第三章 『水の国の王都』編

59話 佐々木あやはマッカレンの街を案内される

- 佐々木あや視点 -


「ここが高月くんの住んでる街かー」

 私は、もの珍しくてきょろきょろしてしまう。

 綺麗な街!


「水の街マッカレンだよ。とりあえず、冒険者ギルドに行こうか」

「街中を水路が走ってるんだねー。素敵」

「あやー、そんなにはしゃぐと人にぶつかるわよ」


 ルーシーさんの忠告通り、通行人とぶつかりそうになり、あっ! と思って、ひょいと避ける。

 ぶつかりそうになって、また避ける。避ける。避ける。楽しい!

 この世界に来て、初めて普通の人間の街に来たんだ!

 人ごみを縫うように、子供のように駆け回ってみた。


「凄い反射神経だなぁ」

「やっぱり大迷宮で育っただけあるわねー」

 高月くんとルーシーさんの声が後ろから聞こえてきた。

 あら? 呆れられてる?


 ◇


「まことくんー! 会いたかったよぉー」

 冒険者ギルドに入るなり、金髪の美人なおねーさんが高月くんに抱きついてきた!


「る、ルーシーさん……あれは誰?」

「マリーよ。まことを狙うギルドの受付嬢よ」不機嫌そうに教えてくれた。

「へぇ、そうなんだ」

 ふーん……。

 高月くん、こっち異世界だとモテてるなぁ。


「あら? そちらの子は?」

「佐々木あやです。はじめまして」

「マッカレン冒険者ギルドの職員のマリーよ。よろしくね。新しく冒険者登録するのかしら?」

 高月くんから離れ、仕事モードの顔をする。

 きりっとした美人だ。


「マリーさん。さーさんは、冒険者登録は迷宮の町で済ませてるんですよ。俺とルーシーと一緒のパーティーだから、その報告にきました」

「そうなの? じゃあ、パーティー登録するわね。冒険者カードを見せてもらえますか」

「はい、こちらです」

 藤原くんに作ってもらった冒険者カードを、マリーさんに渡す。


「佐々木あやさん。まことくんと同じ、異世界の出身者ですか……。冒険者としての実績はなし。ストーンランクですね。あとは、特に問題は…………え?」

 マリーさんの目が見開かれれる。

 やばっ! もしかして魔物ってばれちゃった?


 しかし、そうではなかった。

 クールな高月くんが珍しく、にまにましてマリーさんに近づいていった。


「さーさんのステータス、凄いでしょう?」

「……このステータス、ゴールドランクの冒険者を軽く上回ってるわよ。もしフリーなら、勧誘したいパーティーは20組以上いるでしょうね」

 高月くんとマリーさんは、顔を近づけてこそこそと話している。

 なんか、距離近くない?


「ところで! やっぱり大迷宮から女の子を連れてきたじゃない。まことくんのうそつき!」

「いや、約束はしてないですよ」

「うるさい! 今日は寝かさないからね! 夜はギルドに顔を出しなさいよ」

 高月くんは、マリーさんにヘッドロックをかけられていた。

 あれは、胸が顔に当たってるんじゃあ……。


「ルーシー! 戻ってたの?」

 振り返るとブラウンの髪にゆったりした服をきた、女の子がルーシーさんにかけよっていた。


「エミリー、さっき戻ったところよ。今日は冒険じゃないの?」

「今日は教会の手伝いね。最近、魔物に襲われて怪我する人が多くって。ところで、時間あるなら大迷宮の話聞かせてよ」

「いいわよ。私の活躍を聞かせてあげるわ!」

「どうせ、まことくんに迷惑ばっかりかけてたんでしょ?」

「そんなことないわよ! 私の新魔法『流星群』の話に驚きなさい!」

 

 盛り上がっている。

 紹介をしてもらったところ、エミリーさんという僧侶の女の子だそうだ。

 高月くんやルーシーさんとは、一緒に冒険をしたことがあるらしい。

 ルーシーさんは、エミリーさんと一緒にどこかに行ってしまった。


「じゃあ、さーさん。街を案内するよ」

 冒険者ギルドのパーティー登録は終わったらしい。

「う、うん」

 高月くんと二人きりだ!

 もしかすると、ルーシーさんは気を使ってくれたのかも。

 デートだ!

 うきうきして、ついていった。


 ◇


「ここが大通りだよ。マッカレンの街で一番賑わってる」

「あの店は、ご飯が美味しいんだ。あとで行こう」

「ひとつ奥の通りは、飲食街かな。今の時間は静かだけど、夜は酒場で人が多くなる」

「ふじやんの店も後で寄ろうか」

「あっちのほうは……、まあ夜の店とかかな」


 高月くんが、慣れた感じで街を案内してくれる。

 レンガ造りのお洒落な建物が多い。

 雰囲気あるなぁ。

 マッカレンの街は、いたるところに水路がありその中を船が行きかっている。


「あの船には乗れないの?」

「料金を払えば乗れるけど、俺が水魔法で移動したほうが速いよ」

 そーいえば、高月くんには水上を移動する魔法があったっけ。

 

「じゃあ、あの大きな建物は?」

 私は石造りの建物を指差した。


「ああ、あれは温泉だよ。マッカレンは近くに源泉があるらしくて」

「へぇ! 街は綺麗だし、温泉まであるなんて、いいところね!」

「温泉宿は、街の主要産業らしいよ。俺は行ったこと無いけど」

 贅沢できなかったから、と高月くんは苦笑した。


 いつもどおり、飄々としている。

 いつもどおりに見えるんだけど……。


(ちょっと、元気なさそう)


 あれは、そう。

 数ヶ月前から予約をして、楽しみにしていた人気RPGの続編が、予算不足でスゴロクゲームみたいになってた……と言って落ち込んでいた中学のときの高月くんだ。

 まあ、やってみればそれなりに楽しかったらしいんだけど。


 何かあったのかな?

 高月くんは、中学からの友人で、最近は恩人だ。

 悩んでいるなら、励ましたい。


「ねぇ、せっかくだから温泉行ってみようよ」

 勇気を出して誘ってみる。


「さーさんが、行きたいならいいよ」

「混浴もあるって!」

 恥ずかしいけど我慢だ。

「………………え?」

 豆鉄砲を食らったチワワみたいな顔の高月くんは見ものだった。



 ◇


- 高月まこと視点 -


 おかしい。

 なんだ、この状況。


「あー、いいお湯」

 ふにゃっと、顔を緩めたさーさんが、隣にいる。

 クラスメイトが一糸まとわぬ姿でだ。

 違う。それはうそだ。

 バスタオルを巻いている。


 だけど!

 その下は裸なんだ!

 ……落ち着け。

『明鏡止水』スキルよ。俺に力を貸してくれ!

 


 混浴もあります、と書かれていたが、それは家族風呂というものらしい。

 小さめの露天風呂を貸し切ることができる。

 当然、お値段は張るが大迷宮のミノタウロスやら、ハーピー女王を倒した賞金で少し懐には余裕がある。

 さーさんの頼みは、聞いてあげたい。


「あー、生き返るねぇー」

「ああ、うん……」

 さーさんが、うーん、と言いながら伸びをするとタオルがはだけそうで……。

 そっちを見ないように、上を向く。


「温泉がある街っていいね」

「さーさん、温泉好きだっけ?」

「大迷宮だとお風呂なんてなかったから、いっつも地底湖で水浴び。いつ魔物に襲われるか気を抜けないんだよ」

 それは確かに落ち着かないな。


 しばらくは、雑談が続いた。


「そういえばさーさんの姿って、変化へんげスキルを使ってるんだよね?」

「うん、前は肌の色が青かったけど、今は人間っぽいでしょ?」

 と言いながら、二の腕を見せてくる。

 いや、そんなに見せてこなくて大丈夫です。

 赤面する。


「今度、変化へんげスキルを教えてよ。俺は、回避スキルとか逃走スキルを教えるからさ」

「いいよー。でも、変化へんげスキルなんて使うの?」


 何言ってるんだ!

 自分の姿を変えるなんて、暗殺者ゲームや忍者ゲームの基本じゃないか!


「高月くんのゲーム脳が、また暴走してるね」

「失礼な」

 否定はしませんが。


「高月くんってレベルいくつだっけ?」

「21だよ。さーさんには、10以上負けてるなー」

「レベルは可能な限り上げておくんじゃなかったけ?」

 さーさんは、俺のプレイスタイルまでよく覚えてるな。


「最初の頃は上げてたよ。でも俺は初期ステータスが低すぎるうえに、伸びしろがなくて。レベルが上がっても、あんまりステータスが上がらないんだ」

「それで、元気がないの?」

「え? いや、それはもう気にしてないよ。今は水魔法の熟練度を上げるのが楽しいんだ。あとは精霊魔法を極めるから」

「その『極める』って高月くんの口癖だったよね」

 懐かしそうに言われた。

 そーだっけ?


「さーさんは、レベル上げろよ。俺と違って初期ステータスが高いし、伸びしろ多い。しかも、『アクションゲームプレイヤー』スキルの3倍効果が上がるからさ」

「私はレベル上げって苦手なんだよねー」

 そうだった。

 だから、アクションゲームが好きだったんだ、さーさんは。


「ねぇ、高月くん」

「どーしたの、さーさん」

「悩みがあったら言ってね」

「……え?」

「何か、悩んでるみたいに見えるよ」

「……そうかな」

 やっぱり、友達の目は欺けないな。

 さーさんには、いずれ邪神の使徒のことは伝えないと。


「ありがとう」

「ううん、どーいたしまして」

 やっぱり、昔なじみは話しやすいや。  


 ◇



「よーし! まこととルーシーのマッカレン帰還を祝ってー!」

 ルーカスさんが、冒険者のみんなを集めて酒宴を開いている。


「まこと! 大迷宮のことを話してくれよ」

 酔っ払ったジャンが、絡んでくる。

「ジャンってば、毎日のようにまことは大丈夫かな? って言ってたのよ」

 エミリーがニヤニヤと言う。

「お、おい。エミリー。何言ってるんだ!」


「別に大した冒険はしてないよ」

「まこと……、さすがにそれは嘘付きだと思うわ」

 酔って話すのが面倒になった俺に、ルーシーがつっこむ。


 ああ、この感じ。

 マッカレンに戻ってきたな。

 さーさんは、楽しんでるかなと見てみると、お酒を美味しそうにコクコク飲んでいた。

 さーさん、酒強いな。 


「まこととあやは、今日何をしてたの?」ルーシーが尋ねる。

「えーとね、今日は高月くんに街を案内してもらって。藤原くんのお店に行って。ランチして。あとは、温泉に入ったよ」さーさんが答えた。


「「「「え」」」」


「あ、あや……。そ、その。温泉は別々に入ったってことよね?」

「ううん、家族風呂っていうのに一緒に入ったよ。ねー、高月くん」

「ああ、そうだね」

 別にこの世界では、家族風呂って普通なんだろ?

 街にいっぱいあったし。


「ま、まこと……」

 なぜ、ジャンはそんな畏怖の目で見るのだろう。


「……昼間っから、最低」

 なぜ、エミリーはゴミを見る目なんだろう。


「……」

 ルーシーは固まっている。

 なんで?


「そ、そんな……。まことくんの最初の女は私の予定だったのに」

「マリーさん? 何を言ってるんですか」

「まあ、いいわ。私は2番目ってことで、今度私と行きましょうー」

 マリーさんが、腕を絡めてくる。

 なんだろう。

 何か、俺は勘違いをしているのだろうか。


「おーい、まことが男になったぞ! みんな祝杯だ!」

 ルーカスさん!?


「くそがっ!」「爆発しろ!」「二股やろう!」「ハーレムパーティーはええなぁ」


 久しぶりに戻ってきたホームなのに、冒険者のみんなから罵倒される。

 なんでや!



――家族風呂。

 そこに入る若い男女は、例外なくアレな目的で入るらしい。

 男女の盛り場だ。



 知らねーよ! そんな異世界の常識!

 水の神殿じゃ、教えてくれなかったぞ!

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