210話 高月マコトは、……

◇太陽の御子アレクサンドルの視点◇


 つまらない仕事のはずだった。


 教皇のじーちゃんから、月の巫女を拉致するように指示された。

 邪神の使徒が邪魔してくるだろうから、強引な方法で構わないと言われている。

 言う事を聞かなければ、力ずくでいいだろうと思っていた。


 しかし、予定外の光の勇者の乱入。

 そして、想定外に強かった火の国の国家認定勇者の女。

 どうも、上手くいかない。


 イライラした。

 だからだろう。


 ……勢い余って火の国の勇者を殺してしまった。

 その後、何故か死体が消え、不審に思う間もなくさらにおかしなことが起きた。


 突然、水の国ローゼスの国家認定勇者が『変化』したのだ。

 全身が青く輝く奇妙な姿になった。


(……なんだ?)


 水の国ローゼスの国家認定勇者。

 大した戦闘力ではない。

 光の勇者や火の国の勇者と比較すると、数段劣る。


 だが、突然凄まじい魔力マナを帯び始めた。

 高濃度の魔力マナが圧縮され、さらに魔力が集まっている。

 

(あの魔力マナ量は少しやっかいだな)


 右手で掴み上げている、月の巫女を見た。

 所詮、俺様の敵では無いが片手で相手にできるかどうか……と考えていた時。

 ふっと、目の前に霧が現れ、それが人型になった。



 ――突然、己の右腕が切り落とされた



「なに!?」

 神気を纏った俺様の肉体は、オリハルコンの武具でさえ刃こぼれする。

 何が起きた?


 気が付くとすぐそばに迫った、水の国の勇者が持つ短剣が振り下ろされていた。

 あんな矮小な刃物で俺様の腕が?

 痛みより先に、純粋な驚きが勝った。


 どさりと、俺様の腕と共に月の巫女が地面に落ちる。


「フーリ!」

 赤毛のエルフが、月の巫女に駆け寄った。


「…………うぅ」 

 月の巫女は、まだ意識が朦朧としているようだ。

 エルフの女が、月の巫女を運ぼうとしていた。


 ちっ、面倒な。

 エルフを殴り飛ばそうとして、右腕が無いことを思い出した。

 

「太陽魔法・再生」

 魔法を使い、右腕を再生する。

 右手を軽く握り、動きを確かめる。

 うむ、問題ないな。


 そして、目の前の青く光る水の国ローゼスの勇者を睥睨した。

 俺様の身体を傷つけるとは万死に値する。


 そして、水の国ローゼスの勇者が何かを喋った。

 


 ――XXXXXXXXX……


 

 何を言っているかは聞き取れない。

 耳慣れぬ言葉を発し、突如、俺様とそいつの周りに巨大な水の渦が発生した。

 空を覆い隠すほどの水柱。

 よくみれば数多あまたの水龍が周りをうねりながら取り囲んでいた。


(数百?……いや数千はいる)


 器用に、月の巫女や赤毛のエルフ、倒れている光の勇者は避けている。

 そして、水龍が俺様と水の国ローゼスの勇者を巻き込みどこかへ連れ去ろうとする。

 場所を変えるということか?

 

(煩わしい)


 苛立ちを覚え、俺様は復活した右腕で水の国ローゼスの勇者を殴りつけた。

 ドン!!! という音と共に爆発が起きる。

 俺様を取り囲んでいた鬱陶しい数百の水龍もまとめて吹き飛んだ。

 

 俺様が殴りつければ、城が一つ吹き飛ぶ破壊力になる。

 水の国の勇者は、粉々に砕け散っただろう。

 愚かな。

 太陽の勇者おれさまに逆らうからだ。

 唇を歪め嗤った。


 しかし、余計な殺しだ。

 運命の女神の巫女エステルには、口うるさく注意されるかもしれない。

 言い訳を考えておかねば、などと考えていた時。



 ――目の前で粉々になったはずの、水の国の勇者が、あっという間に姿



「なにっ!?」

 馬鹿な。

 間違いなく肉体は修復不可能なレベルで破壊されたはず。


 しかし、目の前には青い光を放つ奇妙な姿の水の国の勇者が、自身で作りだした水龍の上に乗りこちらを見下ろしている。



 ――XXXXXXX



 そして、さっきから呟いている聞き取れない言語。

 ますます多くの水魔法で造られた水龍が、俺様の周りを渦巻いている。


 初めて見る魔法だ。

 随分と、変わった魔法だな。

 そして、大したものだ。

 俺様の一撃を喰らって、生き延びるとは。

 まあ、それも無意味。


(愚かな……俺様の鑑定眼・神級で弱点も全て露見する)


 憐れみを覚えつつ、俺様は鑑定スキルを発動させた。

 貴様の下らん三流魔法を打ち砕いてくれる。



 ――――――――――――――――

 個体名:タカツキ マコト

 種族:水の精霊王 *世界の全ての水の化身

 筋力:不定

 体力:不定

 精神力:不定

 敏捷性:不定

 外見:不定

 体格:不定

 知性:不定

 知識:不定

 正気度:不定

 所持品:神殺しの刃 *神界戦争にて砕けた『旧神王クロノスの鎌』を素材とする短剣

 撃破方法:世界の全ての水を無くすこと

 ――――――――――――――――



 ………………何だ、これは?



 およそ、人族のステータスではない。

 俺は一体何を相手にしている?


 しかもあの短剣は何だ?

 神器ではないか!

 何故、こんなものを地上の民が持っている!?

 これを与えたヤツは何を考えている!

 過剰装備にもほどがある。

 

 思考を巡らせている間にも、水の国の勇者の周りには魔力マナが増えている。 

 いや、増えるなどと生易しいものではなく……。

 爆発するかのような勢いで魔力マナが集まっている。


「………………」

 そして、目の前のこいつはさっきから何も言葉を発しない。


 そして、青く輝く人影は無表情でこちらを見つめている。

 ただし、明確な殺意だけは向けて。


 心がざわつく。

 そのような感情は初めてだった。


「鬱陶しい! 滅びろ!」

 それは、本気の一撃だった。

 以前本気の攻撃をした時、山が一つ消し飛んだ。

 それ以来放ったことが無い、全力の攻撃。


「これで終わりだ!!!」

 俺様はそれを水の国の勇者に、叩き込んだ。

 音速を突き破り、接触の瞬間に闘気を爆発させる。

 くらった相手は、塵も残さずかき消える。


 が、俺様の拳は相手に突き刺さったまま、止まってしまった。


 さらに爆発するはずの闘気が抑え込まれる。

 馬鹿な……。


 お、抑え込まれた……だと?

 神の力を有する俺様が、なぜ脆弱な人族の魔法で動けなくなる?

 あり得ない!?

 何なんだ、こいつは!?

 俺は慌てて、距離をとった。



 ――xxxxxxxxxx


 

 相変わらず、水の国の勇者の言葉はわからない。

 その隣に、一瞬青い肌の女のような姿が、数多く視えた気がした。

 あれは……水の大精霊ウンディーネか?

 水の大精霊がヤツに力を貸している?



 その時、脳裏に浮かんだのは運命の女神の巫女エステルとの会話だった。




 ◇



 ――いい? アレクサンドル。邪神ティターン族の精霊兵器には手を出してはいけませんよ?



 教育係を称する巫女エステルが、偉そうに俺様に語った言葉を思い出した。


 かつて聖神オリュンポス族と覇権を争った邪神ティターン族。


 邪神ティターン族は大地や風などの『自然』に意思を持たせ、それを武器にしたと言われている。

 その武器の名は、こう呼ばれている。


火の大精霊サラマンダー

水の大精霊ウンディーネ

風の大精霊シルフ

土の大精霊ノーム


 そして、さらに大精霊を存在があったらしい。


 地上の民は、それを『精霊王』と呼び、神族は『精霊兵器』と呼んだ。

 精霊王は、ティターン神族を信仰する信者の中から最も敬虔な者――使となって発現する。


 その力はすさまじく、使い方によっては世界を滅ぼし得る。

 星一つを壊せるほどだとか。

 そのため、神界戦争終結と同時に、聖神オリュンポス族によって全ての『精霊兵器』は廃棄された。

 

 その復活を試みることは、重大な禁忌である。


「あなたは強い、しかし若い勇者です。悪神族の直眷属と邪神族の精霊兵器とは戦いを避けなさい。いいですね?」

「あー、はいはい。わかりましたよ」


 巫女エステルの言葉を聞き流した。

 口うるさい女だ、と思った。

 俺様を負かすような存在がいるなら、是非会ってみたいものだ、とその時は思っていた。




 ◇



 ――そして今。



 目の前の青い人影――邪神ティターン族の戦争兵器『水の精霊王』の魔力はなおも増え続けている。

 魔法で造られた水龍の数は、へと増えている。

 空を覆いつくすほどの水龍の群れ。

 


 ――それは空にもう一つの海が出来たかのような眺めだった。


 

 世界の全ての水の化身……。

 撃破方法は、世界の全ての水を無くすこと。


 馬鹿な。

 そんなことが出来るはずが……。

 このままでは、俺様は……


「ふ、ふざけるなっ! 太陽の勇者である俺様が負けるはずが無い!」

 

 ――聖剣召喚!


 目の間に、一本の白く輝く魔法剣が現れた。

 ハイランド王家から貰った聖剣だ。

 それを掴み、惜しみなく神気を聖剣に流し込む。

 両手で強く剣を握り、構える。


「死ねぇ!」

 俺様は、こちらを見下ろす水の国の勇者に突っ込み、聖剣を振り降ろした。

 水の国の勇者は、静かに短剣でそれを防ぐように構えた。

 突如、水の国の勇者の目の前に巨大な氷の結界が現れる。


(これは聖級の氷結界。しかも重ねがけ、だがっ!)


 打ち壊す!

 魔王ですら一撃で屠れるであろう、聖剣の一撃を放つ。

 数十枚の氷の結界を砕き、聖剣の刃が水の国の勇者の短剣と交差した。


 ピシリと、聖剣の刃にひびが入った。


 己の顔がはっきりと引きつるのがわかった。 

 結界は砕けた。

 しかし、水の国の勇者の持つ神器には届かなかった。

 撃ち負けたのは、こちら側だった。

 

「あり得ない……」

 俺様の攻撃は通じない。

 やつの魔力は未だ上限なく増え続けている。

 

 無理だ……。

 あれを相手にしてはいけない。


 逃げるしか……しかし、どこに?


 こいつは、この世界のすべての水を支配している。

 逃げ場などない。

 気が付くと、俺の周りを回る水龍全ての目が、こちらを逃がさぬように見つめていた。

 数万の眼が、じろりとこちらを見つめてくる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺は叫び、水の国の勇者に再び斬りかかった。




 ◇




 ――仄暗い水の底


 ここは太陽の光の届かない海の底だった。


 ……何時間が経った?


 いや、幾日が経った……?


 目の前には、死神のように俺を見つめる水の国の勇者がいる。

 俺たちの周りを渦巻くのは、百万を超える水龍の群れ。

 もはや、逃げることもかなわない。


 こいつは倒せない。

 こいつは殺せない。

 壊せない。

 砕けない。

 切り裂いても。

 貫いても。

 何をしても。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、復元し続ける。

 俺様は無限の魔力マナを持っているが、相手もまた無限の魔力マナを持っている。

 だから、永遠に勝負はつかない。


 いや、違う。

 奴が持っている神器。

 あれならば、こちらの命を刈り取ることが可能だ。



 そして、目の前の蒼く輝く――水の精霊王は俺が死ぬまで、決して止まらないだろう。

 


 なぜ、こんなものに手を出してしまったのか……


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