228話 勇者アベルは、理解できない

◇勇者アベルの視点◇


「俺はモモを助けに、魔王城へ向かいます」


 その人はあっさり告げた。

 ちょっとそこまで散歩に行ってくる、とでもいうような気軽さだった。


「馬鹿な! 一人で向かうなど、自殺行為だ!」

「そうよ! 私たちも一緒に向かうからっ!」

「あなたたちが死ぬと、俺の神託が失敗なんですよ」

「「っ!?」」

 冷たく言い放たれる彼の言葉に、土の勇者ヴォルフさんと木の勇者ジュリエッタさんは押し黙った。


(うっ……)

 彼――マコトと名乗る太陽の女神様の神託を受けた男は、まっすぐ見つめている。

 何故、僕のほうを見るんだ……。

 こんな役立たずの勇者を……。




 ――つい数日前の魔王ビフロンス討伐作戦。


 火の勇者をリーダーとする最強の部隊チーム

 今度こそ、魔王を討伐できるという自信があった。

 けれど……。


 僕たちは魔王城に辿り着く前に、魔王カインと魔眼のセテカーの強襲によって叩き潰された。

 勇者連合部隊の半数は、魔王カインに殺され、残りは魔眼のセテカーによって石化され、捕らえられた。


 その時、部隊の隊長であり、僕の師である火の勇者は死んだ。

 僕は何もできなかった。

 期待の勇者と目され、多くの魔族や魔物を屠ってきた自信は、粉々に打ち砕かれた。

 魔王とは……あれほどにも恐ろしく、理不尽な存在だったのか……。


 無理だ……。

 僕らを導いてくれた火の勇者でさえ、魔王カインには全く歯が立たなかった。

 勝てるはずが無い……。


 そして心は折れ、助けが来ても僕の気持ちは泥のように沈んだままだった。

 土の勇者ヴォルフさんと木の勇者ジュリエッタさんは、諦めていないみたいだけど、僕はもう魔王に挑もうという気力を失っていた。

 だから、追手の魔物に襲われても「どうにでもなれ」と思っていた。


 だけど、その結果……あの少女が攫われてしまった。


 僕の所為……だ。

 あの時、彼は少女モモより僕を助けるのを優先した。

 何故かは、わからないけど……。



「じゃあ、俺は戻ります。三人は大迷宮で待っていてください」

 彼はそう言って、もと来た道を引き返そうとしている。

 たった一人で。

 いいのか?

 彼を一人で行かせて、本当にいいのか?


「待ってください! 僕も、僕も行きます!」

 その言葉は、無意識で発していた。


 


 ◇




「あの……怒ってますか? マコトさん」

 僕はおずおずと、彼――マコトさんへ話しかけた。

 現在、僕たちは魔王城に向かって逆走している。 



 僕が一緒に行くと行った時、これまで淡々としていたマコトさんの表情が初めて歪んだ。

 明確に、顔をした。

 そ、そんな顔をしなくても……。


「申し出は嬉しいですが、俺は一人で行……」

 マコトさんは、迷うことなく断ってきた。


「待って待って、マコトくん! 私やヴォルフは前衛だから武器や防具が無いと戦力不足だけど、アベルは回復魔法や支援魔法が得意なの。きっと役に立つわ!」

 木の勇者ジュリエッタさんが、僕をフォローしてくれた。


 ヴォルフさんは、四人で戻るべきだと主張した。

 しばらく揉めたが、マコトさんが「早くモモを追いかけたい」という一言で、ヴォルフさんとジュリエッタさんは、引き下がった。

 僕は、さっきの魔物たちとあまり戦っておらず疲労が少ないのと、回復魔法が使えるということからマコトさんのサポート役として同行することになった。


 森の中を抜け、遠くに巨大な魔王城の先端が見てきた。

 夜は明け、見晴らしがよくなっている。


「あの、マコトさん……」

「…………何か?」

「いえ……」

 先ほどから、マコトさんはずっと無言だ。

 やっぱり怒ってる……のかなぁ。

 その時、上空を大きな影が横切った。


「止まって」

「は、はい!」

 僕とマコトさんは、近場の木の影に身を潜める。

 上空の影の正体は、竜の群れだった。

 十数匹の飛竜の群れと、優雅に羽ばたく一匹の赤竜。

 あれは……。


「魔王ビフロンスの騎竜……」

「魔王が、戻って来たのか」

 僕の震える声を、マコトさんの淡々とした声が上書きした。

 この人に、恐怖の感情は無いのだろうか?

 竜の群れは魔王城の方へ、小さくなっていった。

 

「じゃあ、行こうか」

 マコトさんは、ゆっくりと前へ歩き出した。


「ま、待ってください! 魔王が戻って来たんですよ。無理です。もう、あの子を助けるのは……」

「アベルさん」

 マコトさんが、振り向いた。

 彼の眼は澄んでいた。

 緊張も、怒りも、恐怖も、正義の心すら、何も感じ取れない無感情な瞳だった。


「やっぱり、ヴォルフさんやジュリエッタさんの所に戻ってください」

「!?」

 僕が怖気づいていると思われた?

 でも、誰だって魔王は恐ろしいだろう!


 マコトさんは、無言で魔王城へ向かって進んでいる。

 僕も、行かなければ。

 彼は振り返ることすらしなかった。


(僕が居ても居なくても、気にしていないのだろうか……?)


「一緒に来るなら、あんまり離れないでくださいね」

「っ!? …………はいっ!」  

 こちらを見てないはずなのに。

 不思議な人だ。

 無感情で冷たい声なのに、こちらを気遣ってくれていることがわかった。


 師匠や土の勇者ヴォルフさんと違って、決して大きくない背中。

 なのにその背を見ていると安心できる気がした。

 僕は、マコトさんの背を追ってついていった。

 



 ◇




「夜まで交代で仮眠を取りましょうか」

「は、はい……」

 魔王城の近く、ひと二人が横になれるくらいの空間がある低木の茂み。

 てっきり、すぐに魔王城に乗り込むのかと思ったら、マコトさんはここで夜を待つという。


「先に寝てください」

「い、いえ。マコトさんもお疲れでしょう。僕が見張りをします」

「…………そうですか。一時間経ったら教えてください」

 そう言って横になり、数秒後に寝息が聞こえてきた。

 相当、疲れていたのだろう。


 時刻は昼過ぎ。

 確かに、こっそり忍び込むにはタイミングが悪すぎる。

 僕が魔王城のほうをぼんやり眺めていると、ふっと目の前を何かが通り過ぎた。


(えっ!?)

 

 それは青色の蝶だった。

 ヒラヒラと透き通るような羽で、マコトさんの周りを舞っている。


「これは……水魔法で造った生き物?」

 微かな魔力マナを感じた。

 いや、しかし……誰が?

 マコトさんは、寝ているはず。


 そして、気付いた。

 マコトさんは、魔法を使っている。

 ゾクリとした。


 休むのではなかったのか?

 いや、これは無意識だ。

 彼は寝ながらも常に修行をしているのだ。

 


「あなたは……一体、何者なんです?」



 魔王城に囚われていた僕らをあっさり救出して、魔王に囚われた少女を助けるために臆することなく、たった一人で戻ろうとする。

 彼は『太陽の女神アルテナ様』の神託だと言った。


 でも、太陽の女神アルテナ様は僕には何も言って来ない。

 僕の『雷の勇者』スキルは、太陽の女神アルテナ様から賜ったスキルなのに……。


 移動途中、マコトさんに「あなたは何の勇者スキルを持っているのですか?」と聞いた。

 そしたら、「俺は勇者スキルは持ってませんよ。あるのは初級魔法のスキルが3つだけです」という訳の分からない答えが返って来た。


 そんな馬鹿な。

 ありえない。

 僕は『鑑定・聖級』スキルを所持している。

 こっそりマコトさんのスキルを確認したら……、本当だった。


『水魔法』、『太陽魔法』、『運命魔法』の初級スキルに『精霊使い』。

 戦闘スキルはそれだけだった。

 あとは『明鏡止水』と……『RPGプレイヤー』とは一体なんだろう?

 身体能力が恐ろしく低いことも衝撃だった。

 そしてなにより……。 


太陽の女神アルテナ様の信者ではない!?)


 信者では無いのに、神託を受けた……!?

 頭が追い付かない。

 何なのだこの人は?

 

 魔王城のすぐ近くだというのに、スヤスヤと眠る横顔。

 どんな神経をしているんだろう……。

 僕は、彼を理解するのを諦めた。 




 ◇高月マコトの視点◇




「じゃあ、行こうか」

「まだ、夕刻ですが……大丈夫ですか?」

 勇者アベルが心配そうに尋ねてきた。

 確かに、昨日忍び込んだ時のように深夜を待つ方が確実だろう。

 だけど……。


「モモが心配だ」

「……そうですね」

 俺の言葉に、反論は無かった。


「アベルさんは、ここで待っててもらってもいいけど」

「こ、ここまで来てそれは無いでしょう!? 僕も行きます」

「わかりました」

 俺としては勇者アベルに死なれると困るから、留守番しててもらってもいいんだけど……。


 にしても、千年前に来て久しぶりにぐっすり眠れた。

 到着した当初は、勇者アベルの生死を確認できるまで気が落ち着かなかったし、救出に向かってからは24時間以上不眠だった。


 ……寝不足はダメだな。

 モモを攫われるような、ヘマをやってしまうし。

 


(精霊さん? 居る?)

((((はーい))))

(はい、

 

 俺の呼びかけに、いつもの水の精霊たちと水の大精霊ウンディーネが応えてくれた。

 よし、準備は整った。

 



 ――水魔法・霧



 

 昨日の今日なので、流石に警戒されている。

 見張りの魔物の数が多い。

 索敵スキルで、見張りが少ない場所を探す。


 さらに『隠密』スキルで、気配を消す。

 ワンパターンだけど、一番確実だ。


 勇者アベルも、同様のスキルを取得していた。

 ま、このご時世じゃ必須だろう。

 俺たちはゆっくりと魔王城の裏手から距離を詰めた。


 裏門にも当然、見張りは居る。

 どこか、潜り込める場所は無いだろうか……?

 魔王城は大きく、魔物たちも巨体だ。

 人間ひとりなら、入り込める隙間があってもよさそうだけど……。


(にしても魔物や魔族が多い……)

『索敵』スキルに反応するのが、昨日の比じゃない。

 逃亡した勇者たちを探すために出払っていると予想してたが……当てが外れた。


 でも、そうか。

 モモを人質に取ってるんだ。

 当然、こっちも警戒するか……。

 困った。


 その時だった。



「マコト様……?」



 うろうろと魔王城の周辺を探っていた時、名前を呼ばれた。

 

「!?」

 この世界に俺の名前を知る人は、現在四人しかいない。

 だから、この声の主は。 


 俺は必死で声のする方を探した。

 居た。

 モモだ。


「なっ!?」

 その姿を見て、俺は衝撃で言葉を失った。


 最後に見た時とは違う服装。

 まるで召使い、というかメイド服のような服装をしていたが、確かにモモだった。

 だけど、服装なんてどうでもいい。

 

「マコトさん! だ、駄目だ。間に合わなかった。その子はもう……」

 勇者アベルの言葉は耳に入らなかった。

 俺は、ふらふらとモモに近づいた。


「……マコト様。駄目です。来ては行けません……」

「モモ……」

 そうだ。

 謝らないと。 

 神託のためとはいえ、約束したモモを護れず、勇者アベルを優先してしまったことを。 

 だけど、今は考えがまとまらない。


「マコトさん、離れてください! その子は……吸血鬼ヴァンパイアにされています!」

 勇者アベルが叫んだ。

 モモの顔が悲しそうに歪んだ。

 吸血鬼ヴァンパイア……?


「私は、魔王ビフロンス様の眷属となりました。あなたの敵になったのです……」

 モモは俯き、絞り出すような声で言った。


 モモの髪は真っ白だった。

 ぱっちりとした黒目は、深紅に染まっていた。

 小さな唇から、犬歯が飛び出していた。

   

 でも、驚いたのはそこじゃない。

 モモの顔に、見覚えがあった。

 よく知る人だ。

 何度もお世話になった恩人。


 何故気付かなかったんだろう?

 口調が違ったから?

 眼つきが違ったから?

 あの人は、いつも自信に満ちた態度だった。 

 

(俺とは、会っていないって言ったじゃないか……)

 嘘つきだ。



 どこからどう見ても、モモは――『大賢者様』その人だった。

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