10話 高月まことはルーシーと修行する
「大将、ソーダ割り1つ」
「私も。濃い目ね」
俺とルーシーはぐったりとして、いつもの串焼きの屋台に腰かけた。
「あいよ、まことが酒を注文するとは珍しいな」
「今日はくたくたでさ。酔いたいんだよ」
「何かあったのか?」
ルーシーがぶっ放した魔法は、大森林で火災を引き起こした。
俺とルーシーはそれを消火して回った。
消火したのは、主に俺だけど。
ルーシーは、ずっとあわあわしてた。
途中、魔の森から強そうな魔物が火に引き寄せられて集まってきて、めちゃくちゃ焦ったな。
その後、街まで帰ってきたら冒険者ギルドでは、「魔の森のほうから煙が上がっている」「森を焼くほどの危険な魔獣が出て来たのではないか?」と騒ぎになっていた。
マリーさんとルーカスさんにはこっぴどく怒られ、大森林でルーシーが火魔法を使うのは禁止になった。
小一時間説教をくらい、解放されたのはついさっきだ。
「はは、そりゃ災難だったな」
「笑えないよ。パーティで連携ってなかなか難しいね。な、ルーシー?」
「……」
返事が無い。
ちらりと隣りを見ると、落ち込んでいるようだ。
ルーシーがおずおずと、口を開く。
「ねえ、まこと。怒ってる?」
「ん? 怒ってるって何を?」
「私の魔法のせいで大変だったでしょ……」
「別に気にしてないよ」
「パーティ解散とか言わない?」
「まだ初日だよ?」
言うわけないだろ、と言ったがどうやらルーシーは過去に何度か初日にパーティを追い出された経験があるらしい。
気の短いやつらもいるんだな。
「まあ、次はもっと威力を抑えて撃てばいいと思うよ」
「……あれが最少なの」
「え?」
「あれ以上、威力を抑えられないの」
あの馬鹿げたファイアボールが最少の威力。
――今のはメガファイアでは無い…ファイアだ。
そんなアニメの大魔王のセリフが頭をよぎった。
「とりあえず、火魔法以外の魔法を使ってみようか」と提案してみる。
「使えないの」
「なんだって?」
ルーシーは、『魂書』を見せてくる。
ユニークスキル:『火魔法:王級』『大魔道』『精霊使い』とあった。
「大魔道スキルは、『火』『水』『木』『土』の4属性が使えるスキルだって聞いたけど」
「火魔法の修行ばっかりやってきたから……」
火魔法は、攻撃魔法の基本だ。
俺のように水魔法しか使えないやつを除くと、通常は火魔法から練習する。
攻撃力は高いし、大体の魔物に有効な攻撃魔法だからな。
しかし、火しか使えないってのは問題だろう。
折角の大魔道スキルが泣いてるぞ。
「精霊使いっていうのは?」
「エルフ族やドワーフ族は持ってることが多いスキルね。私たちは精霊を信仰しているから」
「ルーシーは精霊魔法使えないの?」
「……」
ルーシーは黙って目をそらす。
まあ、使えないんだろうなって予想はしてたけどさ。
「精霊魔法は難しいのよ。自分の魔力じゃなくて、精霊に力を借りるんだけどコントロールが大変なの」
「自分の魔力も満足に操れないルーシーには、荷が重いな」
「うぐっ、そ、そうよ」
せっかく強そうなスキルが並んでるのにもったいないなぁ。
一個欲しい。
そんなことは、言っても意味が無いか。
「とりあえず、火魔法の修行をしようか」
串焼きをかじりながら、グラスをこつこつ叩いた。
「……うーんー」
ルーシーは小さく頷いて、ぐてっとテーブルへ突っ伏した。
飲み過ぎたか。
濃い目になんてするから。
◇
しばらくはルーシーとの連携方法について、試行錯誤の毎日が続いた。
ルーシーはとにかく魔法の詠唱に時間がかかる。
が、当たれば威力は抜群だ。
なので、基本は俺が囮になって敵を引き付ける。
とどめは、ルーシーが仕留める。
こんな算段だったのだが、ルーシーの魔法がひたすらに安定しない。
ある時は、炎が分裂したり。
ある時は、あさっての方向に飛んでいったり。
ある時は、手元で暴発して危うく二人とも黒こげになるところだった。
じゃあ『火魔法』以外は?
試してみた。
だが、これまでほとんど修行してないだけあって詠唱速度がめっぽう遅い。
「駄目だ。話にならん」
北の森で大ねずみ相手に、10分ほど遊んでいたのだが一向に発動しないルーシーの『土魔法』に、俺は即戦力は諦めた。
(水魔法・
すてん、と大ネズミが足を滑らせて転ぶ。
そこへ、短剣を投げつけてとどめをさす。
さくっと、短剣が刺さり大ネズミが絶命した。
俺の魔法では、大ネズミ一匹仕留められないので、いちいち「魔法で足止め → 短剣でとどめ」の手順が必要になる。
面倒くさいね、ほんと。
とか考えていると、視線を感じた。
なんですか、ルーシー。
「まことの魔法、いくら無詠唱だからって発動早すぎない?」
ルーシーがじとっとした目を向けてくる。
「そりゃ、10分詠唱して発動しない魔法に比べればね」
「ううっ」
ルーシーはすぐ涙目になる。
いじめてないから! 泣くなよ!
「魔法の熟練度は上がった?」
「1週間でひとつだけ……」
「ルーシーの熟練度はいま『11』だっけ?」
無詠唱に必要な熟練度は『50』。長い道のりだな。
「ちなみに、俺は91だな。1上がった」
「おかしいでしょ! 普通50超えたらほとんど上がらないって聞いてるわよ! 何で、私と同じ速さで成長してるのよ!」
知らんがな。
毎日一緒に修行してるからだろ。
溜息をつきながら、大ネズミの皮を剥ぐ。
相変わらず、切れ味サクサク。気持ちいい使い心地だ。
女神様に感謝。
「その短剣、ちょっと変じゃない? 何かスキル使ってるの?」
ルーシーが目ざとく、指摘する。
「これは魔法武器なんだよ」
「ふうん、魔法使いなのに短剣が武器なのね」
「別にいいだろ」
女神様に貰ったことは、秘密にしてある。
ふじやんから「あまり他言しないほうがいいですぞ」と忠告されたのもある。
まあ、邪神の信者なんてわざわざ言う必要は無い。
「今日はもう上がろう。俺はこれからゴブリンを狩ってくるから、夕方にいつもの場所で落ち合おうか」
修行ばかりで稼ぎが無いと、食っていけないのでゴブリン狩りは続けている。
ただし、狩の時間が少ないので稼ぎは減っている。
これも、困った状況だ。
「うん……、私は街で魔法の練習してるね」
とぼとぼと、ルーシーは街の方へ向かっていった。
うーん、元気が無いなー。
こういう時に、女の子をどうやって慰めればいいものやら。
『ギャルゲープレイヤー』スキル持ちのふじやんに相談しようかな。
◇
「ルーシー、今日も一日お疲れ様」
「うん、まことも。狩を任せてばかりでごめんね」
「気にするなって。パーティなんだし助け合いだろ」
いつものギルドのエントランス内の屋台エリア。
ただし、串焼きの大将の店が満席だったので、場所を変えてその辺のベンチと机で夕食にした。
食べ物は、ルーシーが好きだという野菜と鶏肉が入ったサンドイッチと、スープ。
あとは、ジュースを買ったはずがなぜかアルコール入りだった。
「サービスしといたよ」と、店主のおばちゃんにウィンクされたが、そのサービスいらないんだよなぁ。
「ああー、もう! なんでうまくいかないのよ!」
2杯目のグラスを空にしたルーシーが頭をかきむしっている。
荒れてるなぁ。
でも元気が無いよりましか。
「まあ、気長にいこうよ」
サンドイッチをかじり、グラスに入った氷をふわふわ浮かせて遊ぶ。
空中の氷を、ぱくっと口に入れた。
冷て。
「……ねえ、私の前でその無詠唱魔法を使うのは嫌味?」
「単なる修行だよ」
「ほんと、魔法の発動スピードだけは神がかってるわよね。エルフの里にもそんなに、ぽんぽん魔法使える子いなかったわよ」
「しかし、威力はからっきしだからなー。その辺をルーシーが決めてくれるといいんだけどね」
ルーシーからは返事がなく、っち、という舌打ちとグラスを飲み干すのどがこくこく鳴るのが聞こえる。
最近は、ルーシーさんの酒癖が悪いですねー。
ちょっと心配です。
「ねえ、まこと」
「なに」
「おばちゃん、おかわり」
「おい、途中で止めるなよ」
もう、酔ってるんじゃないか。
ルーシーは、酒好きみたいだけどあんまり強くない。
4杯目であるグラスを半分ほど飲み干してルーシーが語り始めた。
「私さ。母が目標なの」
「ふーん、ルーシーのお母さんって何やってるひと?」
「魔法使いよ。とんでもなく、強い魔法使い」
「へえ。有名な魔法使い?」
「……」
ルーシーが黙る。
言いたくないってことか?
「まことは、何か目標ってないの?」
質問で返された。
うーん、目標か。
一応あるけど。
ちょっと、恥ずかしいけどパーティ―の仲間に隠すのも変だしなー。
「海底神殿」
聞いた瞬間、ルーシーがぽかんとした顔をする。
「え? あの最高難易度の? 未到達ダンジョン?」
「ああ、そこが目標」
女神様がそこに居るからな。
「なんでよりによってそこなの? 同じ難易度で、『天頂の塔』ならクリアすれば、不老不死になれると言われているし、『奈落』は凄い財宝や武器が眠ってると言われてるのに。『海底神殿』なんて、難易度高いくせに何があるかよくわからないダンジョンよ?」
酷い言われようだ。
女神様? 宣伝が足りないんじゃないですかね?
(うるさいわねー。人間界への干渉ができないから、仕方ないでしょ)
拗ねた顔の女神様が、脳裏に浮かぶ。
「海底神殿は、海中にあるだろ。水魔法の熟練度を極めれば、うまくいけるんじゃないかな」
一応、最終目標に向けて情報収集はしている。
水中にあるため、冒険者には不人気なダンジョンだが、俺にとっては非常にありがたい。
なんせ水不足に困ることがない。
「何言ってるのよ。海底神殿がある中央の大海の深海は、水の精霊が海流をひっかき回してるし、水龍やら海獣やら、あげく『海王リヴァイアサン』までいると言われてるのよ。人間なんて丸のみされて終わりよ」
「まあ、魔物からは『隠密』で隠れながら行くよ」
「精霊からは逃げられないわよ。あいつらどこにでもいるから。気まぐれで、いたずら好きだし」
「うーん、それは知らなかった」
ぐいっと、ベリーの味のするカクテルを飲み干した。
ちょっと、甘すぎるなこれ。
「精霊ってさ。なんなの?」
「火と水と風と土。その4つで世界はできていて、世界は精霊が回している。それが古い神様の教え」
ん? 気になる単語が。
「古い神様?」
「えーと、人族にとっては邪神なんだっけ? ティターン神族って知らない?」
知ってる。
信者だからな。
「昔の神様は精霊と仲が良かったけど、今の世界を納めている聖神さまは精霊が嫌いなの。だから精霊魔法は人気がないわ」
ルーシーがつまらなそうに言う。
「じゃあ、海底神殿に行くには精霊を何とかしないといけないんだな」
「って、言われてるけど、本当のことはわからないわよ。神話の話だし。しかし命知らずね。魔法使い見習いで海底神殿目指してるなんて」
「目標は高いほうがいいだろ」
「そ、そうよね! 高い目標のほうがいいわよね」
ルーシーが、急に力強く同意してきた。
「まこと! 明日からも頑張るわよ!」
ルーシーの元気が出たみたいだ。
「明日は、どうやって修行しようかね」
「そうねー」
あとは、ご飯を食べながら酒をだらだら飲んでしゃべっていた。
いつも通りだ。
いつも通りじゃないのは、珍しく魔法使い2人組みの問題児パーティに話かけてきたやつがいたからか。
「なあ、まこと。ちょっと、いいか」
声をかけてきたのは、ジャンとエミリー。
元ルーシーのいたパーティーだった。
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