239話 高月マコトは、聖竜と出会う
――救世主アベルと聖竜ヘルエムメルク
千年後の世界では、街の銅像や絵本の中、教会の壁画、至る所で見たことがある。
大魔王を討伐した英雄の最も象徴的な姿として、多くの場所で描かれている。
そして、俺の真正面には真っ白い鱗を持った大きな竜が横たわっている。
おお……、あれが伝説の聖竜……。
俺は『明鏡止水』スキルも忘れて、しばし感動していた。
「し、師匠……」
モモが俺の腕をガシッと掴む。
「どうした? モモ」
「いや、どうしたって……」
モモが震えている。
「マコトさん……あれは、
「大迷宮の主?」
アベルは真正面の白い竜を見て告げた。
「
勇者アベルの声が震えている。
一万年!?
そりゃ、凄いな!
さすがは、救世主様の騎竜だ。
「ま、とりあえず話に行きましょう」
「「!?」」
俺の言葉に、勇者アベルとモモがこちらに奇妙な視線を向けてくる。
まるで頭がおかしい奴を見ているかのような。
そんな変な事言ったかな?
ちらっと水の大精霊の方を向いた。
「どうされました? 我が王」
「いや、何でもない」
こっちは、いつも通りだ。
大きく伸びをしている。
俺はスタスタと白い竜の方へ進み、勇者アベルとモモはゆっくり後ろからついてきた。
巨大な白い竜は、目を閉じているが寝ているわけでは無かった。
その証拠に、十メートルほど手前に来たところで、薄目を開いてこちらを見下ろしている。
間近で見ると凄まじい圧迫感だ。
「はじめまして、俺はマコトといいます」
俺は自分の名前を名乗った。
が、返事はなかった。
聞こえなかったのだろうか?
「あの~、聞こえますか?……聖竜様?」
「……………………」
あれ?
もしかして、人族の言葉は通じない。
困ったな……
「もしかして、言葉が通じ……」
――何用だ、人間
頭の中で、声が響いた。
こ、これはもしかして!?
脳に直接ってやつか!
「えーとですね、俺たちは大魔王を倒すために旅をしています。力を貸していただけませんか?」
言った後に気付いたが、これは勇者アベルが言ったほうがよかったかな?
――何故、我らが人間に力を貸さなければならぬ?
返って来た答えは、好意的なものではなかった。
というか、とても冷たい。
「ま、マコトさん……」
「師匠……」
勇者アベルと大賢者様が、俺の服を後ろから引っ張る。
「どうしたの?」
と俺が振り向くと、二人の表情が引きつっていた。
「か、帰りましょう……」
「あの竜様、怒っているような……」
そうかな?
伝説の聖竜なんだから、そんな短気じゃないと思うけど。
俺はもう一度白い竜のほうに目を向けるが、既にこちらに興味を無くしたのか瞳を閉じている。
勇者アベルに反応する様子もない。
あれー? 力を貸してくれない?
ここに来るのは、まだ早かったのか……。
絵本『勇者アベルの伝説』によると、白い聖竜が仲間になるのは『
魔王を倒したことで、伝説の竜に認められる、とかそういうのなのかもしれない。
現時点では、助けてくれることはなさそうだ。
しゃーない、帰るか。
今回は、
その時だった。
突風が起き、ズシンと地面が揺れた。
目の前に、巨大な赤い影が現れた。
燃えるような赤い鱗を持つ古竜だった。
その竜は、俺たちを舌なめずりしながら、人族の言葉を発した。
「なぁ、
お、おいおい。
古竜って、千歳以上のおじいさん、おばあさんだろ?
こんなヤンキーみたいな古竜が居るのか!?
「マコトさん! この竜は、伝説の村喰いの赤竜です! 人族を好んで襲うという獰猛な古竜です! こいつに滅ぼされた村は、数えきれません!」
「ひっ!」
勇者アベルの言葉に、モモが悲鳴を上げた。
へぇ……。
人間を好んで食べる古竜か……。
その竜に目をつけられてしまったと。
困ったな。
「聖竜様、俺たちはここに戦いに来たのではありません。大人しく帰りますから、見逃してもらえませんか?」
俺は赤い竜でなく、この場で最も立場が偉いであろう白い聖竜に話しかけた。
しかし。
――好きにしろ
その言葉は、俺たちでなく赤竜に向けられたものだとわかった。
次の瞬間、赤竜がニィと口を歪め、こちらに襲いかかってきた。
これは……、どーしようかね。
俺は
――時魔法・
運命魔法を発動させる。
ここ最近、修行をしてきた初級魔法だ。
この魔法は本来の『一秒』を頭の中で、何十倍にも引き延ばす。
そしてその効果は、今手を摑んでいる
俺はディーアと
(ディーア、聞こえる?)
(はい、我が王。どうしますか?)
(聖竜の仲間の竜と戦いたくないんだけど……)
(しかしそこの赤いトカゲは、不遜にも我が王を食べるなどと言っていますよ?)
ちらっと見た
少し苛々しているようにも見える。
(ディーア、殺さないように無力化してくれ)
(はい、我が王)
時魔法・精神加速の効果が切れた。
――凍てつく吐息
ディーアが「ふっ」と白い息を吐きだした。
そして、瞬きをする間に目の前の赤い竜は氷の彫像に変わっていた。
……これ、死んでないのか?
「ディーア?」
「大丈夫ですよぉ~、手加減しましたからぁ」
俺の呼びかけに、
機嫌は直ったようだ。
「え?」
「あ、あれ?」
ポカンとしているのは、勇者アベルとモモ。
そして、周りの他の古竜たちだった。
一拍おいて、その古竜たちが立ち上がり俺たちに殺気を向けてきた。
やっぱり、こうなるよなぁ……。
「聖竜様、俺たちはあなた方と戦いたくありません。どうか、見逃し……」
――オオオオオオオオ!
――貴様! 下等な人族の分際で!
――生きて帰れると思うな!
俺の声は、他の古竜たちの怒りの声でかき消された。
こりゃ、駄目だ。
結構、短気なのかなぁ、古竜って。
「マコトさん! 逃げましょう!」
「師匠! 他の竜まで襲ってきます!」
勇者アベルは剣を抜き、
でも、俺はここに聖竜に会いに来ただけで、戦いに来たわけじゃない。
なにより、ここで彼らを
俺は白い竜のほうを見つめた。
が、白い竜は目を閉じている。
他の古竜を止めるつもりは無さそうだ。
「逃げるのは難しいでしょうね、我が王」
確かに周りを古竜たちに囲まれ、俺たちは逃げられない。
戦いは避けられそうにない。
一匹の古竜が、こちらに
はぁ……。
俺は再び、運命魔法を発動させた。
――時魔法・
(ディーア、ここにいる古竜を全て無力化できるか?)
(そうですねぇ~、
(……何人ならできる?)
(もう、四、五人もいれば十分かと。
(他に手が無いだろ)
仕方ない。
(召喚のため、我が王の
(俺の……? いいけど)
俺自身の
そんなものが必要なんだろうか?
(ふふっ、ありがとうございます。では…………おいで妹たち)
五人の
その姿は、ディーアとうり二つだった。
(あ、あれ……)
一瞬、目の前が暗くなった。
身体から力が抜けるような、感覚に陥った。
そして両肩に鉛の重しが載せられたように、感じる。
この感覚…………もしかして。
「なぁ、
「え?」
ディーアがきょとんとした顔になった。
こいつ、魔力じゃなくて寿命を盗ったな。
というか精霊にとって魔力や寿命は無限だ。
きっと
「えっと……、そうですね。ざっと十年分の
「そうか」
十年分の寿命か……。
十年で、水の大精霊を五人。
おいそれとは、扱えないな。
つーか、
どこかで、補充しないと駄目だな。
「あ、あの……ダメでした……か?」
「いや、いい」
どの道、今は
「
俺が言うと、ディーアの顔がぱっと笑顔に変わった。
「はい、我が王。存分にご命令ください。たかだか数千年しか生きていないトカゲ共に思い知らせてやりましょう」
ディーアは、酷薄に笑った。
本当に気分屋だな。
大精霊ってやつは。
俺は小さくため息をつくと、
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