90話 王都の地下水路
「こちらが、地下水路への入り口です。……本当に行くのですか?」
案内をしてくれた孤児院の少年が、不安げな顔を向けてきた。
「大丈夫。危険そうなら、すぐ戻るから」
「といいつつ、ワクワクした顔してるね」
さーさんには、バレバレか。
訪れた場所は、街の外れにある大きな井戸のような場所。
円形に詰まれた石レンガの穴を覗き込むと、地下深くに繋がっている。
下に降りるには、錆びた梯子を使わないと行けない。
「じゃあ、行って来るね」
「お気をつけて……」
少年に見送られながら、俺とさーさんは地下水路へ侵入した。
◇
「暗っ……、さーさん。大丈夫?」
地下水路は、光源が少なくほぼ真っ暗だ。
俺は『暗視』スキルで見えるけど。
「え? 普通に見えるよ。大迷宮よりは明るいし」
「あ、そうすか」
さすが迷宮生まれ、迷宮育ちのラミア族(転生者)。
身体能力が、段違いだな。
「でも、よかった。下水施設っていうからもっと汚い場所を想像してたけど、水も綺麗だね」
「王都シンフォニアの横を流れる『セント・ルイン河』から水を引き入れて作ってるらしいからね。下流は、海へ繋がってるんだって」
「へぇ」
俺たちは、地下水路の
ちなみに、さーさんとは手をつないでいる。
相変わらず、ひんやりした手だ。
「水面歩行魔法って便利だねー。でも、水の中には魔物はいないの?
「さーさん……大迷宮じゃないんだから」
王都の地下水路に、そんな強い魔物がいるはずがない。
魔物避けの結界が張られているし。
「水路にいるのは、クラス0の弱い生き物しかいなさそうだよ」
「クラス0?」
「ああ、魔物の危険クラス。冒険者ギルドが、定めてるんだ」
折角なので、俺はさーさんにこの世界の魔物の強さのクラス分けを説明した。
■魔物の危険度……推奨冒険者ランク
クラス0 無害……一般人でも倒せる
クラス1 危険度:下位……ストーンランク冒険者が推奨
クラス2 危険度:中位……ブロンズランク冒険者が推奨
クラス3 危険度:上位……アイアンランク冒険者が推奨
クラス4 災害指定:村……ゴールド・シルバーランク冒険者が推奨
クラス5 災害指定:町……プラチナランク冒険者が推奨
クラス6 災害指定:国……ミスリルランク冒険者が推奨
クラス7 災害指定:大陸……勇者・オリハルコンランク冒険者が推奨
クラス8 災害指定:世界……救世主アベル様連れてきて!
「はぁー、そんな細かく設定されているんだねぇ」
さーさんが、感心したように言う。
「ちなみにさーさんは、災害指定だよ」
「ふぁっ!?」
めっちゃ驚いてた。
認識してなかったらしい。
さーさん、自分の強さに無自覚だからなぁ。
地下水路は、横幅が2~3メートルの小水路と5メートル以上ある中水路が、たくさん枝分かれしている。
『地図』スキルで迷わないよう、慎重に進む。
ただ、魔物はいないのでダンジョンと違って平和だ。
気をつけるべきは、蛇の教団やマフィアに出会って、見つからないようにしないといけない。
今のところは、誰にも出会わない。
そんな感じで、のんびり地下水路を進んでいたのだが。
「さーさん、ストップ」
『索敵』スキルに反応があった。
「うん、足音が聞こえる。しかも複数」
俺たちは『隠密』スキルで、物陰に隠れた。
当たりか。
蛇の教団だろうか?
俺たちは、息をひそめて敵を待った。
――ガチャ、ガチャと。
騒がしい足音をたてて。
人の姿をしているが、その身体に肉は無く。
骨だけの姿でなお、動いている存在。
アンデッドだ。
(スケルトン!?)
(魔物いるじゃん! 高月くん)
おかしい……。
魔物避けの結界は、どうなってるんだ?
(どうしようか、高月くん)
(うーん、スルーしてもいいけど)
一応、ダンジョン攻略のセオリーとして。
出会った魔物は、極力『各個討伐しておく』というものがある。
あとで、挟み撃ちになることを避けるためだ。
ダンジョン内の退路は必ず確保しておけ、とベテラン冒険者のルーカスさんには、散々注意されてきた。
「倒しておこう、さーさん」
「りょーかい、高月くん」
地下水路には、武器になる『水』は大量にあるし。
幸いにも、精霊もそこそこ多い。
「水魔法・氷の床」
床を凍らせて、スケルトンの足を奪う。
魔物の数は、三体。
まずは、一体づつ、と思っていたら。
「ほいっと」
さーさんが、巨大化したハンマーで三体の魔物をまとめて、ぶったたいた。
ガシャンと、物が砕ける音がしてスケルトンが粉々になった。
「うわぁ……」
「あれ? 終わり?」
「まあ、見ての通りだね」
元スケルトンだった骨が、粉々になって壁に叩きつけられている。
出番無かった。
……先に進むか。
それから、現われたのは
「スケルトン、スケルトン、ゾンビ、スケルトン……結構、多いな。」
「アンデッドばっかり……」
げんなりした顔でさーさんが、つぶやく。
その全てを、さーさんが一撃で叩きのめした。
うーん、便利。
しかし、気になる点がある。
「こいつら常に3体で行動してる」
「偶然、じゃないよね?」
「多分、誰か指示してるんじゃないかな」
三人一組でチームを組むのは、この大陸の軍隊の常識らしい。
スケルトンやゾンビを操るのは、月属性の
ってことは、どこかにこいつらを操っている、
「魔人族の……蛇の教団に関係あるのかなぁ」
「戻ったほうがいいんじゃない? 高月くん」
さきほどから無双しているさーさんが、撤退を提案する。
不安そうだ。
確かに、これ以上強い魔物や大量の魔物に出くわすのは避けたい。
そろそろ帰ろうか? と言おうとして。
「だ、誰か!! くそっ! こいつら」
男の叫び声が聞こえた。
こんなアンデッドだらけの怪しい場所で助けを求める?
絶対、堅気じゃないだろ……。
どーしたものか。
「高月くん! 行こう!」
あ、様子見とかしないんだね、さーさん。
男前だなぁ。
俺たちは、悲鳴の聞こえたほうへ向かった。
「ひぃぃいいいいい!」
若い男が、スケルトンとゾンビに囲まれていた。
おいおいおい、紙一重かよ。
「水魔法・水龍!」
魔法の対象は……
「うわぁあああ!」
俺の放った魔法が、男だけを巻き込み連れ去る。
スケルトンとゾンビが、そこに残った。
魔法で巻き込んだ男を、こちらへ引き寄せた。
「さーさん!」
「おっけー」
ドガン! とさーさんの放った巨大ハンマーのフルスイングが、アンデッド軍団を吹っ飛ばした。
20体くらい居るようだが。
「終わったよー」
「早っ!」
1分と立たず、決着がついた。
「魔物に襲われてた人は?」
「気を失ってる。おーい、起きろー」
若い男の頬を、ぺちぺち叩いた。
見たところ、20歳くらいで頭には、犬? か狼のような耳が生えた獣人族。
暗くてよく見えないが、着ている衣服は高級そうに見える。
九区街で、この身なり。
怪しい……。
「……うう、俺はどうなった。死んだのか?」
「生きてますよ」
「あ、あんたらは!」
男は、ばっと距離を取り、その後さーさんの後ろで砕け散っているスケルトンやら、バラバラになっているゾンビを見て、驚愕の顔をした。
「全部、倒したのか!?」
「こっちのさーさんがね」
「あんたら、一体……いや、助かったよ。礼を言う」
「いえいえー、どーいたしまして」
さーさんが、巨大なハンマーをするすると小さいサイズに戻す。
さて……この人、どうしたものか。
蛇の教団か、マフィアか、盗賊か、ただの一般人か。
……最後は、無いな。
「俺の名前は、ピーター・カストール。気軽に『ブラザー』と呼んでくれ」
ニカっと笑って、名乗られた。
少し演技かかったお辞儀。
キザな男だ。
日本風に言うと、チャラい。
「だってさ、さーさん」
「高月くんでしょ。うちのパーティーのリーダーだし」
魔物を倒したのは、ほとんどさーさん一人なんだけど。
「俺は高月まこと、こちらは仲間の佐々木あや。
勇者であることは、伏せておく。
「何でこんなところに、
ピーターさんは、勝手に納得したようにうなずいている。
俺たちのことを、怪しんだりはしてないみたいだ。
いきなり「蛇の教団知ってる?」とか聞けないので、とりあえず世間話から始めるか。
「地下水路には、魔物がよく出るの?」
「おいおいおい! そんなわけないだろ。地下水路はガキのころからの遊び場だけど、こんなアンデッドが出るのは初めてだよ!」
どうやら、普段は魔物がいないらしい。
どうにも、変なことが起きてるみたいだなぁ。
「でも、ここに来るまでに10組くらいのスケルトンや、ゾンビを倒したよ」
「なんてこった! 本当かい、お嬢さん! これじゃあ、今後は取引に使えねーじゃないか!」
さーさんの言葉に、ピーターさん頭を抱えた。
この人、いちいち動作がオーバーリアクションだなぁ。
「俺たち、そろそろ帰るから一緒に出る?」
「おお! 助かるよ。 仲間と一緒だったけど、魔物に襲われてはぐれてしまったんだ」
ピーターさんは、嬉しそうに言った。
「仲間は、探さなくて大丈夫?」
「俺が、囮になって魔物を引きつけたからな。あいつらなら逃げ切れたはずだ」
「へぇ」
仲間想いなんだな。
出会った場所は、アレだが、悪い人じゃないのかもしれない。
「じゃあ、行こう」
「案内するよ。地下水路は、子供の頃からの遊び場だからどんな抜け道も知ってるぜ」
得意げに話す、ピーターさん。
……子供は、近づいちゃ行けない場所じゃなかったっけ?
◇
「ほい」
さーさんが、巨大ハンマーを振るうと魔物が吹っ飛んでいった。
「すっげーな、あのお嬢さん。魔物が木っ端微塵じゃねーか!」
ピーターさんが、興奮気味に声を上げた。
「でも、高月くんはもっと強いよー」
ハンマーのサイズを小さくしながら、さーさんが戻ってきた。
って、ちょっと! 適当なこと言わないで!
「すげーな、
「シルバーランクの中堅冒険者だよ。さーさんが、持ち上げてるだけだから」
銀バッジを見せて、説明した。
「ところで、ピーターさんは地下水路で何を?」
世間話ついでに、探りを入れてみる。
「おいおい、『さん』は止してくれよ! ピーターでいいって、
首にかけてあった、でかい金細工のネックレスに祈りを捧げるピーター。
(蛇の教団じゃないことは、確定か)
蛇の教団員は『悪魔神王テュフォン』を信仰している。
そして、ノア様曰く敬虔な信者だと。
演技でも、他の神に祈ったりしないだろう。
(女神イラは、幸運と商売を司る神様。信者の多くは商人と……)
「それは、災難だったね、ピーター。出口はこのへんでいいの?」
「おう、ここだ。間違いねぇ」
俺たちが入ったのとは、少し離れた出口から外へ出た。
「眩し」「目が慣れないなー」
俺とさーさんは、真っ暗な地下水路から明るい地上へ出て、目を手のひらで覆った。
サングラス欲しいなぁ。
「ははっ!
見るとピーターがサングラスをしてた。
おい! サングラスあるのかよ、異世界。
まあ、色眼鏡くらいならあるか。
「若っ!」「ご無事ですか!」「お怪我はありませんか!?」「誰だ、お前ら!」「若に何を!」
げっ! なんか厳つい、刺青やら髪型の大柄の男たちが現われた!
全員、サングラスしてるし! なんだ、こいつら。
「おめーらぁ! この人たちは、地下水路で俺の命を救ってくれた恩人だ! 無礼を働くんじゃねぇぞ!」
さっきのチャラチャラした雰囲気が消え、ドスの効いた声で怒鳴るピーター。
「「「「「失礼しました! 若!」」」」」
「「え」」
俺とさーさんが、ぽかんとピーターのほうを見る。
「すまねぇ、
と言って、何かの紋章の入った金色のバッジを渡された。
「じゃあなぁ!
ピーターは、大柄の黒服の男たちに囲まれ去っていった。
「「……」」
俺とさーさんは、ぽつんと取り残される。
「ねぇ、高月くん……」
うん、言いたいことは、わかる。
「ピーター、マフィアの若頭だったんだな……」
女神イラ様は、商人以外にマフィアや盗賊に人気のある女神様らしい。
「高月くん……若頭ってなに?」
「さぁ……、前に映画で観た。マフィアの役職らしいよ」
「ふぅーん、これからどうするの?」
「……帰ろうか」
「……うん」
俺たちは、結局『蛇の教団』の手がかりは、何も得られず宿に戻った。
宿に戻った俺に待っていたのは『ハイランド城からの出頭命令』だった。
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