75話 高月まことは『勇者』になる
――この世界には、2種類の勇者がいる。
一つは、女神に選ばれた勇者。
『光の勇者』スキルの桜井くん。
『氷雪の勇者』スキルのレオナード王子。
彼らは、女神様から勇者スキルを授かった人たちだ。
二つ目は、国に選ばれた勇者。
こちらは、冒険者や国に使える騎士から選ばれることが多いらしい。
目的は、強い人物をその国に引き止めておくためだ。
現在、水の国に『国家認定の勇者』は居ない。
まあ、俺には関係の無い話だと気にもしてなかったんだが……。
「高月まこと?」
はっとした。
ちょっと、意識が飛んでた。
「お、俺が勇者ですか? しかし……」
まさか、こんなこと言われるとは。
せいぜい賞金や爵位程度だろうと思ってたよ。
勇者は、国の平和の象徴。
そのため負けることは許されない。
責任重大過ぎるだろ……。
「これは強制ではありません」
おや? そうなのか。
てっきり、命令してくるのかと。
だったら、断っても……
「勇者になった場合、
マジですか!
凄い! 日本の政治家みたいだ!
「また支度金として毎年、一千万Gを渡します」
給料までくれると。
ちょっと、怖くなってきた。
何をさせられるんだろう? 国家認定勇者。
「勇者は原則、大魔王討伐の計画には参加していただきます。現在ですと『北征計画』ですね。計画の実行は、来年からなので今年は準備だけです。大きな仕事は予定していません」
え? そうなの?
ぬる過ぎない?
『北征計画』ってのが、何か気になるけど。
「また住居は本来、王都ホルンに住んでいただきたいですが、あなたはマッカレンがお好きだそうなので、引き続きマッカレンに居てもかまいません。一応、王城にも勇者の宿泊施設はあります」
まさに、至れり尽くせり。
ここまでしてくれるとは。
ただな……俺は、女神ノア様の使徒なんだ。
水の国の勇者になるには、水の女神様に改宗しないといけなよな……。
……それは駄目だ、断ろう。
(まこと。引き受けてもいいわよ。水の女神には私が話をつけておくわ)
え? そんなこと、できるんですか?
聖神族は、敵ですよね?
(私に任せておきなさい。水の女神のエイルは、話がわかる子だから、改宗はしなくて大丈夫よ)
神族同士の付き合いがあるのかな? よくわからん。
女神様の許可が降りてしまった。
えっと……。
後ろを振り返る。
ルーシーや、さーさんを見ると。
ルーシーは、感動してるのか目がうるうるしている。
さーさんは、よかったねー、という顔だ。
ニナさんとクリスさんも、驚きと好意的な笑顔。
唯一、ふじやんが、大口を開けて驚いているのがちょっと気になるが……。
「高月まこと……。すぐに返事をしろとは、言いません。ゆっくり検討してもらえば良いですから」
ソフィア王女が優しすぎる!
どうなってるんだ、こりゃ。
ただなぁ。
「持ち帰って検討します」
~数日後~
「よく考えたけど、やっぱり断ります」
うん、無理だ。
さすがに失礼過ぎるよな……。
断るなら、今しかない。
つまり、返事するなら今だ。
RPGプレイヤースキルが、発動する。
『水の国の勇者になりますか?』
はい
いいえ ←
その選択肢を見て、もやもやとした感情と記憶が湧き上がってきた。
俺が幼い頃、好きだったゲーム。
それは有名なRPGゲームのリメイクだった。
主人公は、勇者だ。
彼は、王様から僅かな金とたいまつだけを貰って旅に出た。
仲間はいない。
たった一人で、魔物を倒し、レベルを上げ、ドラゴンへ立ち向かい、姫を助け、魔王を討伐して、世界を救った。
カッコよかった。
その頃の俺は勇者になりたかった。
そりゃ今はさ。
高校生にもなって、勇者なりたいなんて思って無いけど。
……いや、違うか。
異世界にやってきた頃。
クラスメイトたちや、桜井くんが羨ましかった。
強力なステータスやスキルを持った、あいつらが妬ましかった。
国の要人たちにスカウトされて、次々に神殿を去っていく彼らを見て嫉妬して夜寝れなかった。
徹夜で、魔法熟練度の修行をしたこともある。
(ちょっと前のことなのに、懐かしいな)
目の前には、綺麗な顔をした王女様。
当時、俺に加護をくれなかった人だ。
その王女が俺に、勇者になれという。
サポートは万全だ。
金も装備も、じゃんじゃん国が支給してくれる。
頼もしい仲間たちもいる。
困ったらヒントをくれる女神様まで。
あのゲームの主人公勇者より、ずっと恵まれている。
……おかしい。
異世界はクソゲーじゃなかったのか。
いや、待て。
肝心の俺が、別に強くないぞ?
勘違いするな。
俺は、魔法使い見習いだ。
ゲームの主人公の彼は、勇者の血筋を引いていた。
だから、たった一人で魔王を倒せるくらい強いんだ。
俺とは違う。
だからなんだ。
勇者になれるんだぞ?
断って後悔しないのか?
ダメだ。
まとまらない。
……こんな時、俺は。
「ソフィア王女」
「は、はい。何でしょう」
ソフィア王女が、緊張した顔をしている。
最初会った時は、苦手だったんだけど。
随分、印象が変わった。
『水の国の勇者になりますか?』
はい ←
いいえ
「勇者の称号、ありがたく頂戴します」
「……! そうですか。では、本日からあなたが『ローゼスの勇者』です」
――選択肢で迷ったら、楽しそうなほうを選ぶ。
俺は
◇
「勇者まこと」
勇者の任命式のあと。
ソフィア王女に声をかけられた。
……勇者まことってのは、身体がむずがゆいですけど。
その呼び名は、ちょっと恥ずかしいなぁ。
「はい、ソフィア王女」
「あとで、話があります。私の部屋まで来てもらえますか?」
「わかりました」
何だろう?
勇者の心構えとか、説教されるのだろうか?
ありそう……。
◇
「まこと! 勇者なんて凄いじゃない!」
「そうは言っても雇われ勇者だよ?」
「すごいことです! 今日は最高の日ですね」
ルーシーやクリスさんが、絶賛してくれる。
この世界における勇者の重要さを実感する。
「ねぇ、高月くん。やったね!」
クラスメイトのさーさんは……あれだな。
ゲームが好きな俺が勇者って職業になったことを称えてくれてる感じ。
俺としては、これくらいのほうがありがたい。
「タッキー殿……ソフィア王女と何があったのですかな?」
「え?」
ふじやんが、変なことを言ってくる。
「何って?」
「いえ、ソフィア王女のあまりの
どうしたんだろう?
「高月様、高月様。ソフィア王女に呼ばれているのですよね? 今度は粗相をされないように……」
地獄耳のニナさんが、注意喚起してくれる。
「今度は? ニナ、どういうことです?」
「高月様は大迷宮でソフィア王女とケンカをされてしまっテ」
「ええっ!」
これこれ、ニナさん。
あんなことはもう言いませんよ。
俺は大人になりました。
「勇者殿! この度は、ご就任おめでとうございます!」
後ろから、いきなりでかい声で話しかけられた。
元・守護騎士のおっさんである。
「おっさん、元気そうだな。よかった」
「はっ! もったいないお言葉」
「……その口調、止めない?」
前みたいに、偉そうな口調がいいんだけど。
落ち着かねーわ。
「しかし、立場の違いは、はっきりさせないと……」
おっさん体育会系なんだな。
上下関係に厳しい。あと、真面目だ。
なんか、彼の守護騎士の職務を変えてしまったことが、申し訳ない。
ソフィア王女に、元に戻すようお願いしてみよう。
「まことさんは、畏まったのは苦手みたいですよ。これからは水の国の勇者として一緒に頑張りましょう」
「レオナード王子」
そっか。俺は彼と一緒に、この国を守る勇者なわけか。
頑張らないと。
「姉さまの部屋に案内しますね」
「王子自らとはっ! 我々がご案内しますので」
なんか城中の人たちが、たくさん集まってきた。
結局、騎士の一人が案内してくれた。
◇
「失礼しまーす……」
ソフィア王女の部屋へ通される。
俺一人である。
中に入ると、ソフィア王女が一人待っていた。
「どうぞ、席へおかけください」
高そうな飾りのついたガラスのテーブルには、クッキーのようなお菓子が並んでいる。
その脇には、ティーポットとティーカップが2つ。
王女が、慣れて無い手つきで紅茶を淹れる。
……こういうのって、王女が自分でやるんだろうか?
普通は、メイドとかの仕事じゃないの?
俺は、フワフワの椅子に腰掛けた。
串焼きのおっちゃんの、ボロいベンチと違って落ち着かない。
比べるもんじゃないな。
マスカットのような甘い香りが漂った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
淹れられた紅茶に少し口をつける。
……繊細な味がする。
最高級品なんだろうなぁ。
美味しいんだけど、味の違いまではわからない。
「勇者まこと」
ソフィア王女が、射抜くような目で見てきた。
「は、はい」
背筋を伸ばす。
「この度は、ありがとうございました。そして、水の神殿での発言を許してください」
深々と頭を下げられた。
え?
「あの……ソフィア王女。大したことはしてないですし、昔のことはもう気にしてないのでいいですよ」
王女にそんなに深く頭を下げられると。
何か凄い悪いことをしているような気がしてきた。
「心が広いのですね」
頭を上げたソフィア王女が、ほんの少し笑った。
こっちのほうがいいな。
「笑顔のほうがいいですね」
「え?」
あ、やべ。
口に出した。
「あ、いえ。失礼を……」
「……」
あああああ、なんか会話ミスった気がする。
また、睨まれちゃったよ。
ちょっと、顔が赤い気がするが……気のせいかな。
「ところで俺が勇者でよかったんですか?」
話題を変えよう。
「忌まわしき魔物を倒して王都を救ったのです。それもレオが倒せなかった魔物です。勇者は当然です」
「あれは、俺とソフィア王女の二人で倒したんですよ?」
「二人……そうですね。もしや、気が重いですか?」
「いえいえ、勇者の名に負けないよう、強くなりますよ」
精霊魔法の使い方をノア様に教えてもらったし。
要は、一人でもあの巨人を倒せる力が手に入ればいい。
「では、頼りにしていますよ」
「ええ、任せといてください」
僅かに微笑むソフィア王女。
うん、笑ったほうが可愛い。
「ところで勇者まこと。私の守護騎士についてなんですが……もしよければ……あなたが……」
あ、そうだ。
これは、言っておかないと。
「ソフィア王女。あの元・守護騎士の彼を、元に戻してくれませんか。俺のせいで異動になったみたいなので」
「…………………………わかりました」
あれ? なんか不機嫌そうだ。
何か変なこと言ったか?
言ってないよな。
(はぁ~)
ノア様?
「レオがあなたと話したがっていました。あなたは、
「は、はい」
うーん、話は終わりってことかな。
しかし、思ったよりあっさりだったな。
ノア様の言う通り、もうすこし距離を詰めたほうがいいんだろうか。
今後は、職場の同僚だし。
俺は右手を差し出した。
「……あの、何を」
「これから、よろしくお願いしますね」
王族に握手を求めるのは、無礼だったか。
「こちらこそ」
少し迷った様子の後、ソフィア王女は応じた。
ソフィア王女が握り返した手の力は、強かった。
なんか……握られっぱなしなんですが。
しばらく手を握ったまま、見つめ合い。
「では、紅茶ありがとうございました」
「……ええ」
俺は王女の手を離し、部屋を出た。
うーん、難しいな。
今度、女性との接し方をふじやんに相談しよう。
◇
ソフィア王女の部屋を出ると、扉前に居る衛兵がドアを閉めた。
――ばふっ! と中で誰かがベッドにダイブしたような音がした。
「「……」」
思わず衛兵の人と顔を見合わせる。
「ソフィア様。どうされました?」
衛兵が呼びかけると。
「何でもありません」
クールなソフィア王女の声が返ってきた。
気のせいか。
俺は衛兵さんに挨拶して、仲間たちのところへ戻った。
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