288話 高月マコトは、厄災の魔女と語る


――厄災の魔女は、黒い血を撒き散らしながらゆっくりと倒れた。


 俺も含めた仲間たちが、あっけにとられている。

『光刃』を放った光の勇者アンナさん自身が、一番驚いている。


「……むちゃくちゃ……ですね。……何ですか、……その短剣は?」

 消え入りそうな声で、厄災の魔女が呟いた。

 確かに、こんなことなら最初から神器をアンナさんに渡しておけばよかった。

 

「あ、あの……マコトさん、この短剣は一体……?」

「女神様から頂いた神器です。こんな威力が出るとは思いもしませんでしたけど……」

「お、お返ししますね」

 恐れ多いというふうに、アンナさんが短剣を返してきた。


 神器たんけんに救われた。

 そして、これを使うように指示してきた御声。

 間違いなく女神ノア様のものだった。



「ノア様? ノア様、聞こえますか? 先程はありがとうございます!」



 空に向かって叫ぶ。

 しかし、返事はない。

 あれは気のせいだったのだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 

「ああ……、神代の終わりに只一柱で神界戦争を引き起こしかけたというあの恐ろしい女神様ですか。カインさんの神器と同程度のものと油断していました……。貴方は随分とかの女神様の寵愛を受けているのですね」

 厄災の魔女の苦しげな声を聞きながら、俺は短剣を見つめた。


 魔力を宿した蒼い刃はいつも通り美しく輝いている。

 この世界に来て初めての武器。

 何度も助けてもらった魔法の短剣。


「……その短剣……、ノア様から賜ったと……言っていたな」

 フラフラとやってきたのは、黒騎士カインだった。


「大丈夫か?」

「なんとか……な」

 身体の怪我は、鎧の加護で治っているようだったが、肝心の鎧は半壊している。

 冥府の双頭犬オルトロスの牙の痕が痛々しい。

 

「どうやら……マコトの神器は特別なようだ……」

 カインが寂しそうな顔をする。

 いや、俺は君の剣と全身鎧が羨ましいです。


「そもそも素材は同じって聞いたけど」

「そうなのか?」

「その割には、見た目が全く異なるが」

 口を挟んできたのは、ジョニィさんだった。


(そうね、魔王カインと高月マコトの持っている神器は同じ神鋼アダマンタイトで造られているわ。でも、製法が異なる……ノアより神格が劣る運命の女神わたしではわからないけど)

 へぇ……、素材が少ない分強く造ってくれたということだろうか。


「ノア様……、感謝します」

 俺はその場に跪き、女神様に感謝の言葉を告げた。

 

 やはり返事はない。

 千年後に戻ってからお礼を言うしかないか。


「…………信心深い……のですね……高月……マコトさん」

厄災の魔女ネヴィアさん……」

 忘れていたわけではない。

 油断させて復活してくるのでは? と皆注意深く見ていた。


 しかし、身体を二つに引き裂かれた魔女の体は少しずつ砂のように崩れ落ちている。

 まだ喋れることが不思議なほどだ。


「よかった……ですね。世界を救った貴方の名は、永遠に歴史に刻まれるでしょう……」

(そうよ、高月マコト。これで世界の危機は去ったわ)

 何故か厄災の魔女に同意するかのような運命の女神様。

 

 確かに大魔王と同化した厄災の魔女は倒れ千年前の世界は救われた。

 しかし、違和感が残る。

 これが終着点ゴールではない。



「イラ様。千年後に復活する大魔王はどうなりました?」



 そう。

 千年前の平和も大切だが、俺にとって一番大事なのは千年後の世界。

 無事に歴史改変は防ぐことができたのだろうか。


(あっ)

「「「「えっ?」」」」

「……ち」

 イラ様と仲間たちの驚きの声が響く。

 最後の舌打ちは、厄災の魔女のものだ。

 というか、イラ様は忘れないでいただきたい。


(わ、忘れてないわよ! うっかりしてただけで!)

 歴史をこの女神様にまかせて大丈夫なのだろうか。


(えっとね……、うん。確認したわ! 千年後は同盟での軍勢と戦うところまで歴史が確認できたわ! つまり高月マコトが過去に渡る前の状態に…………あれ? これ大丈夫よね?)


「七ヶ国ってことは月の国が復活したのか」

 一つ国が増えている。

 まぁ、それは良いだろう。


 問題は、大魔王はやはり千年後に復活するらしい。

 本来の歴史通りに。


「大魔王は千年後に復活するってさ」

 俺はじろりと厄災の魔女を睨んだ。

 すると彼女は、クスクスと笑い始めた。


「ふふふ……、その通りです。昨晩のうちに『転生の儀式』は済ませておきましたから。イヴリース様は未来に旅立たれました」

「待て! では我々が相手をしたのは何だったのだ!」

 白竜さんが怒鳴る。

 

「分身ですよ。といっても魂を分割して造られた分身ですから強さにはさほどの遜色はなかったでしょう……? 運命の女神様も見事に騙せたようですし」

(な、なんですってー!)

 見事に騙されたんですね。


「光の勇者に破れた大魔王は、千年前の世界を捨てて千年後に転生した。これなら歴史通りのはずだ」

 事前にイラ様に教わっている。

 歴史は守られた。

 

「ええ、覚醒した光の勇者には敵わない。本来の歴史では、瀕死の重傷を負って転生をしたイヴリース様ですが、今回は余力をもって転生することができました」


「それは……つまり千年後の大魔王は、より強力になったと?」

「そうです、次の真のイヴリース様はお強いですよ」

 流暢に語る厄災の魔女。

 身体が崩れていってるのに、よくペラペラ喋れるな。

 

 そして、身体が崩れているのに焦っている様子が全くない。

 これは、もしかすると。


「まさか……、?」

 ふと気になったことを尋ねた。


「さて……、どうでしょう?」

 ニマ―と嫌な笑顔で返された。


 あ、これ絶対に転生する気だ。

 厄災の魔女も千年後に居るわ。


「千年後に再会することになりそうだな」

 俺が嫌そうな顔を向けると、それに負けないくらい厄災の魔女も顔をしかめた。


「……高月マコトさん。貴方はこの世界を救った英雄ですよ? そちらの美しいアンナさんや可愛らしい賢者さんに想われてるのですから、この時代で悠々自適に過ごせばいいじゃないですか」

「千年後には戻るなと?」

「はい、来ないでください。私は会いたくありません」

 はっきりと言われた。

 嫌われたようだ。

 そりゃそうか。


「大人しくしておいてくれるなら、わざわざ探しませんよ。でも、どうせ千年後でも変なことをする気でしょう? 国中の人たちを魅了したり」

「ふふ、それで世界が平和になるならいいじゃないですか」

 いけしゃあしゃあと言い放つ。

 厄災の魔女にとって、魅了して民を操るのはあくまで正義らしい。


「見つけ出しますからね」

 千年後に悪さしてたら、と釘を刺す。

 しかし見つけるのが大変だろうな、などと思っていたら予想外の返事が返ってきた。

 



「あら? ?」




「は?」

 ぎょっとする。


「千年後に私が転生した姿を貴方はもう知ってますよ」

 にんまりと笑う厄災の魔女。


 ……本当だろうか?

 俺が今まで出会ってきた人の中に、厄災の魔女の転生者が居た?



「おい! それは誰……」

「…………ふふふ」

 意味深な笑い声と共に、彼女は砂のように崩れ去った。



 こうして、最後の最後に爆弾発言を残し、厄災の魔女――と同化した大魔王(分身)は滅んだ。


 


 ◇




「これからどうする?」

 ジョニィさんが、俺たちを見回した。


 大魔王は居なくなった。

 完全に倒したわけではないが、少なくとも今の時代は平和が訪れるだろう。


「俺は、残りの魔王を討伐しつつ千年後に帰る手段を探す旅ですかね」

 要は残処理だ。


 大魔王が居なくなったとはいえ、本来の歴史とは異なる動きをしている。

 西の大陸以外で、魔王の支配が続いている地も解放しないといけない。

 全員、北の大陸に引っ越してくれれば楽なんだけどなぁ。

 

 そんなことを考えていると、仲間たちが全員引きつった顔をしていることに気付いた。


「精霊使いくん、君は戦っていないと死んでしまう病気なのか?」

 白竜メルさんに病気扱いされた。


「てっきり、大迷宮に帰るのだと思っていたのだが……」

 あぁ、ジョニィさんのこれからどうする? はそういう意味だったんですね。


「マコト様……、流石に休んでください」

「マコトさん、聖剣の修理もありますから」

 そう言えばそうだった。

 アンナさんが持っている聖剣バルムンクは、折れ曲がったままだ。


「確かに土の勇者ヴォルフさんや木の勇者ジュリエッタさんも心配しているだろうし、大迷宮へ戻りますか」

 俺が言うと、皆がほっとした表情になった。

 


「私はどうしたものかな。魔王は辞したとは言え勇者たちにとっては仇だろう」

 所在なさげにしているのは、黒騎士カインだ。


 変なことを言っている。


「一緒に海底神殿攻略だろ?」

「…………神獣は倒せない、という結論じゃなかったか?」

 カインが何を言ってるんだ、こいつはという表情になる。

 きっと俺も同じような表情をしている。


神獣リヴァイアサンに気付かれないように海底神殿に侵入しよう」

「無理だ……、海底神殿は神獣リヴァイアサンの背中に建っているんだぞ?」

「神獣の目を誤魔化すデコイが要るな……」

「我らの頼みの精霊魔法は使えないぞ」

「そうなんだよなぁ」


「あの、我が王……、恐ろしい雑談が聞こえてきたのですが」

 俺とカインが熱く議論していると、水の大精霊ディーアが肩をつついていた。


 冗談、冗談と俺は笑顔で返した。

 その俺に近づいていくる小さな人影があった。 


「マコト様……、なぜそんなに焦っておられるんですか……?」

 大賢者様が、不安そうに俺を見上げる。


(焦ってる?)

 そう見られたのだろうか。


(そりゃそーでしょ。大魔王を倒した後だってのに、すぐに魔王討伐に向かうだの、最終迷宮の攻略に挑むだの。普通はそんなこと考えないわよ)

 イラ様に指摘されて、気付いた。

  


「千年後に戻る方法を見つけないといけないからなぁ……」

 思わず口から出た。

 恐らく焦っている原因はこれだ。

 

 ルーシーやさーさんと交わした『千年後に戻る』という約束。

 その手段が未だ見つかっていない。



(…………無くはないわよ?)



 運命の女神様がぽつりと言った。


「イラ様? 千年後に戻る方法、あるんですか!?」

 俺の声に、仲間たちがはっとした表情になる。



(一応……、高月マコトなら大丈夫な……はず)

 イラ様の自信なさげな声で不安になる。


「もしかして、大魔王や厄災の魔女みたいに、転生させるって方法ですか?」

 それだと別人になっちゃうからなぁ。 


(転生は無理ね。本人の魔力が相当多くないと、死後の世界で他人との区別がつかないから、転生先の振り分けが難しいの。高月マコトの魂だとできないわ)

「そ、そうですか……」

 所持魔力が少ないと転生も満足にできないらしい。


(まぁ、私に任せなさい。ちょっと工夫は必要だけど、うまく千年後に渡る方法を教えてあげるわ)

「ありがとうございます、イラ様」

 一応、戻る算段がついたということでいいのだろうか?


「はぁ……」

 大きく溜息を吐いた。


 今度こそ、千年前の時代の終着点ゴールが見えてきた。


 ……長かった。


 そんなことを考えていた時。


「マコトさん!」

 アンナさんが俺の手を掴み、宝石のような青い瞳がまっすぐ俺のほうを見つめた。


「あ、あの……」

「何ですか? アンナさん」

 俺が尋ねると、アンナさんは小さく息を吸い、しばらく無言で俺を見続けた。


「僕と……結婚してもらえませんか?」

「え?」

 真っ赤な顔になったアンナさんに告げられた。


「ちょっと! アンナさん、抜け駆けは許しませんよ!」

「モモちゃんは千年後にマコトさんと逢えるんだからいいじゃないか!」

「うぐ、それは……」

 千年後に俺とモモが出会うことは二人に話している。

 俺が大賢者様に魔法を教えてもらったよ、という話をするとモモは複雑な表情を浮かべていた。


「マコトさん、千年後に戻るというなら僕は止めません。でも……だから、その前に僕と……」

「あ、アンナさん。お、落ち着いて……」

 彼女の真剣な表情に気圧される。


「戦いの前に僕を愛していると言いましたよね?」

「は、はい……」

 確かに言った。


 ニッコリと微笑まれると、それ以上何も言えなくなった。

 こ、これが男の責任というやつか。


 俺の心情に合わせるかのように、ふわりと空中に文字が浮かぶ。



『アンナ・ハイランドと結婚しますか?』

 はい

 いいえ



『RPGプレイヤー』スキル。 

 選択肢まで……。


 しかも太陽の国ハイランドの名前が急に出てきた。

 ハイランド建国の聖女アンナさん。

 つまり、そーいうことだろう。


(アンナちゃんと結婚して、ここで永住するのも悪くないと思うけど?)

 イラ様まで何を言うんですか。


(……本当に、高月マコトのためを思って言ってるのよ? 千年前の時代なら、間違いなくあなたは幸せになれるわ。これだけ無茶をしてきたんだもの。また千年後に戻ってまで大魔王と戦わなくてもいいじゃない)

 イラ様の口調は、俺を憂う感情がこもっていた。

 本気で心配をしてくれている声だった。


 目の前のアンナさんと。


 俺を心配する運命の女神様。


 俺の目の前にふわふわ浮いている選択肢。


(……揺れるなぁ)


 俺は小さく息を吐き、口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る