざ口に出すのは陳腐かと思い俺は何も言わずにソフィア王女に口づけした。


 そして、彼女のドレスの第一ボタンに手をかけた時。




「ソフィア姉様、マコト兄様は目を覚まし……」




 静かにノックをした後、誰かが入ってきた。


 一見美少女と見間違えるほどの美形な少年。


 ソフィア王女を姉様と呼ぶのはただ一人――レオナード王子だ。


 普段は天使のような微笑みを浮かべているレオナード王子は、ベッドに押し倒される姉の姿を見て引きつった笑顔のまま硬直していた。


 部屋の中には、氷のような静寂が訪れる。


「…………」

 おそらく『冷血』スキルを使っているであろうソフィア王女は、いつも以上の無表情だ。

 澄まし顔で俺に押し倒されている。

 内心は不明だ。


「…………」

 慌てて『明鏡止水』スキル100%を発動した俺は、とても冷静だ。

 ……スキルを解いた時がとても怖い。

 何か言ったほうがいいはずなのだが、口から言葉が出てこない。


「…………」

 レオナード王子は、滝のような冷や汗を流している。


 うん、ご家族のプライベートなシーンを目撃したらそうなるよね。

『冷静』スキルを得ているはずだが、まだまだ使いこなせてないようだ。


「レオ、時間を改めなさい」

「…………っ!? 申し訳ありません、姉さま!!!」

 バタン! と大きな音を立ててドアが閉まる。


 そして、タタタタ、と何処かへ走り去っていく足音が聞こえた。

 レオナード王子に申し訳ないことしたなぁ……。


 いやそれよりも、今は先に気を使わねばならぬ王女が目の前にいるわけで。


「ソフィアさん?」

「~~~~~~~/////////」

 真っ赤になって顔を隠しているソフィア王女が、足をバタバタさせていた。

『冷血』スキルを解いたらしい。

 

「続き……します?」

「するわけ無いでしょう!!!」

 怒られた。 


(……マコくんってさぁ、バカじゃないの。先に鍵をかけなきゃ)

 水の女神エイル様にも怒られた。

 というか、やっぱり視られてた。


 ソフィア王女はゆっくりと立ち上がる。 

 部屋にある大きな姿鏡の前で、乱れた髪とドレスを整えている。


「私は公務に戻ります。しばらくは王城に居ますよね?」

「…………えっと、はい。居ます」

「では、泊まる部屋を用意させます。夜には一緒に食事をしましょう」

 そう言うとまだ少し頬が赤いソフィア王女は部屋を出ていった。


 そして、ぽつんと取り残される俺。


(あーあ、いい雰囲気だったのにー)

 水の女神様がぼやいた。


(ねぇ、エイル。ソフィアちゃん焦りすぎじゃないの? 婚約者なんだから堂々としてればいいのに)

(駄目よノアってば。マコくんを狙ってる女がいっぱい居るんだから、誰のものか周りにわからせておかないと)

(マコトは私のものよ?)

(わかってるってば)

 ノア様とエイル様の雑談が聞こえる。

 というかノア様も視てたらしい。

 

「……恥ずかしいので覗かないでくださいよ、女神様」

(恥ずかしがらなくてもいいわよー、マコくん)

(別に私は視てないし)

 いや、絶対に視てましたよね? ノア様。 

 言うだけ言ってみたが、きっと無駄なんだろうなぁ。


 時間が空いたし、ローゼス城を散策しようと思った。

 ルーシーとさーさんはどこにいるんだろう?


 俺はふらふらと、王城の廊下を歩いた。

 途中、警備の騎士さんや城務めのメイドさんとすれ違った。


 全員の顔を覚えているわけではないが、ローゼス城にはよく来るので知っている顔は多い。

 そして、あちらは高月マコトおれの顔と名前を知っているようで皆笑顔を向けてくれる。


 水の国の人々は、ソフィア王女の婚約者である俺に概ね好意的だ。

 とはいえ、気軽に雑談するほど親しいわけでもない。


(誰か知ってる顔は……)


 そんなことを考えていると、クイクイ、と水の精霊に服を引っ張られた。

 ん? と思いそちらへ足を向ける。


 やってきたのはローゼス城の中庭。

 色とりどりの花が咲き誇り、中央には大きな噴水が虹をかけている美しい庭園だった。


 庭園内にベンチがあり、そこに座っている人影を見つけた。

 知っている顔だ。


 というかついさっき顔を合わせたばかりだ。

 少し気まずいが、俺は話しかけることにした。

 こういうのは早い方が良い。


「レオナード王子」

「ま、マコト兄様!?」

 びくりと、さっき会ったばかりのレオナードがこちらへ振り向く。

 そして何かを思い出したのか、真っ赤になった。


「僕は何も見ていませんから!」

「何もしてませんからね」

 ぎりぎりだったけど。

 

「ところでさっきは、俺を訪ねてきてくれました?」

 露骨に話を逸らす。


「え、はい。そうですね。マコト兄様はローゼス城にあまり立ち寄ってくれませんから。会いに行くに決まってるじゃないですか」

 と可愛いことを言われた。


「それからっ!」

 レオナード王子が、ぐいっと顔を近づけてくる。


「マコト兄様はもっとソフィア姉様に会いに来てください! 婚約者なんですよ!」

「は、はい……」

 顔を寄せるレオナード王子は、やはり女の子にしか見えない。


空間転移テレポートをマスターしたら、もっと気軽に来れますから」 

「……それ前も言ってましたよ?」

 ジト目で見られた。

 

 いや、本当ですって!

 思ったよりずっと難しいから。

 ルーシ―や、モモはよくあんな気軽にポンポン空間転移テレポートできるもんだと驚く。


「では、お待ちしてますね。ところでマコト兄様はローゼス城の中庭で何をしてるんですか?」

「ヒマしてたんですよ。夕食はソフィア王女と約束してますけど、それまで時間が空いたので」

 俺が言うとレオナード王子の顔がぱっと輝く。


「じゃあ、僕の剣の修行の相手になってくれませんか! 今度魔獣討伐に遠征に行くことになったのですが、聖剣使いに自信がなくて……」

「へぇ……、魔獣ですか。どこに行くんです?」


「南の大陸にあるカルディア聖国からの要請でして……。自国の戦士では手に負えないため、西の大陸の勇者の力を借りたいと」

「南の大陸……」

 俺にはあまり馴染みがない。

 

 ただ、確か『海底神殿』に並ぶ最終迷宮の一つ『天頂の塔バベル』があったはずだ。

 折角だし、攻略に行ってみるのもいいかもしれない。


「俺も手伝いましょうか? 南の大陸の魔獣討伐」

 問題ないだろうという提案だったが。


「だ、駄目です! これは僕が勇者として水の女神様から与えられた『試練』ですから!」

 首を大きく横に振られた。

 あれ? 断られた?


(駄目よー、これはレオちゃんの試練なんだから。大魔王戦や魔王討伐で、大きな功績を得られなかった代わりにレオちゃんが独力でやり遂げることに意味があるのです!)

 水の女神様からも、止められた。

 

「わかりました。では、武運を祈っていますね」

「はい! というわけで剣の修業をお願いします!」

「…………素人なんですけど」

 神族になって、一応剣を振るうことはできるくらいの身体能力になったが、剣の腕はからっきしだ。

 レオナード王子も、はっとしてすぐに気づいたようだ。


「で、では僕は剣を使うのでマコト兄様は魔法で……」

「それならいいですよ」

 というわけで、異種格闘技戦のようになった。


 自信なさげであったが、いざ聖剣を振るうとレオナード王子の剣筋は見事なものだった。


 というか、割りと危ない場面もあったがランダムに発動する『未来視』と勝手に俺の身を護ってくれる水の大精霊が、レオナード王子の攻撃を避けたり防いだりした。


 おかげでなかなか得難い、修行の時間になったと思う。




 ◇




「はぁ……、緊張した」

 ローゼス城での夕食が終わり、俺は用意された客室で一息ついた。


「ふふ、すいません。今日の父上は饒舌でしたね」

 ソフィア王女がくすりと笑う。


 ソフィア王女に誘われた夕食は、いわゆる家族での食事会だった。


 つまりはローゼス国王陛下、王妃陛下が同席しているわけで。

 テーブルマナー等、詳しくない俺はおどおどしながら食事をすることになった。

 料理は非常に美味しかったのだが、とにかく落ち着かなかった。

 

(別に無礼講だって言ってたでしょー、マコくん。気楽にすればいいの)

(そうそう、世界を救った英雄であるマコトのほうが偉いんだから、偉そうにしてればいいのよ)

 エイル様とノア様に言われるが、俺はそんなキャラじゃないですよ。


 ちなみに、食事会にはルーシーとさーさんも招待されていたが。


「んー、私は王都の行きつけの酒場に行ってくるわ!」

「私もー! いつものお店だよね!」

「いくわよ、アヤ」

「おーけー、るーちゃん」

 颯爽と二人で、夜の街に消えていった。


 ……ずるい。


「父上も緊張してましたよ」

「そうなんですか?」

「ええ、勇者マコトに式の日取の許可を得ようと朝から気張っていましたから」

「別にいつでもいいんですけどね」 

「そう伝えていたんですが……、本人の口から聞きたかったそうです」

 王家ともなると、色々とルールがあるのだろう。

 難儀なことだ。


 ちなみに、俺とソフィア王女の結婚式は『水聖祭』というお祭りの日に行われることになった。


 水の国の建国記念日らしい。


 七日かけて水の女神エイル様へ、国の平和と繁栄の感謝を伝える日なんだそうだ。


 エイル様って、普段は仕事を部下の天使に丸投げして海底神殿でノア様と遊んでることのほうが多いけど……。

 

 そんなことを考えていると。


「ところで、喉は渇きませんか?」

 夕食後、俺の客室までついてきたソフィア王女が飲み物を注いでくれた。


「ありがとうござ……」

 そう言って、俺がグラスを受け取った時。




『グラスに入ったの果実酒を飲みますか?』

 はい

 いいえ




 目の前に、ふわりと選択肢が浮かんだ。


 俺はぴたりと止まり、ソフィア王女をまじまじと見つめる。


「ど、どうかしましたか? 勇者マコト」

 ソフィア王女が目に見えて動揺している。



 ――運命魔法・精神加速マインドアクセル



 俺は魔法を使って、思考速度を上げた。


 お酒に媚薬を入れた犯人は、ソフィア王女だろう。

 グラスにお酒を注いだのは彼女だ。

 

 媚薬なんてどうやって手に入れたのか? と思ったが王家ならどうとでもなりそうだ。

 もしかしたら、ふじやんあたりが手配をしていても特に驚かない。


 さて、一番の問題。

 どうして、俺がこれから飲むグラスに媚薬が入っているのか……?


(マコくん……、まさか理由がわからないの?)


 水の女神様に話しかけられた。

 というか、なんで普通に話しかけてくるんだ。

 精神加速中のはずなのに。


(私が女神だからですー。マコくん、ソフィアちゃんの気持ちを汲んであげてね)

(わかってますって……、というかエイル様話しかけ過ぎじゃないですか!? 俺はノア様の信者ですよ!)

(だってノアが機嫌悪いんだもん)

 機嫌悪いのか……。

 

「勇者マコト……?」

 不安そうに俺を見つめるソフィア王女。

 俺は覚悟を決めると、ぐいっとそのグラスの中身を


「そ、そんな一気に……!?」

 お酒に強くない俺を知っているソフィア王女が目を丸くする。


 酔ったのか、少しくらっとしたが、気にせず『明鏡止水』スキルを解いた。



「ソフィア」

 俺は無意識で、名前を呼んでいた。


「は、はい……」

 頬を染めたソフィア王女の顔が、とても可愛らしく見える。


 媚薬の効果だろうか?

 でも、いつだってソフィア王女は美人だから普段通りかもしれない。

 

 気がつくと俺は、彼女に口づけをしていた。

 そして、ドレスに手をかけ脱がそうとした時、昼間のことを思い出した。


 ドアを見ると、鍵が開いている。

 これはいけない。

 

(水魔法・永久凍氷)


 俺はドアごと魔法で凍らせた。

 これでドアから誰かが入ってくることは不可能だ。

 このままだと一晩どころか、数年凍ったままになってしまうので後で魔法を解除しよう。


「マコト……」

 ソフィア王女は潤んだ瞳で俺を見つめる。

 再び、その可愛さに頭がクラクラした。

 

 俺はベッドにソフィア王女を押し倒した。



 ――その夜、邪魔が入ることはなかった。

 

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