256話 高月マコトは、アンナから相談される

「マコトさん……僕の話を聞いてください」

  

 息がかかるほどの距離で、アンナさんに詰め寄られた。

 その切羽詰まった表情に俺はただならぬものを感じた。


「どうしたんですか? アンナさん」

 俺の最優先ミッションは『勇者アベル』だ。

 太陽の神殿で安全に修行できるからと心配していなかったが、実は何か問題が起きているのだろうか?

 俺はそっと首飾りを握った。


(……イラ様? 聞こえますか?)

(聞こえてるわ。勇者アベルに問題が発生したようね) 

(これから話を聞き出します。相談させてください)

(任せなさい)

 流石は女神様だ。

 頼れる。


「マコトさんは、海底神殿へ行ったらしばらく戻ってこないのですよね?」

 アンナさんが言ってきたのはそんな言葉だった。


「定期的に戻ってきますよ。モモは俺の血を飲んだほうが調子が良いみたいなので」

「……モモちゃんのため、ですか?」

「?」

 どういう意味だろう? 


「僕のことは……気にならないのですか?」

「えっと……」

「マコトさんは、海底神殿に行っている間ここを離れるんですよね。僕のことは気にしてくれないんですか……」

「も、勿論、アベルさんのことも」

「アンナです」

「アンナさんのことも、気にしてますよ」

「だったら! 僕も一緒に連れて行ってください」

「そ、それは……できません」

 なんせ、魔王カインが一緒なのだ。

 絶対に連れていけない。 


「どうして……ですか? 僕のことはどうでもいいんですか?」

「…………」

 ヘルプ! 助けてください!

 運命の女神イラ様!


(ねぇ、高月マコト……)

 はい、イラ様。

 どーすればいいですか!?


(抱きしめて、キスでもすれば?)

 ……は?


(アンナちゃん、ちょっと精神的に不安定になってるみたいだから慰めてあげなさいよ)

 勇者アベルって男ですよ?


(今は女の子よ。細かいことは気にしないの)

 こ、細かいかなぁ……。

 あとアンナさんの見た目は、ノエル王女に瓜二つなのでそっちの意味でも抵抗感が……。

 が、勇者アベルが精神的に不安定なら何とかしないといけないのは確かだ。


「アンナさん」

「は、はい……」

 俺は彼女の手を両手で掴んだ。


「今日はゆっくり休んで明日は一緒に修行しましょうか。光の勇者スキルを鍛えれば、魔王なんて余裕ですよ」

「そ、そうでしょうか……?」

 なんせ千年後の『獣の王』は、桜井くんが一撃で倒してたからね。


(高月マコト……、千年後の『光の勇者』スキルは、太陽の女神アルテナ姉様が改良してバージョンアップしているわ。だから、一緒に考えちゃ駄目よ)

 え?

 桜井くんのスキルのほうが強いんですか?


(そりゃ、最新バージョンのほうが強いに決まってるでしょ)

 そ、そんな……。

 勇者アベルの『光の勇者』スキルは旧バージョンだった……。


「マコトさん、どうかしましたか?」

 固まってしまった俺の顔を、聖女アンナが心配そうに覗き込んだ。


「なんでもありません、さ、今日はもう休みましょう」

「僕は起きたばかりなんですが」

「いいから、いいから」

「えっ、ちょっ、マコトさん。あの、そんな強く押さなくても……」

 アンナさんをベッドに押し込み、俺も隣のベッドに横になった。


 俺は天井を見つめながら、明日からの修行について思い巡らせた。

 妙案は浮かばなかった。




 ◇




 翌日、俺は勇者アベルと一緒に修行することにした。

 といっても、俺には勇者スキルのことはわからないので、手探りだ。


 参考にするのは、千年後の『光の勇者』スキル所持者である桜井リョウスケくん。

 俺の幼馴染である。

 ただし、一緒に戦ったのは二度だけ。

 

 一度は、大迷宮にて忌まわしき竜。

 二度目は、獣の王――魔王ザガン。

 その時の記憶を呼び起こす。


(つってもどっちも一撃必殺だったからなぁ……)


 あまり参考になる記憶ではない。

 わかっているのは、太陽の光が重要であるということくらいか。

 洞窟の中や、暗闇の雲の下では十分な威力を発揮できないスキルだったはずだ。


「アベルさ……」

「アンナです」

「アンナさん」

「はい!」

 ニコニコと剣を構える、聖女アンナを眺める。


「太陽の光を、魔力マナに変換できますか?」

「えっと……やってみます」

 むー、と難しい顔をしてアンナさんが剣を強く握る。

 ズズズズ……、と膨大な魔力マナが剣に集まり、剣の刃が光を放ち始めた。


「何事だ?」

「敵襲ですか!?」

 白竜さんや大賢者様がこっちにやってきた。


「どうですか!? マコトさん」

「うーん……」

 煌々と輝く光の剣を俺に見せてくるアンナさんの様子を眺め、俺は顎に手を当てて考えた。


「凄まじい魔力だな。この魔法剣に切られたら、古竜族でも一撃であろう」

「アンナさんの剣、怖いです……」

 白竜メルさんや大賢者様モモの表情から察するに、アンナさんが持っている魔法剣は相当なものなのだろう。

 しかし……。


「虹色じゃないなぁ……」

 魔王カインを斬った時、勇者アベルの魔法剣は七色に輝いていた。

 確か、魔王ザガンを桜井くんが倒した時も同様だった記憶がある。


「精霊使いくん、虹色に輝く魔法――『全属性』魔法は神の領域だぞ」

「ええ、知ってますが……光の勇者スキルだけは、それが可能なんですよ」

「あの……僕は知らないんですが。なぜ、マコトさんが僕より詳しいんですか?」

 太陽の女神アルテナ様に教えて貰ったんですよ、と適当に答えつつ、俺は考えた。

 あの時の桜井くんは……。


「アンナさん、天使を召喚できませんか?」

 桜井くんが魔王ザガンを倒した時、天使の力を借りていたはずだ。

 まずは、そこから始めるのがよいのではなかろうか?


「「「は?」」」

 が、俺の提案に他の三人は、ポカンと大きく開かれた。

 別に、変な事は言ってないはずだけど。

 女神様の力を借りるよりは、簡単だろう?

 なにより……。


「俺も一応、水の女神様に頼んで小天使エンジェルを呼び出せますよ」

 俺が神器を取り出し、生贄術を発動させようとした時。


「馬鹿者! やめろ、精霊使いくん! その冒涜的な魔法を気軽に使うんじゃない! 我々が襲われたらどうする!」

「えぇ……、その辺りにいる羊を捧げるんで安全ですよ」

「罰当たりだ!」

 怒られた。

 実物をアベ……アンナさんに見せたかったんだけど。


「マコトさん、天使を召喚できるのですか!?」

「違うぞ、勇者くん。こいつがやろうとしたのは生贄術という他者の命を代償に、己の欲望を満たす邪法だ。本来なら神器と神級術式が揃わねば己の命を削る技のはずだが……」

「ここに女神様(ノア様)が創って、女神様(エイル様)が術式を付与した短剣が」

「なんでそんな神話時代の宝具を持っているのだ、精霊使いくんは!」

 白竜さんに呆れられた。


 気軽に生贄術を使うのは、非常識らしい。

 まあ、水の女神エイル様にも切り札として頂いた術だ。

 ホイホイ使うのは控えよう。

 しかし、どうするかな……?



(祈りなさい。アンナは巫女なんだから、祈りはアルテナ姉様に必ず届くわ)

 運命の女神イラ様の声が、俺の耳に届いた。


(祈っても返事が無いみたいですよ?)

(困ったわね……、多分、他のことで手一杯になっているんだと思うけど……。アルテナ姉様の担当は、この太陽系全体だから……)

(ひ、広すぎません? ちなみにイラ様は?)

(私の担当は……、この大陸だけよ) 

 全然違う!

 同じ女神様でも、力関係に差があるというのが伺えた。


 ……ノア様って、太陽の女神アルテナ様と同格なんだっけ?

 結構、ヤバい女神様なのでは?


(だから、言ったでしょ。私じゃノアの相手はできないの。で、問題のアンナちゃんの相手をちゃんとしたげるのよ?)

(了解です、イラ様)

 俺は、運命の女神イラ様の言葉にうなずいた。



「アンナさん、太陽の光を使った魔法剣の修行と、太陽の女神アルテナ様への祈りを続けましょう。声は届いているはずですから」

「マコトさん……わかりました」

 俺の言うことに、大人しく頷いてくれるアンナさんだった。

 


 そういえば、水の街マッカレンでルーシーと魔法の修行をしている時もこんな感じだっけ。

 スキルは強いけど、それを使いこなせなくて。

 ルーシーは、度々魔法を暴走させてたけど、アンナさんはそんなことにはならないから楽だ。


 

(のんびりいくか……)

 焦っても仕方がない。



 それから数日。

 俺とアンナさんは一緒に修行したり、モモの魔法習得度をチェックしたりした。


 そして、いよいよ魔王カインとの約束の

 俺は、白竜さんに送迎をお願いした。


「じゃあ、行ってきますね」

「師匠~、早く帰ってきてくださいね」

「マコトさん、お気をつけて」


 大賢者様とアンナさんに見送られ、俺は最終迷宮が一つ――『海底神殿』攻略へと向かった。

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