15話 高月まことは女神の加護を得る
夢を見た。
俺は何も無い空間に立っていた。
何度目だったかな。
そろそろ見慣れた風景だ。
が、今回は少し違った。
「…………」
いつもはニコニコして迎えてくれる女神様が、腰に手をあてて睨んでくる。
えーと、怒ってます?
「ねぇ」
ノア様の声が冷たい。
「私が最初にお願いしたこと覚えてる?」
「えっと」
たしか、あれだな。
「強くなれでしたっけ?」
「そうね」
美人な女神の半眼って、ちょっといいな。
「あほ」
心のつぶやきを、つっこまれた。
「次に何て言ったか覚えてる?」
「あー、はいはい、覚えてますよ」
グッドラックだっけ?
あ、その前に期待してるわって言われたな。
「覚えてないじゃない!!」
キーっと、女神様が手をばたばたさせる。
「私はね! あんたはたった一人の信者だから簡単に死んだら許さないって言ったのよ!!」
「あー」
そうでしたそうでしたって、え?
「……まさか」
サーっと血の気が引いた。
「俺……死んだんですか?」
「はあ、ほんとに無茶し過ぎなのよ」
パチンと、ノア様が指を鳴らすと、空中にモニターが現れた。
「ほら、見なさい」
その魔法カッコいいな。
モニターには、みんなの様子が映っている。
「今、仲間の僧侶ちゃんが頑張って回復してくれてるわよ」
「まこと! ねえ! まことは大丈夫なの!?」
「ルーシー! 落ち着いて。意識は失ってるけどまだ息はあるわ。まず応急処置をして、街に戻ったらすぐ病院に行くわよ」
「まこと、死ぬな! もうすぐ街だからな!」
ジャンが俺を背負って、エミリーが回復魔法をかけている。
ルーシーはかなり取り乱しているようだ。
みんな、悪いな。
心配かけて。
「グリフォンを倒せたのは、きみの魔法のおかげだし、みんな命の恩人のためには必死になるでしょ」
そっか、とにかくみんな無事でよかった。
「ノア様、すいません。今日は無茶をし過ぎました。もう少しで死ぬところでした」
「ほんっとに、馬鹿な子ね。今日の怪我は本来なら死んでたのよ!」
「え!?」
それどういう意味?
「これを見なさい」
ノア様が1枚の『魂書』を見せてきた。
「って、それ俺のじゃないですか。勝手に取らないでくださいよ」
「それくらい、いいでしょ。私ときみの仲なんだから。それよりここを見て」
肩をつかまれ抱き寄せられる。
ちょっと、近すぎですよ。
「まあまあ、いいからいいから」
女神様はますますくっついてくる。
明鏡止水スキルを発動させながら、『魂書』を覗き込む。
――女神ノアの加護
こんな文字が追加されていた。
「これって」
「ふふん、やったわね! まこと。毎日の祈りのおかげで、加護を得ることができたわよ! そのおかげで、グリフォンの攻撃や火魔法にも耐えられたみたいね」
女神の加護があると、その信者は強い力を得たり、身体が頑丈になったりするらしい。
どうやら、そのおかげで今日は助かったようだ。
「そっか……」
長かった。
異世界に来て一年と数か月。
やっと、クラスメイト達に少し追いつけた気分だ。
「嬉しそうねー。しかし、本題はこれだけじゃないのよ」
「他にも何かあるんですか?」
「ここを見なさい!」
ノア様が指差した先には『精霊使い』という文字が並んでいた。
「精霊使い?」
確かエルフ族とかドワーフ族が持ってるスキルだよな。
ルーシーも持ってたはず。
「そう! 私たちティターン神族は精霊と仲がいいからね! これは女神からの『ギフト』スキルよ」
「精霊使い……精霊か」
水の神殿では、使い手がいなかった。
というより、現在『人族』では使い手がいないと聞いている。
エルフ族が細々と使っているマイナーな魔法だ。
「あら、不満なの?」
「いえいえ、そんなことは無いですよ!」
いかん、いかん。
不満では無いが、強いかどうか不明で、その気持ちが漏れてたようだ。
「ありがたく使わせていただきます、女神様」
「ふふ。これからも精進しなさい」
頭を撫でられた。
ふわっと、俺の身体の回りを光が包み込む。
「そろそろまことが目を覚ますみたいね」
ノア様が優しく微笑む。
「ありがとうございます、女神様。ところでルーシーをノア様の信者に勧誘していいですか?」
「うーん、勧誘かー」
あれ? そんなに喜んでないな。
「実は私って、神界に逆らった罰で、10年に一人しか信者を増やせないのよねー」
「ええー」
それじゃ、誰も誘えないじゃないですか。
「まあ、私はまことがいればいいから」
親指を立てて、ウインクをするノア様。
ちょっと、お気楽すぎません?
「大丈夫大丈夫。それじゃ、あんまり無茶しちゃだめよ」
「はい、お元気でノア様」
「じゃーねー」
光に包まれた。
◇
「まことくん、体調どう?」
目を覚ました場所は、ギルドの治療室だった。
隣にはエミリーが居る。
「おはよう。どれくらい気失ってた?」
「半日くらい。もう夜よ」
「そっか」
ゆっくりと身体を起こした。
エミリーに、グリフォンを倒した後のことを聞いた。
ギルドにグリフォンを討伐したことを伝えると、ブロンズランク冒険者4人による上位魔物の討伐ということで、ギルドは大騒ぎになったらしい。
特にグリフォンを火魔法で弱らせたルーシーと止めをさしたジャンは、一躍ヒーローとなった。
現在、エントランス前はお祭り騒ぎだ。
この前のオーガ討伐の時といい、冒険者達は騒ぐのが好きだな。
一方、俺は現在エミリーから火傷の治療中だ。
全身包帯のミイラ男状態である。
「全身がかゆい」
「それは回復している証拠だから我慢して」
そう言われると我慢するしかない。
「動いてもいい?」
「本当は安静にしてたほうがいいんだけど。まことくんは、ギルドで寝泊まりしてるのよね?」
「ああ、この騒ぎだと寝れそうにないかな。ちょっと、みんなのところに顔を出すよ」
「じゃあ、私も付き添うわ。ジャンを迎えに行かないとだし」
「まことっ!」
エントランスに行くと、ルーシーが飛んできた。
顔が赤い。
だいぶ、飲まされてるな。
「ねえ! 身体は平気? 寝てなくて大丈夫なの?」
「うるさくて寝れないよ」
エントランス内は大宴会中である。
ジャンは、冒険者に囲まれてわいわいやっている。
中にはジャンにすり寄っている女冒険者もちらほらいる。
もててるな。
「ジャンのやつ!」
エミリーがその輪に突っこんでいった。
ジャンに引っ付いている女性冒険者を引き離している。
他人事ながら大変だな。
「ねえ、まこと?」
ルーシーが瞳を潤ませて、俺の右手をつかんできた。
「本当に大丈夫なの? ずっと気を失ってたんでしょ?」
「ああ、さっき目が醒めた。それより、今日はヒーローなんだろ。向こうで騒いで来いよ」
「いいのよ! 本当はまことの傍にいたかったのに、エミリーからは役に立たないって言われて、ルーカスさんには、主役が居ないと盛り上がらないからってみんなに飲まされて散々だったわ!」
ぷりぷり怒っているが、それなりに楽しそうだ。
今までは、こんなに周りに注目されることはなかっただろうし。
「ね、ねえ。まこと?」
ルーシーがおずおずと聞いてくる。
「今日のこと怒ってる?」
「今日のことって?」
「私の魔法でまことは大怪我したじゃない……」
「ああ、それは俺が悪いんだよ。適性の無い魔法を『同調』したら駄目だって神殿で教わってたのにな」
「ううん、確かに適正の無い魔法を同調するとうまくいかないはずなんだけど、今回みたいに火魔法を使って全身火傷することなんて本当は無いはずなの……」
ルーシーの顔が暗く沈んでいる。
なんだろう?
単に怪我をさせたことだけを言ってるんじゃないような気がする。
「ルーシー?」
ルーシーは顔を上げると、ぽつりとつぶやいた。
「多分、私の中の魔族の血のせいなの……」
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