257話 高月マコトは、海底神殿を目指す

「こちらで合っているのか?」

「ああ、こっちで間違いない」

 俺の隣では、魔王カインが不安そうな目を向けている。

 表情がわかるのは、兜を脱いでいるからだ。


「会話しづらい」と言ったら外してくれた。

 今は端正な素顔を晒している。

 マジでイケメンだな、この魔王。 

 服装を整えれば、ホストかモデルにしか見えない。


 俺たちが乗っているのは、魔王カインの騎竜である『忌まわしき竜』。

 相変わらず眼球が沢山あったり口が沢山あったりと気持ち悪い姿ではあるが……、よくみると愛嬌があるような気がしないでもない。


(嘘でしょ、あんた。目が腐ってんじゃないの?)

 運命の女神イラ様、口が悪いですよ。

 前衛的で、趣があるじゃないですか。

(ないわー)

 まあ、俺も無理があるなぁ、と思いながら言いましたけど。

 魔王カインには気をつけなさいよ、と言われて運命の女神イラ様からの通信は切れた。



 ちなみに、白竜メルさんに送迎してもらった日とカインとの待ち合わせ日は、一日ずらしておいた。

 間違っても鉢合わせをしないようにだ。

 一日待って、無事に魔王カインと俺は合流ができた。


 現在の俺たちは、西の大陸を出て海底神殿の近くにある『ハーブン諸島』という場所を目指している。

 場所は『地図マッピング』スキルによって記憶している。

 いつか海底神殿を目指そうと準備していたのが役に立った。


「我が王……、ご注意ください」

 俺の後ろには水の大精霊ディーアが、魔王カインを警戒するように控えている。

 そんなに心配する必要は無いと思うけどね。


「そろそろ目的の島だな。まずは、野営キャンプ地を決めようか!」

「ああ……」

 テンションの高い俺と違って、魔王カインの返事する声は低い。 


「どしたの? カインハルト」

「お前は、気軽にその名をっ! ……まぁ、良い。ノア様はお前の言葉を信じても良いとおっしゃられたのだ……。私はノア様のお言葉に従う……」

 どうやらノア様は俺とカインが海底神殿を目指すことには賛同されたようだ。

 そして、俺の正体をあっさり見破ったらしい。


「高月マコト……お前は千年後から来た、ノア様の使徒なのか……」

「まあね」

「私が今までノア様のためにやってきた布教活動は無駄であったと……」

「……まあ、そうだね」

 布教活動ってか、ただの脅迫だったしなぁ。


 どのみち、神界規定によってノア様の信者を増やすことはできない。

 千年後のノア様は、邪神として忌諱されていた。

 それが魔王カインにとってはショックな情報だったらしい。


「まあ、いいじゃないか。俺たちでノア様を助け出せれば、チャラだよ」

「う、うむ……」

 暗い表情の魔王カインに俺は明るく話しかけ、目的地までノア様について会話した。




 ◇




 ――ハーブン諸島。


 千年後の世界においては、各国の王族・貴族が別荘を構えるリゾート地である。

 が、現時点では無人島だ。

 数は多くないが魔物も住み着いている。


 俺たちは見晴らしが良い場所に、簡易な拠点を用意した。


「さぁ、海底神殿に行こうか!」

「今からか!?」

 俺が出発を提案すると、カインに驚かれた。


 今回の遠征は二週間を予定している。

 長期間、大賢者様モモと勇者アベルを放置しておくのが心配だからだ。

 なるべく時間は無駄にしたくない。


「だって、まだ昼過ぎだし」

「し、しかしだな。急過ぎないか?」

 竜を使って運んでくれたのは魔王カインだ。

 疲れたのだろうか。


「ま、それなら俺一人で下見をしてくるよ」

「一人でだと!?」

「ちゃんと戻ってくるから」

「いや……私も同行しよう」

 結局、来てくれることになった。

 カインの騎竜に拠点を守らせ、俺たちはザブンと海に飛び込んだ。

 


 ハーブン諸島の周辺は、暖かい熱帯性気候だ。

 海の中には、豊かなサンゴ礁と色とりどりの魚たちがゆったり泳いでいる。

 平和だ。


 俺と魔王カインは、ゆったりと海中を泳ぎ『海底神殿』のある方向を目指した。

 ふと、隣を見て気になった。

 


「泳ぎづらくない?」

 俺は海中でも全身鎧の魔王カインに話しかけた。

 会話は、水魔法によって行っているが返事がない。


「…………」

「もしもし?」

 カインが口をパクパクさせているが、聞き取れない。

 俺は仕方なくカインの腕を掴んだ。

 水中会話の魔法を、カインにもかける。


「聞こえる?」

「ああ……、おまえはよく水中で会話ができるな」

「海底神殿に挑むんだから必須じゃない?」

「泳ぎや水中呼吸はともかく、水中で会話する魔法など初めて知った」

「そっか。ところで、水中で鎧着てるのは不便じゃない?」

「無用な心配だ。この鎧はノア様より賜った神器。どこであろうと不便はない」

「なるほどね」

 まあ、神器が魔王カインの最大の武器であり防具なので、外されると戦力半減なので助かるのだが。

 ただ、困っている点は。


「スピード上げるよ」

 魔王カインの泳ぐスピードが遅い。

 できれば、今日中に海底神殿へ向かう入り口である『深海ノ傷ディープスカー』までは到達したい。

 俺は魔王カインの腕を掴んだまま、水魔法・水流を使って一気に加速した。


「お、おい!」

「舌噛むなよ」

「待っ」

 近くを泳いでいた魚が、一斉にこちらを振り向くのを感じたが、次の瞬間には周りの生物を置き去りにして俺たちは一気に駆け抜けた。 




 ◇




「お、おい……、なんだ今のスピードは……飛行魔法よりも早く水中を進めるものなのか……?」

 魔王の口調が弱々しい。


「情けないですねぇ、あの程度で」

 水の大精霊ディーアが呆れている。

 うーむ、正直俺もこれくらいでへばるとは思っていなかった。

 大変なのは、これからなんだけど……。


「悪い、カイン。次はもう少しゆっくり進むよ」

「あ、ああ……、そうしてくれ」

 ノア様の信者という立場では、唯一の仲間なので、ディーアよりは優しめに対応をする。

 といっても、ここから先は深海へ潜っていくだけだ。



 俺たちは暗い海の底へ向かって、ゆっくりと降りていく。



 水温は下がり、身体を冷やされないよう水魔法で調整する。


 ほどなくして太陽の光が届かない、完全な闇の世界になった。


『暗視』スキルと『索敵』スキルで、周辺を警戒する。


 この辺りの海は魔力マナが豊かで、海の魔物は多い。


「我が王、前方に注意してください」

「あれは……クジラか。大きさが船くらいある」 

「あちらから古代巨大鮫メガロドンがこちらを伺ってますね」

「この距離なら大丈夫だろうけど、一応警戒しておこうか」

「お前たち、視えているのか?」

 俺と水の大精霊の会話に、カインが戸惑った声をあげた。


「視えてないの?」

「兜があれば……視える」

 気まずそうに言われた。

『暗視』スキルは使えないらしい。 


「兜をつけてください」

「ああ……わかった」

 魔王カインは思った以上に、神器そうび頼りだった。


 その後、「な、深海の魔物はこんな巨大なのかっ!?」とか「危険じゃないのか!」とカインが騒いでいたが、どの魔物も水の大精霊ディーアを警戒して近寄ってこないよ、というと静かになった。




 こうして一時間以上かけて、深海にたどり着いた。



 もちろん、ここは目的地ではない。

 スタート地点だ。



「さて、海底神殿はあの先だな」


 俺が指差したのは、深海の底をざっくりと裂いた割れ目だ。

 幅は数百メートル、長さは十数キロ

 そこは、かつての神界戦争で星が傷ついた跡だと言われている。


 通称、『深海ノ傷ディープスカー』。

 

 ここから先は異界。

 星脈と呼ばれる星の力が溢れ出し、そこに住む魔物を別次元の存在へ強化しているらしい。

 その最奥に、海底神殿は存在する。


 

「さて、じゃあ少し下見に行こうか、カイン」

「ちょ、ちょっと待て! 今日は『深海ノ傷ディープスカー』を見に行くまで、と言っていただろう!!」

「ああ、だから少しだけ覗いていこう」

「話が違う!」

「まだ、一度も魔物にも襲われてないし」

「う、うむ……それは、そうだが……」

「じゃあ、乗り込もう! 水の大精霊ディーア、周りの警戒を頼む」

「はい、お任せを。我が王」

 俺の言葉に、淀みなく答える水の大精霊ディーアが頼もしい。

 周辺の魔物は水の大精霊ディーア魔力マナを警戒して近寄ってこない。




 ――俺たちは大きな海底の裂け目に、ゆっくりと潜っていった。




(見られているな……)

 数百に及ぶ海の魔物たちが、来客者を観察しているのを感じた。

 

『索敵』スキルから察するに、相手は海竜。 

 つまりここは『竜の巣』だ。

 大迷宮で、白竜さん一家と出会っていなければもっと緊張したかもしれないが、ここに居る竜たちは同程度の強さだと察しが付いた。


「高月マコト……魔物が多いな……」

 魔王カインが、俺の腕を強く掴んだ。


「竜の巣だからね」

「竜の巣だと! ならば、先に攻撃を仕掛けなければ!」

「あっちから仕掛けてこない限りは、無理に戦う必要はないんじゃない?」

「しかし、それでは手遅れにならないのか!?」

「特に危険な状況ではないと思うよ」

『危険察知』スキルは、まったく反応しない。

 となりでは、水の大精霊ディーアがあくびをしている。


「仮にも魔王なのですから、もっと堂々としては?」

 水の大精霊ディーアが珍しく、カインに話しかけた。


「しかし、ここに住むのは魔王軍とは関係のない魔物たちだ。私のことを魔王とは認識できない」

「と言っても、その鎧と剣さえあれば魔物なんて怖くないだろ?」

 俺は言ったが、カインからの返事はなかった。

 まさか……怖いのか?


 

 ゆっくりと下降していくと、深海のはずなのに明るくなってきた。

 それは太陽の光ではない。

 壁面に埋まっている魔石が発光している。

 魔力マナの光だ。


 最初は、ぽつぽつとした光だったのが徐々に数が増している。

 さながら、夜空の星のようにキラキラと魔石が輝いている。

 比例するように、水中の魔力マナ濃度も増していっている。

 確かにここは、別世界だ。


「綺麗だな」

「ええ、我が王。精霊にとってここは住みよい場所です」

 確かに、水の精霊の数が多い。

 水の大精霊ディーアの魔力が、ますます増大しているようだ。

 この調子なら、魔物にちょっかいを出される可能性も低いだろう。

 俺とディーアは、深海の景色を楽しんだ。



「なぁ、高月マコト……。どこまで行くのだ? 今日は、これくらいでいいのではないか?」

 魔王カインは、どうやら楽しくないらしい。

 こんなに綺麗な景色なのに。

 しかし、これ以上はやめておこう。



「そろそろ上に戻ろうか」

「ああ! そうしよう!」

「えぇ~、私はもう少しここに居たいのですが」

 水の大精霊ディーアは不満げだが、初日だし上々だろう。


 俺たちは、拠点に戻ることにした。




 ◇




 拠点に戻り、帰りに獲った魚を焼いて食事にした。

 火起こしは、カインにやってもらった。


「明日から本格的な探索だから、今日は早めに休もう」

「……楽しそうだな、高月マコト」

「そうかな?」

「ああ……私は、冒険というものを初めてやったがこれほど疲れるとは思わなかった」

 そう言うと、魔王カインは横になった。 


「なぁ、カインハルト。それはいくらなんでも寝辛いだろ?」

 俺が言うと、魔王カインはきっと俺を睨みつけた。


「鎧を脱いだ無防備な寝込みを襲うつもりか! ノア様の神器は誰にも渡さぬ!」

「いや、そういうつもりじゃなくて……、明日は『深海ノ傷』の奥に進むから疲れはなるべく残さないようにね。先に寝るなら、俺が見張りをするよ。おやすみ」

 そう言って、俺は水魔法の修行を開始した。


「おまえは……寝ないのか?」

「あとで寝るよ」 

 答えながら、水魔法で水の蝶を作っていく。


 海際の拠点なので、水の精霊は豊富だ。

 もしかすると、海底神殿の近くであることも関係しているのかもしれない。

 ふと上を向く。

 夜空の星が綺麗だ。



「高月マコト」

 しばらく修行をしていると、名前を呼ばれた。



「どうかした? カインハルト」

「……いや、なんでもない。……また明日に」

「ああ、明日はもっと深くまで探索しよう」

「…………」

 俺の言葉に返事はなく、ほどなくして寝息が聞こえてきた。


 初めての海底神殿攻略に向けた冒険に、その夜はなかなか寝付けなかった。

 結局、俺が寝たのは明け方近くだった。



 ――こうして、最終迷宮ラストダンジョンへの挑戦の初日が終わった。

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