40話 佐々木あやの惨劇

「そろそろいいかな……」


 私は強くなった。

 ラミア族の大家族の中で、No.3の実力。

 地底湖の近場にいる魔物を相手にして、一対一ならまず負けない自信がある。


 同い年のキョウダイたちも、皆一人前になった。

 狩りも、きちんとこなしている。

 なんでも、そろそろ大母様は次の子供を生むといっている。


 そうなったら、今度は私たちが姉だ。

 妹たちができれば、きっと情が湧くし、離れ難くなる。

 次に一人で出かける時に、ここを去ろう。

 密かに決意した。


 ◇


「大変! 妹たちが氷虎に襲われてる!」

 その知らせは突然だった。

 その日は、私は狩り当番の日ではなかった。


 慌てて、駆けつけた時にはキョウダイたちは、何人か死んでいた。

 氷虎は、青い毛を持った虎で『氷の息』という攻撃をしてくる。

 氷虎が、白い息を吐くたび、身体の動きが鈍くなってくる気がした。


「なんなのよ!」

 私は怒りと苛立ちで、乱暴に氷虎を殴り飛ばす。

 仲間が一撃で、葬られるのを見て氷虎共は逃げ出した。


「みんな……」

 ふらふらと、キョウダイの亡骸に近づく。

 無残だった。

 内臓が食い荒らされ、腕は千切れている。

 無事なキョウダイたちも、皆ボロボロになっている。


「なんで……なんで……」

「氷虎は私たちの天敵なんだ。あいつらの吐く息は、冷たい空気を出してラミア族の動きを鈍くする」

 大姉様が、悔しそうに呟いた。

 その言葉に私はカッとなる 


「なんで、先に教えてくれなかったの!」

「狩りの掟は知ってるだろう。実際に敵を見るまでは、勝手な想像はしないほうがいい。経験を積んで強くなっていくんだ」

「違う! 先に氷虎のことを教えてくれれば、みんな死ななかった!」

「じゃあ、私が間違ってるっていうのか!」

「そうよ! 大姉様は間違ってる!」

 初めて、大姉様に私は逆らった。

 多分、初めてのキョウダイの死で冷静ではなかった。

 私が居れば守れたのに!


「おまえは何もわかってない!」

「石頭の大姉様! あんたがみんなを殺したのよ!」

「おまえならうまくやれるって言うのか!」

「あんたよりマシよ!」

 いつもなら、やれやれと受け流す大姉様が、本気で怒った顔をした。


「おまえっ!」

 殴られた。

「何するのよ!」

 殴り返した。

 そこから、壮絶な殴り合いになった。


「「「ちょ、ちょっと」」」

 姉様や生き残ったキョウダイたちが止めに入るが、No.2とNo.3のケンカでは、誰も止められない。


 大姉様は強い。

 年は知らないが、私たちより、はるか先に生まれ、長くラミア族を率いてきた。

 ド派手な美女である大母様と比較すると、少し冷たい感じのするがスラリとした美人だ。


 その大姉様が、綺麗な顔をゆがめ私の髪を掴み拳を振り上げてくる。

 比べると私は、ラミア族としては1歳と少しだで身体は成人になったばかり。

 本来なら、大姉様とケンカして勝てるはずが無いのだが、『スキル』とやらのおかげなのか互角だった。


 私と大姉様は、互いの髪を引っ張り、身体を巻き付け合って殴り合い続けた。

 最後、私の意識が飛びそうになったとき、大姉様はぐったりと意識を失ってしまった。

「勝った……」

 その後、私も気絶した。



「はあ、何やってるんだい」

「……」

「……」

 その後、私たちは大母様のもとで、たっぷり説教された。


 私は大姉様と目を合わせない。

 大姉様もこちらを見ない。


「ほら、あんたたちはこの家族の中心なんだ。仲良くするんだよ」

 あまり細かいことを気にしない大母様は、結局一言も口を利かない私たちに呆れ、説教を切り上げた。



 ◇

 

 大姉様との喧嘩以来、私たちの家族に派閥が出来てしまった。


 一つは、大姉様のグループ。

 もう一つは私を中心とするグループだ。


 大姉様のグループは、今まで通り若い子達が中心となって年上がフォローに入る狩り方法。

 かたや、私たちのほうは、私が先頭に立って狩りをする。


 最初は、敵に襲われても被害が少ない私のグループのほうが優れていると思っていた。

 しかし、違った。

 大姉様の狩りのほうが、個々が成長する。

 私のグループは、私に頼りきりになってしまうのだ。


(失敗したなぁ……)


 私を頼りにしてくれるのは嬉しいけど、これじゃ駄目だ。

 私が、抜け出せなくなってしまった。


(大姉様が正しかったのかも……)

 

「……」

「……」

 大姉様とたまにすれ違っても、もう何日も口を聞いていない。

 前は仲の良い姉妹だったのに……。


 二人きりになったら、謝ろうとタイミングを図っているのだが、良い機会が訪れない。

 大姉様は、最近いつも誰かと居るし……。


 仕方なく強引に大姉様に近づいて耳打ちした。


「ねえ、今夜二人きりで話がしたいんだけど。滝の裏に来て」

「!? な、なんだよ。今でもいいだろ」

 イヤよ。

 皆の前で頭を下げるのは、何となくみっともないし。


「今夜ね」

「……わかった」

 

 よしよし、これで姉妹喧嘩を終わらせよう。


 ◇


 一度、寝床に入ってから大姉様との待ち合わせの時間まで待つ。

 ただ、連日の狩りの疲れからついウトウトしてしまった。


(あ! やば。寝過ごしてないよね?)


 慌てて起きようとして。

 異変に気づいた。


(空気が冷たい?)


 ラミア族の住処は、近くに溶岩流の洞窟があるとかで、いつも温度は高めのはずだ。

 私たちは冷気に弱いから。

 

「みんな! 姉様! 大母様!」

 異変を伝えようと回りを見渡して。


「え?」

 悪夢があった。

 姉様は、キョウダイは、皆白く身体が変色してぐったりとしている。

 息はしていないように、見える。

 中には、息がある家族をハーピーが襲っていた。


「おまえら! 一体どこから!」

 この住処は、家族が内側から開けない限り入り口が開かない。

 敵が入ってこれるはずが無い!


「キャハハッハ!」

 ハーピーが耳障りな声で笑う。

「くそっ!」

 いつものように戦おうとして、鉛のように身体が重い。

 冷気に身体が悲鳴を上げている。

 

「大母様!」

 私じゃ何もできない。

 母様、助けて!


 しかし、いつも母が座っている台座にいるのは見知らぬ金髪の女だった。

 その美貌は、母に劣らぬ迫力があった。

 そして、その女の足元で母が倒れている!


「大母様ぁ!」

 駆け寄ろうとして、周りのハーピーたちに取り押さえられた。

「放せ!」もがく。


「あら? あなたが私の家族を苛めてた噂の若い蛇の子かしらん」

「あんたは、誰よ……」

「私はハーピーたちの母よ。ラミア族と争って300年、ついにこの憎い女にトドメをさせるとはねぇ」

「うぅ……」

 ハーピーの親玉を名乗る女が、大母様を蹴り付けると、小さな呻き声が聞こえた。


「か、母様!」

「あんたか……、逃げな」

「あははははっ!  見てなさい。あなたの母の最期を」

 そういって、そいつは母の胸に手をねじ込み心臓を抉り取った。

「あああああああああああああああっ!」

 大母様が悲鳴を上げる。

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!


「綺麗な色」と言って、ハーピーの母を名乗る女は、心臓を飲み込んだ!

 大母様はぐったりとして、動かなくなった。

「おまえっ!! 殺す!」

「さて、残りはあなただけね」

「え?」

 周りを見渡すと。

 姉様も。

 キョウダイたちも。

 みんな。

 死んでいた。


「そんな」

「しかし、呆れた生命力ね。まだ、若い魔物のくせに。特殊固体かしら」

 敵の親玉が何かを言っている。

 何をしてるんだ、私は。

 敵を討たないと。

 

「そうだ! 大姉様! 大姉様助けて!」

 私たち家族の頼れるNo.2。

 こんなときに何をしてるの!


「あなたの家族の長女よ。私たちを招いてくれたのは」


 今、こいつは何て言った?


「ラミア族は、家族の結束が固い種族なのにねぇ」


 哀れむような視線をなげかける。

 そんなはずない。

 大姉様がそんなことをするはずない。


「生意気な末っ子を、殺してくれとさ。姉妹で殺し合いをするようになっちゃあ、ラミア族もお終いね」


 その言葉を聞いて私は、わけがわからなくなって暴れ。

 私を拘束していた、ハーピーを投げ飛ばし。

 敵の親玉に、飛び掛った。

 敵はまったく焦っていない。


「ちょっと、冷気が足りないんだけど」

 ハーピーの母が、声をかける先には。


「人間!?」

「私たちは魔法が得意じゃないからね。あんたたちもだろうけど」

 人間の魔法使いが放った魔法をくらい、私は動けなくなる。

 

「それじゃあね。最後のラミア族」

 それが、私が聞き取れた最後の言葉だった。



 ハーピーの親玉の鋭い鉤爪が私を切り裂いた。



 私は死んだ。



 腹立たしいことに、二度目の人生も冷たい氷の中で終えることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る