155話 高月マコトは、教えを乞う

「はろー、マコくん。アヤちゃんのレベル99オメデトー☆」

「はあ……、ありがとうございます。エイル様」

 ニコニコと手を振る水の女神様。

 この女神ひといつまで海底神殿に居座ってんの?


 ここは女神ノア様の空間。

 隣には神妙な顔をしているノア様が居る。


「どうされました? ノア様」

「マコト。あなたのことがエイルの目に留まったわ」

 ノア様の言葉が一瞬理解できず、返答に詰まる。

 他の女神の目にとまった……?


「魔王ビフロンスを倒したのが決め手だったねー。太陽の女神アルテナ姉様や火の女神ソールちゃんにバレちゃった。てへ☆」

「あんたのせいでしょうがっ! どうしてくれるのよ」

 エイル様の言葉に、ノア様がキー、と怒りの声を上げる。


「……それ、マズイですよね?」

 この世界では邪神と扱われているノア様。

 その使徒が聖神族の女神に目をつけられた。

 それでなくても、前任のセンパイ使徒は『狂った英雄』とか呼ばれる頭おかしいヤツだったみたいだし。

 

「まあ、今のところマコトの行動は人族寄りだから大丈夫だと思うけど」

「その割に、火の女神の勇者にいきなり襲われたんですが」

「んー、あれはオルガちゃんと火の国の上層部が勝手にやっただけで、火の女神ソールちゃんの指示じゃないわよ、マコくん」

 エイル様が、さらりと裏事情を教えてくれた。


(ソフィア王女の予想した通りだったわけか)

 

 しかし、火の国の上層部が絡んでいるって話は、あまりよろしくない。

 もしかすると武闘大会でも、何らかの邪魔が入る可能性が……。


「んー、それは無いと思うわよ? マコト」

「そうね、火の女神ソールちゃんは戦女神だけあってまっすぐな性格だから、不正とかすっごい嫌いなんだよねー」

「へぇ」


 それはいいことを聞いた。

 武闘大会の運営側に仕組まれたら、どうあってもさーさんは優勝できない。

 どうやら真っ当な大会になりそうだ。


「ふふふっ、そもそもアヤちゃんは優勝できるかしら?」

「エイルは性格が悪いわね。マコトが私たちに会いに来たのは、アヤちゃんについて聞きたいことがあるんでしょ?」

「はい」

 全部見抜かれてるなー。


 ◇


 今日の昼、さーさんがレベル99になったことをみんなで祝った。

 ソフィア王女なんかは、5日でレベル35→99になったと伝えると、フリーズしてたけど。


 その時のさーさんとの会話が、

「さーさん、レベル99になって火の勇者オルガに勝てそう?」

「うーん……、あの時のあいつは本気じゃなかったから正確にはわからないけど……多分、難しい気がする」

「うそっ! 今のアヤでも勝てないの!?」

 ルーシーが驚愕の表情を浮かべていた。

 正直、俺もかなり驚いた。

 その時の会話が、記憶に蘇った。


 ◇


「ふふ、オルガちゃんもレベル99だもの。あの子、戦闘狂だから」

「それだけじゃないわ、火の女神の勇者は『熱気』を闘気オーラに変えることができる。光の勇者が、『太陽の光』を闘気オーラに変えられるようにね。火の国グレイトキースだと、オルガちゃんは絶対的な地の利があるわ」

 エイル様とノア様が解説してくれた。

 そういうわけか……。

 道理でデタラメに強いと思った。



「じゃあ、やっぱりあの方法しかないですね……」

 俺は昼間にさーさんとふじやんと打ち合わせした内容を思い出した。

 ふじやんに指摘されて気付いた、さーさんの固有スキル。


『アクションゲームプレイヤー』スキル、『変化へんげ』スキル、そして……


「『進化』スキル……」


 さーさんの魂書ソウルブックに書かれていたスキル。

 効果は予想できる。


 なんせ、進化だ。

 コ〇キングだって、進化すればギャ〇ドスになってめっちゃ強くなる。

 きっと『進化』スキルを使えば、さーさんの強さはさらに上がるはずだ。


 ――問題は、


「進化のやり方がわからないってわけね」

 ノア様がニヤリとした。

 あ、この顔は知ってますね。

 よかったぁ。


「ええ、物知りのふじやんやソフィア王女、ルーシーやフリアエさんも知りませんでした」

 そもそも魔物の生態は謎が多い。

 魔物使いテイマーでもない限り、仲間に魔物が居ることはないし。

『進化』の方法を調べたが、冒険者ギルドの情報掲示板や魔法図書館の本にも載っていなかった。


「えっとね~、マコくん。進化をするにはあるアイテムが必要で……」

「だー、エイルが言わなくていいのよ! マコトは私に会いに来たんだから!」

「ああ、ケンカしないでください。お二人とも」 

 話が進まん!

 何としても進化の方法は、教えてもらわないと。


「いい、よく聞きなさいマコト。『進化』をするには『魔石』が必要なの。特に強い魔物ほど大きな魔力マナを秘めた魔石が無ければ進化できないわ」

 ノア様が指を立てて、ちょっと得意げに教えてくれた。


「魔石……」

 俺は、上着のポケットをあさり紅い魔石を取り出した。

 魔王ビフロンスが倒れた時に、拾った魔石。

 こいつを使えば良いのだろうか?


「はいー、アウトー」

「うわっ!」

 エイル様にいきなり後ろから抱きつかれた。

 あれ、さっき前に居たような。 


「マコト、そっちじゃないわ。以前、大迷宮でハーピー女王を倒した時に手に入れたラミア女王の魔石を使いなさい」

「え、でも……」

 魔王の魔石のほうが、より強くなれるんじゃないだろうか?

 そんな俺の心の内を読んだのか、エイル様が耳元で囁いてきた。


「魔王の魔石を使うと、アヤちゃんが魔王になっちゃうわよ?」

 ノア様が冷静に言い放った。


「うふふ、そしたらマコくんが、アヤちゃんを討伐しないとねー」

「え?」

 何だって!?

 

「ま、絶対そうとは言い切れないんだけどね。ただ、魔王の魔石は、の。アヤちゃんが使うのは、やめておいたほうがいいわ」

「そうそう、失敗して人格が変わっちゃうかもしれないしねー」

「し、失敗することがあるんですか?」

 それは考えてなかった。


「ラミアの女王の魔石なら、同じ種族の物だからまず失敗しないわ」

「よかった。なら安心ですね」

 ノア様の言葉に、ふー、とため息をついた。


「魔石の使い方はわかる?」

 とエイル様が、優しく聞いてきた。

「いえ、どうやるんですか?」

 今日のエイル様は親切だ。


「まずタイミングが大事よ。『進化』を行うには深夜0時がベストなの。古い自分を捨て、新しく生まれ変わるスキル。世界に死が満ちている夜に進化の儀式を行いなさい」

「あとは、進化の前は身体を十分清めて、なるべく身に物を付けないこと。要は『生まれたままの状態』って事を意識することが大事ね」

「なるほど、わかりました」

 エイル様の言葉を、ノア様が引き継いだ。

 俺は二人の言葉を忘れないよう、真剣に耳を傾ける。


「そして、準備ができたら魔石を

「た、食べる!?」

「そ。進化できる状態に達していなければ、魔石の魔力が身体に取り込まれるだけだけど。アヤちゃんは『進化』するに十分な資格がある」

「レベル上限に達してるから。きっと立派な『ラミアの女王』になれるわ」

 

 女神様の言葉を、頭の中で反芻する。

 やり方、条件、必要なアイテム。

 

(うん、理解できた)

 これでさーさんに『進化』の方法を伝えられる。


「ありがとうございます、ノア様、エイル様」

 俺は深く頭を下げて、御礼を言った。 


 頭を下げながら、ふとあることを思いついた。

 俺の手元にある『魔王の魔石』をもし、俺が食べたなら……。


「どういたしまして……マコト。あなたがレベル99になって魔王の魔石を食べても、進化はできないわよ」

「マコくん……魔王になりたいの?」

 ノア様とエイル様に、同時にツッコまれた。

 心を読みましたね?


「まあ、ダメっすよね」

 冗談です、冗談。

 俺は『進化』スキル持ってないし。

 ……残念ながら。


「ノア~、マコくんってナチュラルに危険思想なんだけど」

「こーいうヤツなのよ。マコト、魔王の魔石なんてマコトが食べたら、膨大な魔力に身体が耐えられなくて間違いなく死んじゃうからね。絶対にやっちゃダメよ」

「は、はーい……」

 死んじゃうのかー。

 折角のレアアイテムっぽいのに使い道ないなぁー。


「はあ~、やっぱり私が監視に来ておいてよかったぁ。ノアの使徒は、毎回問題起こすから……」


「ん?」

「え?」

「あ」

 エイル様の言葉に、ノア様と俺が一斉に振り向く。 


「エイル……あんた今、何て言ったの?」

「エイル様、監視って言いました?」

「あははー☆」

 いっけねー、という顔で自分の頭をコツンと叩くエイル様。

 可愛いけど、可愛くない!


「でも、ノアは気付いてたんでしょ? 私がそのためにここに居るって」

 その言葉に、ノア様が嫌そうに口を歪めた。

「薄々ね。どうせアルテナあたりの差し金でしょ」

 ノア様が、六大女神の長女の名を上げた。 


「それがノアの使徒のパーティーに気を付けるように言ってるのは、運命の女神イラちゃんなのよねー。最近は、引き籠ってて顔を見せないけど。正確には『ノアの使徒』と『月の女神の巫女』に気を付けたほうがいいって、発言してたんだけど……」

「それ、要するにマコトのパーティーじゃない」

「……」


 エイル様の言葉に、若干嫌なものを感じた。

 運命の女神様イラの言葉。

 彼女は全ての未来を見通すチカラを持っているとか。


 なんで、うちのパーティーを気にするんだ?

 

「ただねー、マコくんもフリアエちゃんもいい子そうなのよねー。マコくんは、たまに危ういけど」

 微笑むエイル様からは、何の邪気も無い優しい雰囲気だけだった。

 エイル様、たまに黒いけど優しいなぁ。


「マコト騙されてるわよ。性格の良い女神なんて一人も居ないから」

「あら、ひどーい。その通りね。マコくん、優しい女神なんてわよ」

「自分で言うんですか」


 まあ、これも助言ということだろうか。

 女神様本人に言われると、頷くしかない。 



(あ、そうだ。最後にアレを聞かないと)



「ノア様、エイル様。火の国って水の精霊が全然居ないじゃないですか」

「そうよ、マコト。だから無茶するんじゃないわよ」

「うん、そーね。マコくんは火の国だと無能だね」

 エイル様が酷い!

 まあ、確かに役立たずだけど!


「だから、実はこんなことを考えてまして……」

 

 ここ数日、修行をしながら考えていた『新しい戦法』について相談してみた。

 それを話すと、ノア様、エイル様共に凄い表情になった。

 


 ――キチ〇イを見る目に。



「ねぇ! マコくん。そんなことするくらいなら水の女神わたしに乗り換えるべきだと思うの! 水魔法の聖級スキルあげるから」

「無駄よ、エイル。これがマコトの平常運転だから」

「うっそでしょ? ただの自殺じゃない!? 水の国ローゼスでは、自殺を認めていません!」

「適性ないくせに『火魔法の王級』スキル持ちと同調したり、熟練値が200強で水の大精霊ウンディーネ操ろうとするから、マコトは。頭のブレーキ壊れてるのよ」


「御二人とも言い方が酷い!」

 そんなダメな戦法だったかなぁ。


「ダメよ。論外。ソフィアちゃんが泣いちゃいます」

「でもダメって言ってもやっちゃうからなぁー、この子マコト

 流石ノア様、わかってますね。


「褒めてないから」

 ノア様に頭を叩かれた。


 一応、俺の考えた戦法に二人の女神様からいくつか助言を賜った。



 ◇



 ――翌朝の食事時。



 長く女神様たちと話をしていたので、あまり眠れなかった。


(……まだ、ちょっと眠い)


 だが、やることはある。

 俺たちは、今後の方針について話し合いをした。

 ふじやんは、クラスメイトの河北さんを救うため『買い手』である貴族の情報を集めているが、なかなか決め手となる情報が見つからないらしい。


 わかっていることと言うと、河北さんは王都の奴隷市場の中にある、最も警備が厳重な建物に居るということだ。

 河北さんはレアなスキルを所持しているだけあって、丁重な扱いを受けているそうだ。

 問題は、次の奴隷オークションまで数日しか無いことだろうか。


「ふじやん、俺に手伝えることないかな?」

「そうですな……何かあれば、お声掛けしますぞ」

 ふじやんの回答は、数日前と同じものだった。

 表情は、冴えない。

 苦労しているなぁ。

 こういうことは、あまり助力できないのがもどかしい。


 あとは世間話をしながら、朝食を済ませた。

 そして、食後にみんなでお茶を飲んでいる時。


(あ、そうだ。ノア様に教えてもらった『進化』スキルについてさーさんに話さないと)

 俺は紅茶を飲みながら、ぽりぽりクッキーを食べているさーさんのほうを振り向いた。


「さーさん。今日の夜、俺の部屋に来てもらっていい? 23時くらいに」

「え? う、うん、いいけど」

 たしか『進化』に最適なタイミングは0時と言われた。

「「……」」

 ルーシーとソフィア王女の視線がこちらに向いた気がした。

 ただ、今はさーさんの『進化』が大事だ。 


「さーさん、来る前にお風呂に入って身体を隅々まで洗っておいて。あとは、なるべく薄着で来てね」

「へっ!?」

 さーさんが、素っ頓狂な声を上げた。

 なるべく『生まれたままの状態』を意識するほうが良いってノア様が言っていたはずだ。


「「……」」

 ルーシーとソフィア王女の視線がますます強まった。

 フリアエさんが、興味無いのか黒猫ツイと遊んでいる。


 どうも眠気で、まだ頭が働かない。

 でも、女神様の助言を忘れないうちに伝えないと。


「え、えーと。高月くん。私はお風呂に入った後、深夜に薄着で高月くんの部屋に行って、何をされちゃうのかな?」

 さーさんがモジモジしながら、上目遣いで聞いてきた。

 何だ『進化』スキルのことを忘れちゃったのかな。


「何って儀式に決まってるだろ」

「ぎ、儀式!?」

 なぜ、進化の儀式のことをそんなに驚くんだろう。 

 前から話してたじゃないか。


「わ、わかった。私初めてだけど頑張るね」

「ああ、楽しみだな」

 さーさんがどれだけ強くなるか。


「わ、私は緊張するかも……」

 さーさんの顔が赤い。

「大丈夫だよ、俺に任せておいて」

 なんせ女神様に教えてもらったのだ。

 失敗はできない。


「高月くん……優しくしてね」

「ああ、勿論(?)」

 俺はやり方を伝えるだけなんだけど。

 優しくって何だ?


「た、高月サマ。そーいう話題はお二人きりの時ニ……」

「あんた、朝からやめなさいよ」

 ニナさんが凄い遠慮がちに、フリアエさんが氷のように冷たい眼で睨んできた。

 その横で、ルーシーとソフィア王女が口をパクパクさせている。


(ん~?)


 あれ、……何か俺、変な事言ったかな?


「タッキー殿……、変な事しか言ってませんぞ。とりあえず顔を洗って、訂正してくだされ」

『読心』スキルで、全てを悟っているふじやんが冷静にフォローしてくれた。



 ――誤解は、解きました。

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