173話 高月マコトは、再び太陽の国へ向かう
「マコト、私たちあれに乗るの?」
「うわー、凄いおっきいー」
ルーシーとさーさんが指さす方向には、十数隻の飛空戦艦の姿があった。
それらがずらりと王都の上空に並んでいる。
その迫力は相当なものだ。
「では、行きましょうか。勇者マコト殿」
「あの……タリスカー将軍。俺たちは仲間の飛空船で
大勢の部下を引き連れ、わざわざ宿まで迎えに来てくれたタリスカー将軍。
なんだろう、この逃げられない感じ。
「目的地は同じ。そのうえ勇者マコト殿だけでなく、火の国の勇者アヤ殿まで居るのです。であれば我々が同行するのは当然でしょう」
「勇者マコト。ここは将軍の言葉に甘えましょう」
耳元でソフィア王女が囁いた。
そちらに目を向けると「諦めましょう」と目が語っていた。
「ここは暑いわ。さっさと乗るわよ、私の騎士」
フリアエさんが、日よけ用の傘を持っている。
それでも暑いらしく、忌々しそうに日差しを睨んでいる。
よく落ちないな、アレ。
「わかったよ、姫。みんな行こう」
俺は観念して、火の国の飛空戦艦に乗り込んだ。
◇
――出発から数時間後。
俺はタリスカー将軍たちと共に、戦艦内の大きな会議室の椅子に座っている。
ソフィア王女、レオナード王子、ルーシー、さーさん、フリアエさんが一緒だ。
部屋の周りには、火の国の軍人さんたちがずらりと並んでいる。
(落ち着かないなぁ……)
できれば、ふじやんの飛空船がよかった。
しかし、現在のふじやんは一度マッカレンに戻っている。
河北さんを、クリスさんに任せるためだ。
先日の会話からするとやや不穏ではあるが、現在住所不定無職の河北さんにとってマッカレンが一番安全だろう。
ふじやんは、あとで俺たちを追ってくると言っていた。
「では、皆さんへお伝えすることがある」
タリスカー将軍が巨大な円卓の中央で、俺たちを見渡した。
何でも今回の急な命令の背景を、説明してくれるそうだ。
「ご存じの通り
へぇ、そうなんだ。
水の国は、やってないんだろうか?
ちらっとソフィア王女に視線を向けた。
(うちには、その人材が居ませんので……)
(そうですか……)
弱小国の悲しみ。
「報告では魔大陸の魔族、魔物に大きな動きがあった。『獣の王』ザガンと『海魔の王』フォルネウス。その手下たちが集結しつつあるとの連絡があった」
タリスカー将軍の言葉に、一同が息を呑む。
『獣の王』が治めるは、魔大陸において『灰の毒湖』や『幻影砂漠』を含む広大な平原地帯。
『海魔の王』の手下は、海の魔物のため魔大陸の沿岸部一帯が縄張りだ。
普段は、ほとんど行動を共にしない二種族が集結する意味は……。
「軍事行動でしょうか?」
レオナード王子がタリスカー将軍に尋ねた。
「おそらく」
将軍が重々しく頷く。
「魔王軍の幹部クラスが行動を起こすことは、これまでも稀にありました。しかし、今回は魔王自らが中心に号令を出しているとの情報もあります。これは百年前の大戦以来のことです」
火の国の騎士の一人から説明された。
「百年前……ロザリーさんが、英雄になった戦いだっけ?」
「そうよ。ママがハイランドの勇者と一緒に『蟲の王』ヴァラクと戦った戦争」
ルーシーと小声で会話する。
百年ぶりに魔王自らが動く。
たしかにこれは事件だろう。
俺は、ふと水の神殿で習った西の大陸における歴史を思い出した。
千年前の暗黒期。
世界には、大魔王を頂点に十人の魔王が居た。
大魔王イヴリース
竜の王アシュタロト
獣の王ザガン
海魔の王フォルネウス
巨人の王ゴリアテ
不死の王ビフロンス
蟲の王ヴァラク
堕天の王エリーニュス
悪魔の王バルバトス
そして、ノア様の使徒でもある『狂英雄』カイン
彼らは全世界を支配していた。
東西南北全ての大陸と中つの大海、この世界のどこかにあると言われる浮遊大陸、全てである。
世界は晴れない黒雲に覆われ、地上の民は、余すところなく、魔族の奴隷であった暗黒時代。
それが、突如現れた救世主アベルによって大魔王が討たれた。
大魔王と同じく救世主アベルに敗れ、倒れた魔王。
大魔王が滅ぶと同時に、行方をくらませた魔王。
魔大陸に手下と共に引き籠り、再び大魔王の復活まで雌伏している魔王。
そして、ついに魔大陸の魔王たちが、再び世界を支配しようと動き出している。
ただし、千年前に比べれば随分マシな状況だろう。
大魔王は未だ復活しておらず、魔王も残り三人。
もっとも『最古の竜』、『最強の魔王』と言われるアシュタロトを筆頭に、残っている三魔王はいずれも九魔王の中でも上位の存在である。
その戦力は未知数だ。
「とはいえ」
将軍は、空気を変えるように言った。
「
「はい、その通りです。だからこそ我々から先手を打つべきでしょう」
火の女神の巫女ダリアさんも、当然会議に参加している。
隣には勇者オルガが居るが、そちらは借りてきた猫のように大人しい。
「魔大陸の動きは気になる。本来、魔族たちは小細工をしない連中であるが……」
「魔王軍の中に、人類の裏切り者である魔人族の集団『蛇の教団』が紛れています。彼らが入れ知恵をしないとも限らない。彼らは謀略を得意とする」
俺は『人類の裏切り者である魔人族』というワードが気になって、『視点切替』で後ろを視た。
フリアエさんが、苦々しげな表情を浮かべている。
(何か言うべきか?)
俺がフリアエさんに視線を送ると
(……いいから、黙って聞いてなさい)
そんな視線を向けられた。
もやもやするが、静かに聞いておくことにした。
「一ヶ月後の『北征計画』実行。これは大魔王の復活には60日以上の猶予があるという、運命の女神イラ様の巫女殿からの伝言を元にしている。詳しい作戦の内容は、太陽の国に全ての勇者が集まってから話されるであろう。ここまでで、何か質問があるものは?」
「「「「「……」」」」」
静寂が会議室を覆った。
(早ければ二か月後、大魔王が復活……)
俺が異世界に来て約二年。
個人的なピンチは多々あったものの、西の大陸は平和だった。
自らダンジョンに潜ったり、蛇の教団に喧嘩を売ったりしなければ、のんびりした異世界ライフを楽しめただろう。
でも、これから始まるのは戦争だ。
魔族VS人族、獣人族、エルフなどの連合国の戦争。
(あれ……たしか、この世界には西の大陸以外にも人が住んでいるんだよな?)
「将軍、質問があります」
俺は学校のように手を上げた。
全員の視線が俺のほうを振り向く。
……注目されるのは苦手なんだが。
「何でしょう、勇者殿」
「他の大陸の国々とは連携しないのですか?」
どこにあるかよくわからない浮遊大陸は別として、この世界には東の大陸、南の大陸があり、そこにも人族やその他の種族が住んでいるはずだ。
あまり交流は無いようで、水の神殿でも大した情報は教えてもらえなかったが。
「……そうですな。勇者マコト殿は異世界の出身。ご存じ無いのも無理はない。他の大陸にも助力の申し出は使者を送っております、おりますが……」
まず、南の大陸には大きな国が三つある。
三国の関係は、
西の大陸から代表して、
が、南の大陸と北の大陸の距離が離れていることから『北征計画』への参加は、見送られている。
――大魔王が復活すれば、協力は惜しまない
そんな返事だったそうだ。
残り二国もそれに倣っているそうだ。
東の大陸に至っては話にならない。
現在、多数の国が大陸の覇権を争って紛争中なのだ。
どの国が勝つかも読めず、下手に一つの国へ使者を送っては西の大陸まで飛び火しかねない。
そのため協力を仰げていない。
「大魔王が復活すれば、西の大陸が最初に狙われると言われています。魔大陸と最も距離が近いこと、そして救世主アベルが西の大陸から現れたからです」
「……なるほど、理解しました。ありがとうございます」
西の大陸は、魔大陸の脅威を最も身近に感じている。
また、大魔王の恐怖は未だ根強い。
だからこそ、人族の国同士での争いはほとんどなく、魔族との戦いに備えることができた。
だが、他の大陸は西の大陸の国々ほどの危機感が無い。
あてにはできない。
(厳しい状況だな……)
その日の会議は終わった。
◇
――数日後。
火の国の飛空戦艦部隊は、何の問題もなく
巨大なハイランド城が、遠目から徐々に大きくなっていく。
火の国の王都ガムランも大きかったが、やっぱりこちらのほうが大きい。
巨大な城塞都市の正面には、救世主アベルの銅像が剣を掲げる姿勢で立っている。
(あれ?)
違和感を覚えた。
なんだ?
「わー、見えてきたね、太陽の国の王都。エリちゃん元気かな」
さーさんが飛空戦艦のデッキの手すりから身を乗り出している。
危ないよ、と思ったが今のさーさんなら飛空戦艦から落ちても無傷だろう。
「なぁ、さーさん」
「どうしたの?」
「救世主アベルの銅像ってあんな色だっけ?」
俺は疑問を口にした。
「え? 同じだと思うけど?」
「……前に見た時は、違う色だったような……」
俺の思い違いだろうか。
「さすがに急に色が変われば気付くんじゃないかな」
「うーん、そーだね」
さーさんの言う通りだ。
きっと俺の記憶違いだろう。
「そろそろ着陸します。下には馬車を待たせてありますので、それに乗ってハイランド城へ向かいましょう」
タリスカー将軍の部下が、案内をしてくれた。
「姫、桜井くんに会いに行かないとな」
「ふん」
フリアエさんは、照れ隠しなのかぷいっと顔を逸らした。
かくいう俺も、桜井くんと久しぶりに話したい。
でも、魔王軍が何か企んでいる今の状況じゃ、光の勇者様は忙しそうだよなぁ。
会いに行って、話す時間あるかなー。
そんなことを考えながら、俺は馬車に揺られながら王都の風景を眺めた。
相変わらず人が多い。
しかし人族だけだ。
エルフ族や獣人族の姿は見えない。
ローゼスやグレイトキースと異なり、種族別にはっきりと線が引かれた街――王都シンフォニア。
マフィアの若頭、ピーターは元気だろうか?
スラム街である九区の教会の子供たちのことも気にかかる。
(でも、人のことを心配している場合じゃないか。これから魔王軍との戦争が始まる……)
ただ、いまいち危機感が沸かない。
平和な日本からきたからなのか、心を落ち着ける『明鏡止水』スキルの影響か。
多分、両方だろう。
やがて馬車がハイランド城の巨大な城門前で、停車した。
馬車から降りようとして、フリアエさんから声をかけられた。
「ねえ、私の騎士。汝に災いが降りかかる……かも?」
「姫?」
「あー、なんか一瞬だけ未来視が出来たんだけど……よくわからなかったわ」
「なんか、不安だけ煽るのやめてもらえますかねぇ」
俺はフリアエさんに胡乱な視線を向けながら、ハイランド城の正門をくぐった。
整然と並んだ石畳を進む。
「高月くん、ストップ」
「え?」
突然、さーさんが俺の腕をひっぱった。
さーさんまで、どうしたの? と言おうとして
――カッ!!!! ドンッ!!!!
突然、閃光が走った。
そして、一秒後に衝撃が地面を揺らした。
そのあと、土埃が舞い上がり視界を奪う。
爆弾テロ!?
蛇の教団か!
俺は慌てて右手の包帯を外し、敵に備えた。
もくもくとした土埃が晴れた後に出てきたのは、金髪に、黄金の鎧という目に眩しい一人の剣士だった。
鎧からは、パチパチと雷の
……ああ、君かぁ。
「久しぶりだなぁ! ローゼスの勇者高月マコトぉおおお!」
声量がでかい。
そんなに怒鳴らなくても聞こえてるから。
「………………やあ、ジェラさん。お元気そうで」
「ちょっと、
チンピラ口調で現れたのは、稲妻の勇者ジェラルド・バランタインだった。
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