第六章 『木の国とルーシーの里帰り』編

126話 高月まことは、探索する(六章 開始)

 俺はベッドの上で、目を覚ました。

 オレンジ色の常夜灯のあかりが、ぼんやり視界に入る。

 あたりを見渡す。

 

 ブラインドから差し込む光は、弱い。

 フローリングに散らばっているのは、ゲームソフトと数冊の漫画。

 俺はクリアしたゲームや、読み終わった漫画は全て売ることにしてる。

 だから、部屋にあるのは現在進行中のものだけ。

 机の上には、学校の教科書と参考書が綺麗に並んでいる。


 殺風景な部屋。

 見飽きた風景。

 時計の針は、6:35過ぎ。


(……高校、行く準備するか)


 ふらふらとリビングに向かう。

 誰も居ない。

 昨日、うちの親は帰ってきたのだろうか?

 両親は、朝早く仕事に出かけ、終電を過ぎて帰ってくることが多い。

 ……いや、そもそも帰ってこないことのほうが多い。


 机の上には封筒が置いてあり、中にはお金が入っていた。

 これが、今週の俺の予算。

 つまり、今日は月曜日か。


 いつ買ったのか忘れた食パンを、焼く気になれず俺はリモコンを押してテレビをつけた。

 あまり興味のない芸能ニュースがダラダラ流れている。

 チャンネルを変えて、天気予報をつける。

 天気は、雨。

 ああ……面倒だな。

 傘が要る……傘?


(……傘なんて、いらないだろ?)


 そう、傘は不要だ。

 昔は、雨が嫌いだったけど、最近は好きだ。


 なぜなら――



「まこと! いつまで寝てるの!」


 いきなり扉が、バーン! と開かれた。

 都立東品川高校の制服を着たルーシーが、ズカズカ入ってきた。

 おい、靴脱げよ。


「ほらっ! 朝ご飯よ、そろそろ起き……どうしたの? 変な顔して」

 真っ赤な髪に、尖ったエルフ耳のルーシーが制服を着ている違和感で、笑いそうになった。

 今更ながら気づく。

 どうやら、俺は夢を見ているらしい。


「何よ……変な顔して……きゃっ!」

 ルーシーを抱きしめた。

 どうせ、夢だろ!

 

(よかった……異世界に来たのが夢なのかと思った)

 思いっきりぎゅーっと、抱きしめる。


「いつまで、抱きしめてるのー!!」

「ん?」

 頭を衝撃が襲い、一気に現実に引き戻される。

 怒りの顔で俺の頭をハタいてたポーズをしているルーシーと。

 俺に抱きしめられ固まっているがそこに居た。 

 

「あ、あの……。勇者まこと。そろそろ起きないと」

 顔を真っ赤にしているソフィア王女の吐息が耳にかかる。

 って、何やってるんだ!


「し、失礼を!」

 慌てて両手を上げて、ソフィア王女を解放する。

「では、食堂で待っていますから……」

 赤い顔のまま、たたたっ、とソフィア王女は走っていった。

 やっべ、朝からセクハラしてしまった。


「ねぇ……、そのだらしない顔、洗ったら?」

 不機嫌を隠さないルーシーが腕組みをしている。

 もちろんいつもの服装であり、高校の制服ではない。


(制服姿のルーシー、エロかったな)

 露出は、いつもより少ないはずなのに。

 あふれ出るコスプレ感のせいだろうか?


「なに? ジロジロと見て。ソフィア王女の抱き心地はそんなによかったのかしらー?」

 いかん、機嫌が悪い。

「違うんだ。ルーシーだと思ったんだよ。間違えたんだ」

 この言い訳は、果たしていいのか? 

 クズ男では? と思ったが寝ぼけた頭は、こんな言葉しか浮かばなかった。


「へっ!? そ、そうなの? ……ふぅーん、まことったら、仕方ないわね」

 ルーシーが照れ隠しのように髪を手櫛しながら、ベッドに上がってきた!?

「る、ルーシーさん?」

「ほら、今度は間違えないでしょ?」

 そう言いながら、俺の首に手を回し……


「るーちゃーん? 高月くーん、何やってるのかなぁ?」

「「!?」」


 ――危険感知!


 包丁を持ったさーさんが、こっちを見ている!

 そして、さーさんの頭の上であくびをするツイ。

 おまえ、ちょっとは危機感をだな……。


「ご飯できてるから!」

「は、はーい、あや怒らないでー」

「もぉー!」

「ごめんって!」

 女子二人は、リビングに去っていった。


(起きよう……)


 水魔法で顔を洗い。

 昨日の夜に干しておいた服に袖を通して、

 上着を羽織る。

 短剣を軽く布で磨き、

 女神様へ十秒の祈りを捧げる。

 きっちり四十秒。

 支度、完了だ。



 俺はリビング――兼、食堂に足を踏み入れた。



「おはよう、さーさん」 

「おはよう! 高月くん」

 ピンクのエプロン姿のさーさんが、笑顔で振り向いた。

 さっきの怒りは、忘れてくれた?

 髪を後ろで結わえて、腰のところに大きなリボンを作っている。

 なんでも、エプロンはさーさんの手作りらしい。

 器用だなぁ。


「ちょっとぉ、遅いわよ! 私の騎士」

 フリアエさんが、茶碗を箸でチンチン鳴らしている。

 どこで、覚えたそれ?

 行儀悪いから、やめなさい。


「……」

 ソフィア王女は、こっちを見て赤い顔をしてぷいっと目を逸らした。

 あとで、謝ろう。


(……うん、こっちがいいな)

 俺は、異世界で頑張ろう。

 


 ◇



 俺は席につき、テーブルに並んだ料理を眺める。


「今日の朝ご飯のメニューは……」


 ・鍋で炊いたごはん

 ・焼き魚(白身の川魚)

 ・たまご焼き(鶏っぽいのは、こっちの世界にも居た)

 ・みそ汁

 ・大根っぽい根菜の漬物


(ここは、日本かな?)

 食材の仕入れ先は、『フジワラ商会』らしい。

 ふじやん、半端ないわ。


 近々、ラーメン屋もオープンするらしい。

 必ず行かないと! 


「勇者まこと。このスープは、不思議な味がしますね」

「ねぇ、私の騎士。この『箸』って言う木の棒は、どうやって使えばいいの?」

「フーリ、それは異世界人用の食器よ。私たちは、フォークを使えばいいわ」

 ひとまず、異世界の各人が食事を楽しんでいる。


「さーさん、悪いね。いつも食事を作ってもらって」

「ううん、昔から弟たちに朝ご飯作るのは私の役目だったからねー」

 頭が下がる。

 あと、エプロン姿のさーさんは、いつもの二割増しで可愛い。


 ちなみに、さーさん以外の女子の料理の腕について。


 ソフィア王女は料理を(当然)しない。

 フリアエさんは、スプーンより重いものを持ったことが無い(本人談)。

 ルーシーは、焼き料理しかできない。あと、大体『黒焦げ』だ。 

 俺? 一応『調理』スキルはあるけど……実際、異世界に来てから外食ばっかりで料理してないなー。


(さーさんが居て、本当によかった)

 心の底から思う。

「高月くん、毎日みそ汁作ってあげるね☆」

「ああ、助かるよ」

 朝にみそ汁なんて、前の世界でもほぼ食べた記憶が無い。

 やっぱり、朝は和食だな! 


「……なぜでしょう? 今のセリフはスルーしては、いけない気がします」

「……ソフィア王女、私もです。あや、今の発言はどういう意味?」

「ええ~、何も深い意味なんて無いよー」

 ああ、朝の柔らかい日差しと、あったかい食事と、ほんわかした会話。

 

「安らぐなぁ……」

「私の目の前で、『因果の糸』が捻じれ合ってるんだけど……? 私の騎士」

「?? どーいう、意味? 姫」

「おめでたいわね……」

 冷たい目で見られた。



 しばらくして、 

「ねぇ、まこと。これからどうするの?」

 ルーシーがたまご焼きをフォークで食べながら聞いてきた。

 これからってのは、次の目標って意味かな。


「木の国か、火の国へ行って他国の勇者と会ってこいって、仕事をもらってるよ。ですよね? ソフィア」

「ええ、その通りです、勇者まこと。ですが、魔物の集団暴走があったので……」

「先に木の国へ行ったほうがいいわ、私の騎士。


 うーむ、未来が視えるフリアエさんの発言だ。

 無視はできない。

 あと、木の国といえば

「ルーシーって、木の国に実家があるんだよな?」

「ええ、そうよ。木の国の『カンナの里』ってところ」

「カンナの里。それはもしや紅蓮の魔女のいるカンナの里ですか?」

 ルーシーの言葉に、ソフィア王女が反応する。


「そうだけど……」

「ルーシーさん、もしかして紅蓮の魔女と関係が?」

「私の母よ……」

 ルーシーの反応は、悪い。 


「勇者まこと。木の国から行きましょう! 風樹の勇者、木の巫女、紅蓮の魔女が味方になれば、非常に心強い!」

 ソフィア王女のテンションが高い。

 でも、なんかひっかかる。


「ソフィアちゃん、何で今まで話してなかったの?」

 そう、それだ。

 太陽の国は、北征計画に向けて数年前、いやもっと前から準備してたと聞いた。

 その辺の根回しは、とっくに終わらせておくものでは?

 

「うぅ……それが、今まで何度か使者を送ったのですが、いつも不在で……」

 しょぼんとする、ソフィア王女。


「あー、あいつら気まぐれだからねー。多分、居留守よ」

「魔法使いさんは、風樹の勇者、木の巫女と親しいの?」

「木の巫女は、ウォーカー家だから親戚よ。風樹の勇者は、学校が一緒だったわ。むこうが先輩だけど」

 おいおい、ルーシー。

 お前、実はめっちゃコネ持ってるやん。

 お嬢様なのはうっすら知ってたけどさ。


「決まりだな。ルーシー、案内よろしくな」

「まあ、いいけど。……ソフィア王女。私、母さんとは三年くらい会ってないから、会えるとは限らないわよ? あの人、いっつも旅に出てるし」

「かまいません。それでは、数日中にレオがこの街へやってきます。それから出発しましょう」

 ということになった。


 話はまとまったか。


「じゃあ、俺はちょっと出かけるよ。姫、一緒に行こう」

「え、私?」

「「「!?」」」

 焼き魚の皮を、黒猫に与えていたフリアエさんが、きょとんと振り向き。

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女がこっちをがん見してくる。

 ……なんすか。


「捕まえたっていう、蛇の教団員に会いに行く。教団の目的を聞き出しておこう」

「勇者まこと。捕縛した教団員については、特殊な訓練を受けているようでまったく口を割らないと、神殿の者が言っていましたが……」

 ソフィア王女が残念そうに言う。


「それなら、大丈夫ですよ。多分、何とかなるんで。姫、行こう」

「はぁ、あなたって守護騎士なのに姫使いが荒いわよね」

「そうかな?」

 文句を言いつつ、協力はしてくれるらしい。

 まあ、教団の目的はフリアエさんも気になるところだろう。


「るーちゃん、今日どうする?」

「うーん、温泉でも行こうかなー」

「いいね! 私も行く!」

「じゃあ、準備しようー」

 女子二人は、別で予定が立ったようだ。

 

「勇者まこと、私はあなたについていきます」

「わかりました」

 ソフィア王女は、一緒に来るらしい。

 じゃあ、行きますかね。



 ◇


 やってきたのは水の神殿。

 その地下にある牢獄だ。

 

 守衛に挨拶をして、地下への鍵を開けてもらう。

 下へ続く階段は薄暗く、魔法の蝋燭の僅かな明かりが足元を照らす。


「ソフィア、こんな所に一緒に来てよかったの?」

「……教団の目的を聞き出すなら、私も立ち合います」

「帰りたいー」

 フリアエさんは、ダメです。


 牢屋の前に着いた。

 捕まっている蛇の教団の女。

 牢の前には、牢番が立っている。


「入っても?」

「……勇者様、こいつは何も喋りませんよ。あまり近づき過ぎないように」

 注意されつつ、中に入る。

 入るのは俺とフリアエさん。

 ソフィア王女は、牢の外で待機してもらった。


「……お前がローゼスの勇者か」

 憎々しげに、こちらを睨みつけて……前もあったな、こんなこと。

「貴様らに喋ることは無い」

 口調から強い意志を感じる。


「姫ー、よろしく」

「はいはい」

 フリアエさんは、気軽に教団の女に近づく。


「えっ、危ないのでは……」

 ソフィア王女が少し慌てるが


「ねぇ、あなた」

 フリアエさんが、その場にしゃがみ、教団の女と視線を合わせる。

「……誰だ、おま」

「いい子」

 と言って、頬に少し触れた。


 その瞬間、教団の女がびくんと、震え。


「あなたの秘密を教えてくれない?」

 ニッコリとほほ笑むフリアエさんに

「はい~~! 何でも聞いてくだしゃいぃぃぃ! おねーさまぁぁあ!」

 流石『魅了・王級』持ち。

 即落ちだな。


「「!?」」

 ソフィア王女と門番の人がビックリした顔で、二人を凝視している。


「ねぇ。このあと、どうすればいいの? 私の騎士」

「何のために、マッカレンを魔物に襲わせた?」

 俺は教団の女に尋ねる。


「はぁ!? おねーさま以外が話しかけてくるんじゃねーよ、クソが。死ね!」

「……」

 一応、俺も『魅了』持ってるんだけどなぁ。

 おい、フリアエさん。笑うな。


「私に教えてくれる?」

「おねぇさま! 卑しい私に話しかけてくださるなんて感激です! 全部お話します! 全ては大主教『イザク』の命令です! 命令の内容は、マッカレンに居るローゼスの勇者を殺すことです! ホルンとシンフォニアで、作戦を失敗させた『高月まこと』とその仲間を滅ぼせと! 作戦の全権は『黒龍』が持っていました! 私は、マッカレンが滅んだことを確認して、蛇の教団へ報告をする伝達役メッセンジャーです!」


 すごい早口で、全部説明してくれた。


「……私が目的じゃなかったのね」

 ぽつんと、つぶやくフリアエさん。

「俺だったな」

 実は、そんな気がしてたんだよね。

 なんせ、ローゼスの勇者が居るってことで街の人口が増えてたくらいだし。

 普通なら、一番狙われるの俺だよなー。


(大主教イザクって、あいつか……)

 水の国の王都で、忌まわしき巨人を暴れさせ。

 太陽の国の王都で、自爆テロと、魔物の群れを呼び寄せた首謀者。

 

(執念深いやつ……)

 十年がかりの計画を潰されたので、気持ちがわからなくもないが。

 

「ソフィア、この情報をもとに今後の計画を立てよう」

「え、ええ……。こんなに簡単に口を割るとは思いませんでした」

 ソフィア王女は、まだ驚いているようだ。

 ふふん、と胸を張るフリアエさん。


「先ほどの会話、記録します!」

 牢番さんが、慌ててメモを取っている。


 その後、いくつか教団の女に質問したが、それ以上の情報は持っていなかった。

 どうやら、彼女は末端の人間らしい。


 必要な情報を得たので、俺たちは地下から地上へ上がった。



「じゃあ、私の仕事は終わりね」

 うーんと、伸びをしてどこかに去ろうとするフリアエさん。

「ちょっと、待った」

 あと、もう一個確認しておかないといけないことがある。


「姫、俺と同調シンクロしよう」

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