3話 高月まことは神殿の外へ出る
「まことくん、気を付けるんですよ」
見送りは、初級魔法使い授業の担任のおばあちゃん先生だけだ。
「あなたの魔法では、小さな魔物一匹倒せないんですからね」
心配そうな顔で言われる。
1年間修行をした結果、俺の職業は『魔法使い見習い』のまま。
目標の魔法剣士どころか、一人前の魔法使いにすらなれなかった。
「大丈夫ですよ。いざとなったら盗賊スキルで逃げますよ」
「そうです、戦ってはいけませんよ」
魔法使い見習いの一人旅というのは、珍しい。
普通は、すぐ魔物にやられてしまうそうだ。
どこかのパーティに入るべきだと、散々言われたが俺は頑なに断った。
知らない人との会話は疲れるし、きっとパーティーの中でバカにされるだろう。
だったら、ソロがいい。
「本当は、ここの神殿の働き口くらいなら紹介できると思うのだけどねぇ」
その話は何回も聞きましたよ。
「それじゃあ、9年後には寿命が来ちゃいますよ。頑張って神様へ『貢献』ポイントを積んで寿命を伸ばさないといけないですから」
「世知辛いわね……」
「それじゃあ、行ってきます」
別れの挨拶を済ませる。
いい先生だった。
出来の悪い生徒だったけど見捨てず最後まで、面倒をみてくれた。
出発してから、少しして神殿のほうを振り返る。先生がまだ見ている。
大きく手を振って、そのあとは振り返らなかった。
これからは一人だ。
がんばろう。
◇
しばらくは、平和な旅路だった。
時折、森から聞こえる鳥のさえずりが心地いい。
街道の横を流れる小川は、水の神殿の裏手に広がる精霊の森の泉から湧き出ている。
その水には精霊の加護がついている。
おかげで川には、魔物が寄り付きにくい効果があるそうだ。
そのため川沿いは比較的安全であり、近くに街道や街ができている。
水の神殿から最も近い街をマッカレンといい、湖の畔にある水の街である。
そこが最初の目的地だ。
友人のふじやんが、そこにいるはず。
元気にしてるかな。
懐かしさを感じながら、のんびり歩いた。
俺は歩きながらも『探知スキル』と『隠密スキル』は常にオンにしている。
なるべく魔物に出会わないように、魔物に気づかれないようにするためだ。
探知できる範囲は、だいたい半径100メートルくらい。
ちなみに、クラスメイトの『賢者』川本さんの探知は、5キロだった。
50倍である。
不公平だよなぁ。
それでも一応、俺の『探知』でも街道沿いの森の中に潜んだ魔物くらいなら発見することはできる。
「暇だ」
最初は初めての旅の景色を楽しんでいたが、ずっと続く森と街道と小川の風景にも飽きた。
「修行でもするか」
神殿で毎日やっていた、水魔法の熟練度上げの修行をしよう。
心を無にして、魔力を高める。
「ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール」
大きさは、バレーボールくらい。
俺の少ない
あっという間に、魔力切れを起こす。
ただし近くにある水を操作するだけなら、魔力はほとんどいらない。
必要なのは魔法の熟練度だけだ。
何でも大気中の魔力を使って、操作ができるかららしい。
熟練度は、魔法を練習すればするほど上がる。
ちなみに、スキルも熟練度によって強さが変わるらしい。
熟練度を上げれば、魔法の生成スピードやコントロールが上手くなる。
熟練度は、上げれるだけ上げておいて損は無い。
この1年欠かさず修行してきた。
先生から水魔法の熟練度だけなら『上級以上』と太鼓判を押されている。
――威力が初級レベルの弱さってだけで。
「それが、致命的だけどなー。ん?」
『敵探知スキル』に反応がある。
街道から少し外れた森の中だ。
「魔物と人がいる……?」
どうやら人が魔物に襲われているようだ。
『隠密スキル』を維持して、静かに近づく。
馬車がゴブリンの集団に囲まれてる?
剣で応戦している商人っぽい男を四体のゴブリン集団が取り囲んでいる。
商人が劣勢だ。
うーん、助けるか、どうする?
もし、ゲームなら迷わず助ける。
ゴブリン退治なんて、勝ち確定イベントだ。
「俺が勇者だったらなー」
生憎とここは、サバイバルな異世界なんだよな。
死んだら生き返らない。
この世界では死んだら生き返るような仕組みは無い。
持ち金が半額になって復活しないのだ。
死んだら終わり。
人生終了である。
そして俺は、魔物一匹倒せない魔法使い見習いだ。
「厳しいよなぁ……。先生には逃げろと言われているし」
けれどもだ。
目の前で人が魔物に襲われている。
見捨てるのも目覚めが悪い。
でも、自分が死んでは元も子も無い。
どうしよう。
その時、急に目の前にゲーム画面のような選択肢が表示される。
助けない ←
助ける
「お?」
なんだ? これ。
こんなの初めて見たぞ。
『RPGプレイヤー』スキルの効果だろうか。
おいおい。なんだ、このスキル。
頬を指で掻く。
――なかなか粋な演出をしてくるな。
ここで『助けない』のは
「しょうがないか、やるか」
『助ける』を選択する。
そっとゴブリンの集団に近づき、魔力を高める。
商人に当たらないように狙いを定める。
「水魔法:
さっきまで修行用に使っていた水弾を氷の矢にしてゴブリンへ向けて放つ
全て命中した。
だが
(やっぱり倒せないかー)
ゴブリンは流血しているが、戦闘不能にはなっていない。
距離が遠かった。
ただ、多少のダメージにはなっているはず。
「おーい、大丈夫か?」
襲われていた商人らしき人に声をかける。
「た、助けてくれ!」
「了解」
普段は50%くらいに抑えている『明鏡止水』スキルを最大である99%に設定する。
このスキルによって、緊張や恐怖を薄められる。
敵を倒すことのみに集中する。
一番近くにいるゴブリンが近づいてきた。
四体の中で、一体だけ体格が一回り大きい。
おそらくゴブリンのリーダーだろう。
残り三体は商人を囲んだままだ。
ゴブリンリーダーは片手に錆びて真っ黒になった短剣を持っている。
まともに接近戦はしたくないな。
ゴブリンリーダーの武器の間合いに届くか届かないかのところで、魔力を高める。
「水魔法・
「ギャッ!」
俺の放った氷魔法が、ゴブリンを目潰しする。
爪楊枝くらいの氷の針が、敵の眼球に発射する魔法だ。
しょぼい魔法だが、目に頼った生き物なら有効だ。
敵が武器を出鱈目に振り回さないか、注意していたが、持っている短剣を手放して目を抑えてしまった。
よし!
好機を逃さす、ゴブリンリーダーが落とした短剣は回収する。
その短剣を、ゴブリンの胸に突き刺した。
「水魔法・冷却」
『液体を冷やして凍らせる』という、初級の水魔法だ。
それを短剣を通して、相手の血液に仕掛ける。
びくん、とゴブリンの身体が跳ね、どさりと倒れた。
魔力の少ない俺が、頑張って考えた必殺技だ。
戦いの最中は常に、『RPGプレイヤースキル』の360度の視野を使って自分の周囲全体を見渡している。
他の三体のゴブリンは、こちらの様子を伺っているようだ。
ここまでは想定通り。
ただし、現在の魔力量は空っぽだ。
俺は本当に魔力量が少ないな……。
残る3匹のゴブリンのうち2体が近づいてきた。
このまま川辺に誘導しよう。
水が無いと戦えないし。
後ずさりしながら、ゴブリンとの距離を調整する。
商人の人の近くに一匹ゴブリンが残っているが、それくらいなら大丈夫だろう。
2体のゴブリンが突進してくる。
『逃走』スキル
盗賊のスキルを発動する。
距離を開き過ぎず、ゴブリンを水辺まで誘き出した。
よしよし、ここなら水が好きなだけ使える。
ゴブリン2体は、すぐ近くに迫っている。
(水魔法・水面歩行)
そっと
この魔法は、水面に立つことができる効果がある。
しかし、水深は大人の腰くらいの小川だ。
ゴブリンも川の中に入ってこちらに攻撃をしようとしてきた。
(かかった!)
「水魔法・水流」
川に入ったゴブリンの身体を水魔法でからめ取る。
ゴブリンの身体を水が取り囲む。
がぼっ、がぼっと、ゴブリンが喉を押さえて苦しみだした。
呼吸ができないはず。
そのまま溺れろ。
5分ほどして二体のゴブリンが息絶えた。
「ふう、なんとかなった。いや、もう1体いたか」
慌てて、商人のほうへ戻った。
◇
商人は、焦っていた。
空腹で好戦的になっているゴブリンの集団が、突然襲ってきた。
ゴブリン1体くらいなら、なんとか凌げる自信がある。
しかし、彼らは商人を逃げないように取り囲みじわりじわりと包囲くる。
体力の消耗を待っている。
馬は怯えてしまい、役に立たない。
「痛っ!」
右足に激痛が走る。
ゴブリンリーダに注意を取られ視線を離した隙に、後方にいたゴブリンが石を投げてきたのだ。
ただし、狙いとスピードが尋常ではない。
『投擲スキル』を持っている!?
特殊固体か!
まれに、スキルを持った魔物が生まれると聞いたことがある。
足の痛みで立っていられなくなり、左足を立ててしゃがみこむ。
「ぎゃ」「ぎゃ」「ぎゃぎゃ」
周りを取り囲むゴブリンが、笑っているように見える。
まずい。
獲物が逃げられないように足を奪ってなお、こいつらは一気に襲い掛かってこない。
相手が弱るのを、じっくり待っている。
頭の片隅で、もしや今日死ぬのでは、という恐怖がよぎり始める。
喉が渇き、剣を持つ手がぐっしょりと濡れる。
「ぎゃ」「ぎゃ」「ぎゃ」
ゴブリン共は包囲を緩めず、忌々しい叫び声で集中力をかき乱す。
まずい、どうすれば。
もはや、これまでか、と思ったその時、ゴブリン達を氷の矢が貫いた。
「え?」
何が起きた?
「おーい」
人間? 冒険者か!
「た、助けてくれ!」
必死で助けを求める。
現れたのは少年だった。
服装は軽装で、武器は何も持っていない。
大丈夫なのか?
正直、自分より弱く見える。
ゴブリン一体だって倒せるかどうか。
だが、魔物に襲われる自分を見捨てず助けに来てくれたのだ。
どんな弱そうな冒険者でも、力を合わせるしかない。
剣を握りしめ、痛む足をなんとか立たせようとしたとき
「ぎゃっ!」
突然、リーダー格のゴブリンが目を押さえ、苦しみだした。
「えっ?」
少年が何かしたのか?
しかし、魔法の詠唱が無く、魔道具を使った様子も無い。
流れるような動作で、少年がゴブリンに近づき短剣を突き刺す。
(あんな軽い突きじゃ、魔物は倒せない!)
だが、違った。
ゴブリンがびくんと、大きく体をそらせて、そのままどさり、と倒れた。
(な、なんだ? あの技は)
自分を取り囲んでいたゴブリンは、新たに現れた人間を脅威と見たのか少年冒険者へ襲いかかった。
少年は、ゴブリンを引き付けるように川のほうへかけていった。
一番やっかいと思われた投石スキルのあるゴブリンは、リーダが倒されたのを見て、逃げ出したようだ。
ざばっざばっ! と水の中で暴れる音とゴブリンの悲鳴が聞こえる。
大丈夫なのだろうか。
心配だが足の痛みで、動けない。
しばらくして、少年が戻ってきた。
傷ひとつない。
とんでもない凄腕だ。
見かけで判断してはいけないな。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、助かりました」
そう、助かったのだ。
極度の緊張から開放され、へなへなと商人は崩れ落ちた。
◇
「本当にありがとうございました! あなたは命の恩人です!」
助けた若い商人には、えらく感謝された。
「こちら少ないですが、御礼です」
「えーと、10万Gですか? 少し多いのでは?」
相場には詳しくないけど。
「できれば、一緒に街まで同行して欲しくてですね」
「なるほど、護衛も兼ねてってわけですか」
それなら、と了承する。
本来なら、魔物が出るほうが珍しい道だ。
問題ないだろう。
道中、新人商人の苦労話を色々聞かせられた。
そういえば、ふじやんも新人商人のはずだ。
苦労しているのだろうか。
「そろそろキャンプの準備をしましょうか」
日が暮れる前に、商人が提案してきた。
いま歩いている街道には、所々にキャンプスペースがある。
商人や冒険者が休めるように、領主が管理しているそうだ。
「簡単な食事で恐縮ですが」
と言いながら、商人が出してくれたのは魔法で凍ったシチューだった。
要は冷凍食品。
それ火にかけて、コトコト煮て、固いパンと一緒に野外で食べる夕食は美味かった。
「じゃあ、その辺を少し見回ってきますね」
俺は借りた寝袋を地面に置いて、そう告げた。
「すいませんね。足が怪我してなければ、一緒に見回るのですが」
「護衛なんだから、任せてくれていいですよ」
そういって、馬車を離れる。
商人は馬車の中で寝るようだ。
キャンプスペースから少し離れ、『探知スキル』で魔物が居ないことは確かめる。
そして、常にオンにしている『明鏡止水スキル』をオフにした。
「はああぁ……」
大きくため息が出た。
手の裏が汗でびっしょりと濡れ、動悸が早まる。
まさか、最初の街に着く前に魔物と遭遇するとは。
『魂書』を、みると『貢献』ポイントが増えていた。
若干、寿命が延びてる?
3日くらい。
「よかった……、なんとかなった」
膝がガクガク震える。
「最初に倒す魔物は、もっと雑魚のつもりだったんだよなぁ」
角ウサギとか、大ネズミとか。
最初の相手が、ゴブリンの集団というのは予想外だった。
「でも、勝てた」
にっ、と笑い満天の星の夜空を見上げ、拳を握りしめた。
「やった」
小さくガッツポーズする。
水の神殿の職員には、外れスキルをがっかりされ、クラスメイトには同情され、年下の少年にはなぐさめられ、親身になってくれた先生でさえ、最後まで心配された。
おまえはこの世界で生きていけないと。
「大丈夫だ、大丈夫」
いける。
『明鏡止水』『RPGプレイヤー』『水魔法使い・初級』。
この3つのスキルで、この世界を生き抜いてやる。
残り9年で死んでたまるか。
「そういえばゴブリンが持っていた武器、どうしようかな」
ゴブリンが持っていた、錆びてぼろぼろの短剣。
売り物には、ならなそうだな。
武器として使うには、少々みっともない。
「初勝利の記念で取っておくか。錆を落とせば使えるようになるかも」
一旦、適当な布きれで巻いて持っておくことにした。
そろそろ、戻って寝よう
神殿を出て、初めての一日が終わった。
しばらくは興奮で、寝付けなかった。
◇
気がつくと、何も無い広い空間で立っていた。
夢か?
おかしいな、夢を見るほど深い眠りにつく予定は無かったのに。
ここはどこだろう。
何かのゲームでこんなシーンを見たことがあった気がする。
そんなことを考えていると、背中がぞわりとした。
この世のものならざる気配を感じる。
俺は、振り返りその姿を見た。
「こんにちは、まこと。会いたかったですよ」
そこに立っていたのは、一度見たら二度と忘れられないような絶世の美貌の少女だった。
「あ、あなたは、誰ですか?」
質問する声が震えた。
それほど、少女の美しさが人間離れしていた。
その少女はにっこりと微笑む。
「女神です」
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