98話 高月まことは、王都の墓地へ行く

 ――王都シンフォニアの共同墓地。


 それは大きく二種類に分類される。

 一つは、王族、聖職者、貴族が眠る『神聖墓地』。

 豪華な墓石に高価な副葬品が収められている。

 そして盗掘を防ぐために24時間、神殿騎士が見張りをしているそうだ。


「だから、月の巫女が潜伏しているとすれば、こっちだと思うんだ」

 俺とレオナード王子が、桜井くんに連れられてやって来た場所は『四~九区の共同墓地』である。

 そこには人族、獣人族、魔人族の墓が集まっている。

 時刻は、深夜。

 人目につかない時間まで待った。

 ちなみに、桜井くんとレオナード王子は地味な鎧に着替えている。

 俺? 普段着が地味なので、変装要らなかったよ、やったね。


「しかし、こちらの共同墓地も神殿騎士や僧侶が見回っているはずです。遺体がアンデッド化した場合に備えて」

 レオナード王子が言った。

 そう、異世界ならではの問題、墓地のアンデッド出没。

 それに備えて、こちらの共同墓地にも見回りがいるらしい。

 

 だけど「見当たらないね、人間は」

「ああ、代わりにアンデッドがうろうろしてる」

 俺の声に、桜井くんがこたえた。


 墓地の中を、のそのそとゾンビやスケルトンが歩いている。

 地下水路の状況に似てるな。

 俺たちは『隠密』スキルを使って、その中をそろそろと歩く。

 桜井くんが、『隠密』を使えるのは意外だったな。

 別に、どんな魔物からも隠れる必要が無いくらい強いのに。


 墓地には多くの木が生え、林のようになっているうえに、霧が深く見通しは悪い。

 ゾンビたちに見つかる心配は無さそうだ。

 それにしても、アンデッドが見張りをしているように、一定位置ごとに立っている。

 自然発生じゃないな。


「これは、当たりかな?」

「月の巫女は、『死霊魔法ネクロマンシー』の使い手だ。ここに居る可能性は高いと思う」

「神殿騎士や僧侶が居ないことは、月魔法の『傀儡』で操ったと考えれば説明がつきます」

 俺の問いに、桜井くんとレオナード王子が補足してくれた。


 ……王都中で探されているお尋ね者が、一発で見つかった。

 さすがノア様。

 あとで、お礼を言わないと。


(ふふっ、さすがでしょー)

 あ、見てましたか。

 ありがとうございます、ノア様。

(気をつけなさいよ。月の巫女は、

 そうなんですか。

 やや心配性なところがあるノア様だが、女神様が危険というからには本当なんだろう。


「ところで、誘っておいてなんですがレオナード王子は一緒に来てよかったんですか?」

 レオナード王子は『隠密』が使えないので、俺の袖を掴んでいる。

 可愛い。小動物かな?


「大丈夫です。ソフィア姉さまには、まことさんに協力するように言われています」

 口調はしっかりしているが、9歳に深夜の墓地は怖そうだ。

 ゾンビの姿を見るたびに「ひっ」と肩がビクっとなっている。

 悪い事したなぁ。

 怖い思いをさせるのは申し訳ない。

 ソフィア王女に怒られそう……。


「月の巫女に会う前に、二人に気をつけて欲しいことがあるんだ」

 桜井くんが、真剣な声で話しかけてきた。


「月の巫女は、『運命魔法』で未来が見える。万能ではないそうだけど、俺たちが探していることはばれてる可能性がある。それから『傀儡』と『魅了』が王級レベルなんだ。彼女に触れられると、僕ですら抵抗ができず操られかけた」

「ひ、光の勇者である桜井さんが!?」

 レオナード王子が驚きの声をあげた。


「ああ、幸い仲間に助けてもらったけど。精神異常系の魔法耐性が無い者は、声を聞いたり、目を合わせても駄目らしい」

「どうしようもないじゃん」

 桜井くんの説明に、流石に呆れた。

 そんなやつ、よく捕まえたな。


「俺は『明鏡止水』スキルがあるから大丈夫かな。レオナード王子は『冷静』スキル覚えてます?」

「は、はい。まことさんに言われたとおり『冷静』スキルを覚えました。大丈夫です」

 だったら、簡単に魅了魔法は効かないはずだ。


「月の巫女を説得するのは僕がやる。おそらく彼女は、『死霊魔法』で作った強力なアンデッドに護衛をさせているはずだから、そいつらを足止めして欲しい」

 桜井くんが、役割分担を言ってきた。

「了解」「わ、わかりました」

 本当は怖いだろうに、レオナード王子は健気に返事をしてくれる。


「……それから、一番大事なことを」

 桜井くんの声の真剣度が増す。

 まだあるの?


「月の巫女を攻撃してはいけない」

「月の巫女の呪いですね」

 桜井くんのセリフにレオナード王子が続けた。


「攻撃しちゃいけない? 呪い?」

 別に攻撃するつもりはないけど。

 太陽の国に、生贄スケープゴートにされてた可哀想な人みたいだし。

 しかし、呪いってのは?


「月の巫女に傷を負わせたものには『報復の呪い』がかかる。もし、月の巫女を殺してしまった場合、巫女を殺したものは例外なく死の呪いがかかる」

「死の呪いの影響範囲は、殺した本人だけでなく周りの人間にまで及びます。一説には、都市を一つ滅ぼすほどの呪いだとか」

「……怖っ」


 月属性は死と闇を司る女神ナイアの管轄だ。

 その月の祝福を一身に受けている、月の巫女。

 ……確かに危険ですね、ノア様。

 

『明鏡止水』スキルを強めに設定する。

 精霊魔法を使うには、不利なのだが。

 いや、だって怖いじゃないですか。

 そうだ。俺も言っておかないといけないことがある。


「桜井くん。俺からも1点、お願いがある」

「うん、なにかな?」

 ちらっと、俺の服の袖を掴んでいるレオナード王子を見る。


「俺とレオナード王子は、たまたま共同墓地でアンデッドを発見して討伐するために桜井くんと一緒に居た。月の巫女の脱走を手伝う云々は、俺とレオナード王子は無関係だ。これでいい?」

「……なるほど、確かに。よく考えると水の国の勇者二人に、こんな危ない橋を渡らせてしまうか」

 苦しげに表情を歪める、桜井くん。

 普段の余裕がある彼なら、すぐに気付きそうなものだけど。

 やっぱり、救世主の生まれ変わりに、騎士団長の立場。

 重圧プレッシャーにやられてるなぁ。


「いいって、気にしなくて」

「ありがとう、助かるよ」

「ところで、月の巫女を説得ってできるの? 俺はどんな人かわからないけど」

「ああ……牢獄に囚われていた時にも、毎日会いに行ってたしそこまで悪い印象は無いはず……だけど。彼女を捕らえたのは僕だから、恨まれているかもしれない……」

「おいおい」

 大丈夫かね。

 しかし、囚われた亡国の姫に毎日会いにって、本当に物語の主人公してるな。

 でも、奥さん20人もいるのに、それは浮気では? 


「桜井くんに、女の扱いを聞くだけ野暮だったよ。任せたよ」

「いや、僕だってそこまで女性の扱いに慣れてるわけじゃ……」

「はぁ? 中学の時に、教育実習生の女子大生と付き合ってた桜井くんが女に慣れてなきゃ、誰が慣れてるんだよ?」

 いいかげんにしろ!

 童貞おれに謝れ!


「そ、それは昔の話だろう! 先生に迫られて仕方なく……しかも、なんで高月くんが知ってるんだ!?」

「さーさんに教えてもらった。女子ネットワークすげーわ」

「くっ、まさか女子はみんな知っていたのか……」

「あ、あのー」

 俺と桜井くんで方針をすり合わせしていると、レオナード王子がおずおずと割り込んできた。

 失礼。後半、全然関係ない話でしたね。


「あ、すいません。ところでレオナード王子はこの後も一緒で大丈夫ですか? 何なら俺と桜井くんだけで」

「いえ、僕も行きます! しかし、お二人は息が合ってますね」

 なぜか、羨ましそうな目を向けられた。

 息合ってる? そうかな?

 くだらない雑談だと思うけど。


「じゃあ、奥に進もう」

 桜井くんの声に、俺とレオナード王子がうなずく。



 ◇



 ――月明かりに照らされる、美しい幽霊のように透明な美女。 



 遠目に、彼女を見たときに出てきたのは、そんな言葉だった。

 

 黒く艶やかな髪。

 墓地に不釣合いな、白いドレス。

 物憂げな横顔は人形のように、整っている。


 小さな池のほとりにある岩に腰かけた女性と、それを取り囲むように鎧甲冑の騎士が直立不動で佇んでいた。

 騎士の人数は二十ほどだろうか。


 俺たちは『隠密』スキルを使いつつ、木の裏に身を潜め出て行くタイミングを計った。

 


(あれが、月の巫女か? 桜井くん)

(ああ、間違いないよ。彼女だ、ここに居たのか)

 小声で話す桜井くんの声には、安堵と優しさが滲んでいる。

 そんなに心配だったのだろうか。


(この世のすべての生物を魅了するという月の巫女……)

 レオナード王子の気になるつぶやきが聞こえた。

(なんですか? それ)

(まことさん、月の巫女のお姿は女神様に次いで、この世で最も美しいと言われているのですよ)

(へぇ……)

 女神様に次いで美しいねぇ。

 確かのこの幻想的な光景の中心にいるのは、月の巫女の美しさがあってこそか。


 しばらく、俺たちは木の裏に隠れていたのだが。


 

「出てきたら、光の勇者りょうすけ」


(((!?)))

 ばれてる。


 桜井くんがちらりと、俺たち……俺のほうを見た。

 視線を交わして、小さくうなずく。


(わかったよ)

 最初は、隠れておいてタイミングを見て加勢しよう。

 俺は、片手を上げて「了解」と合図を送る。


「やあ、『月の巫女』フリアエ」

 桜井くんが、木の影から姿を現しクラスメイトの女子に話しかけるように気軽に声をかける。

 その声は、気軽さと優しさに満ちている。

 

「何をしにきたの?」

 対する月の巫女の声は冷たい。


「キミを助けに」

「放っておいてくれる? 私は一人がいいの」

 うーん、声色からは本心は読み取れない。


「でも、王都シンフォニアの城門には『索敵』スキル持ちの神殿騎士が常に、見張りをしている。フリアエだけじゃ、逃げられないだろう?」

「大丈夫よ。そろそろ王都では騒ぎが起きるんだもの。騒ぎに乗じて、私は逃げるわ」

「……獣人族の反乱のことかい? あれは首謀者を逮捕済みだよ。反乱は起きない」

「へぇ……そうなんだ」


 月の巫女の声は、焦ることなく冷静だ。

 まるで、反乱が起きる事を確信しているような。


「王都の周りに、魔物共が集まってるわ。多分『蛇の教団』の仕業ね」

「それも対策済みだ。太陽の騎士団と四天騎士団が、城門の警備を固めている。魔物は王都に進入できないよ」

「……ふふ、そうかしら?」


 月の巫女のからかうような口調。

 あんまり、説得がうまくいっている感じがしない。

 というか、助けを必要としてないんじゃない?


「もしかして、蛇の教団と繋がっているのか?」

「……馬鹿なこと言わないで。私はあいつらに、疎まれてるのよ」

 月の巫女の言では、蛇の教団は彼女の味方ではないらしい。

 まあ、信仰する神様も違うし、そこは妥当なのか。


「もう、いいから。どこかに行ってくれない? あなたの助けは要らないわ」

 そう言うと、直立不動だった騎士たちが桜井くんのほうへ剣を構える。

 桜井くんは、剣を構えない。

 大丈夫か?


「僕の助けは要らないのか?」

 桜井くんが辛そうな声をあげる。

「さっきから、うっとうしいのよ。私はあんたの顔なんて見たくもないのに」

 月の巫女の声に、イライラしたものが混じる。

 彼女が、手を月に向かって掲げると20人の騎士が一斉に桜井くんに襲いかかった。

 おっと、いきなり襲ってくるか!

 

「桜井くん!」「桜井さん!」

 俺とレオナード王子が、飛び出した。


「あら? 知らない顔ね。いつも一緒にいる、聖剣士の女じゃないのね」

 横山さんのことかな?

 そんなことを考える暇もなく。

 桜井くんは、騎士に囲まれている。

 あの数を素手で捌けるのは、流石だ。だけど――


(……桜井くんの動きが鈍い?)


「まことさん! 光の勇者様は、太陽の元でなければ本来の力を出せません!」

 ああ! そういえば、そんなこと言ってたな!


 月の巫女に従っている騎士は、よく見ると顔が骸骨や生気の無い顔をしている。

 死霊騎士アンデッドナイト

 ゾンビやスケルトンとは、比較にならない。

 こいつらが、月の巫女の本当の戦力か。

 

「レオナード王子、ちょっと失礼しますね」

「まことさん?」

 俺はレオナード王子の手を掴む。


 ――同調シンクロ


「はぅ!」

 レオナード王子が、びくんとなるが、詫びるのはあとだ。


「水魔法・水龍!」

 超級魔法を放ち、死霊騎士を巻き込む。

 敵の何体かを、吹き飛ばした。


「ふーん、魔法使い?」

 月の巫女は慌てることなく、つまらなそうにこちらへ歩いてきた。


 桜井くんは、他の死霊騎士と戦っている。

 太陽がないと、確かに大迷宮の時のような、チート勇者じゃないんだな。

 普通の強い戦士って感じだ。

 でも、負けることはなさそうだ。

 なんせ、素手で渡り合ってるから。


 それより、不気味なのは余裕の態度を崩さない、『月の巫女』フリアエ。

 彼女が笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらへ近づく。


「ま、まことさん……」

「レオナード王子。『冷静』スキルを忘れずに」

 俺の声に、レオナード王子が、ぎゅっと、手を握り返してくる。

 女子かな?

 俺はレオナード王子を守るように、短剣を構える。

 しかし、月の巫女を攻撃するわけにはいかない。

 どうしたもんかなぁ。


「今日が、満月でよかった」

 月の巫女は、優しく微笑み俺たちに言った。



 ――



 月の巫女の目が、金色に輝く。

 あれは、水の女神エイル様と同じ……?


 また、魅惑魔法か。

 俺は『明鏡止水』スキルのおかげで効かないんだよ。

 レオナード王子も『冷静』スキルを覚えている。

 悪いね、月の巫女さん。

 そう、安心していたら――


「危ない!」

 いきなり桜井くんに、突き飛ばされた。

 おい! 何するん……


「え?」

 俺が目にしたのは、レオナード王子の剣に刺される、桜井くんだった。

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