1話 高月まことは弱すぎる
とりあえず誰か知ってる人を探そう。
足をふらつかせながら、ドアの方へ向かう。
ドアの先の廊下は、薄暗い灯りで照らされていた。
遠くから、人の会話らしき声が聞こえる。
えーと、下の階かな?
そろりそろりと、石造りの階段を降りて、立て付けの悪いドアを開いた。
ドアの先の部屋はだだっ広い空間で、見知ったクラスメイトの顔がちらほら見える。
よかった。
一人じゃなかった。
「おう、高月。やっと起きたな」
「や、やあ」
誰に声をかけるか、迷っていたところ先に声をかけられた。
クラスメイトの北山か。
ヤンキーなやつで、誰にでも馴れ馴れしい。
「タッキー殿、身体は大丈夫ですかな?」
「よかった。無事だったんだ、ふじやん」
「心配しましたぞ。みんなより半日以上は長く寝てましたからな」
「え、僕だけそんなに寝てたの?」
「おう、そうだよ。もう目を覚まさないんじゃないかって、言われてたぞ。はははっ」
陽気に笑う北山。
「ははっ…」
わ、笑えない。
「えーと、みんなはここで何をしてるの?」
「おう! 驚けよ、高月。ここ異世界だってよ! すげぇよな」
ああ、やっぱりか。
あの景色を見れば、日本で無いことはわかったが。
異世界……。
動揺で背中が汗ばむのを感じる。
そんな気も知らず、陽気な北山は肩をばんばん叩いてくる。
なんで、ヤンキーはボディランゲージが多いんだろう、痛い。
「ここは、水の神殿という名前らしいですぞ。我々は意識を失ったあと、ここで保護されたようですぞ」
「へえ、水の神殿……」
たしかに、神殿っぽい。
「ところでさ、高月のステータスとスキル聞きに行こうぜ」
北山が肩を組んでくる。
「ステータス? スキル?」
「どうやら我々は、この世界に来たときに不思議なチカラを得たようですぞ。拙者は、『収納魔法:超級』『鑑定スキル:超級』というスキルをもってますぞ」
「俺は、『竜騎士:上級』『槍使い:上級』『韋駄天』だな!」
「へ、へえ」
急に言われてもよくわからん。
だが、なんか凄そうだ。
「あちらの部屋で、自分のスキルとステータスを教えてもらえますぞ」
「ありがとう、行ってみるよ。ところで、目が覚めたのは僕で最後?」
そう聞くと、ふじやんと北山の顔が少し陰る。
「クラスの全員が助かったわけじゃないんだ。残りは……」
「残りは?」
声が暗い。
なんだ?
「クラスメイトの何人かは、行方不明のようですな……」
「え?」
改めて見渡すとここにいるのは、クラスの2/3くらいか。
俺はクラスに友人はほとんどいないが、それでも1年一緒に過ごしたクラスメイトだ。
できればみんな無事でいてほしかったが。
そういえば
「ふじやん、佐々木さんは?」
「佐々木殿は、ここには居ませんな……」
「え……?」
バスで近くの席に座って、直前まで会話してたし、てっきり無事だとばかり。
でも、確かに姿は見当たらない。
「そう……なんだ……」
最後、どんな会話したっけ。
猫耳?
あれが最後の会話か。
もっといい話をしておけばよかったな。
ごめんよ、さーさん……。
「気落とすなよ、高月。俺たちがラッキーだったんだよ。俺の友達も何人かここには居ないからさ……」
肩に手を置いて、慰めの言葉を言う北山。
ふじやんと同じく、辛そうな顔をしていた。
北山は友達多いからな。
明るく振舞っているのも、無理してるのかもな。
「ただ、助かったからといって、我々も安心はできないみたいですぞ」
「え、なんで?」
保護されたんじゃないのか?
「ここの施設は、我々のような身寄りのない人間を保護してくれるそうですが、いずれ自立しないといけないようですぞ。そして、ここは魔物のはびこる異世界。まずは、自分の能力を把握しませんと」
む、そうなのか。
でも、確かにずっと保護してはくれないよな。
お金の問題とかもあるし。
遭難から生き残れたことを安堵してたけど、これからが大変か。
異世界から帰れるのかどうかもわからないし。
それにしても魔物とかいうのは、気になるな。
それに、ステータスとかスキルとかよくわからんし。
色々教えてもらわないと。
何より、重要なのが。
「言葉って通じるの?」
「それが、この神殿のすごいところですぞ! この神殿では、自動翻訳の魔法がかかってまして」
「へえ、それは便利な」
「異世界人をここに運ぶのは、そのためだってよ」
たしかに、言葉がわからないと話にならないからな、文字通り。
しかし、自動翻訳魔法か。
異世界進んでるな!
「ただし、ここの神殿を出るときには、異世界語を覚えないといけませんぞ」
「そっかぁ」
世の中甘くないか。
話してるうちに、神父の部屋の前に着いた。
「スキルの話は一人で聞くことになってるそうですぞ」
「高月ぃー、あとでどんなスキルか教えてくれよ」
北山が、にかっと笑って肩をたたいてくる。
「じゅあ、行って来るよ」
ノックをして部屋に入った。
◇
「失礼します」
部屋に入ると恰幅のいい神父らしきひとが大きな机の前に座っていた。
隣にシスターらしき細身の美人な女性が立っている。
ニコニコした神父さんとクールビューティなシスターだ。
「こんにちは、異世界の人。体調はいかがですか」
「はじめまして、高月といいます。体調は……悪くないと思います」
「そうですか。辛くなったらすぐ教えてください。ところでお友達からここの場所については、何か聞きましたか?」
「少しだけ」
「なるほどなるほど。では、説明しますね。急な事で驚くかもしれませんが、ここはあなたがいた世界とは異なる世界です。ご家族と会えず不安でしょう。しかし、ご安心ください。我々は、あなた方が自立できるまで最大1年間は無償で支援します」
それはさっき、ふじやんから聞いたな。
「えーと、僕らは元の世界に戻れないんですか?」
神父さんの表情がさっと曇った。
あれ? 変なこと言ったかな。
「その話を聞いていなかったのですね。高月さん、あなたはこの世界に来る前に死に直面していましたよね?」
「え、ええ。そうです。雪山で遭難してました」
「そうですよね。それはご友人の皆さんも同じはずです。そして、異世界に来る人の条件、これは元の世界で死んでしまうことなのです!」
「え?」
なんだって!? じゃあ、俺は死んだってこと?
驚愕の表情を浮かべたのを見て、神父さんがにっこり微笑む。
「しかし、ご安心ください。この世界の神様は非常に慈悲深い。若くしてお亡くなりになる前に、みなさんを、この世界へ転移してくださったのです!」
神父さんは大げさなポーズを取る。なんか慣れてる感じだ。
「へ、へぇ。そーなんですね」
つまりあれか。
結局死んではいないってことか。
「ちなみに、元の世界に戻ることはあなたが死んでしまうことを意味します。それは困りますよね」
「ハイ、そうですね」としか言えない。
「それでは生きていくために、前向きな話をしましょう。スキルの話は聞いていますか?」
「えーと、さっき友人から少し。でも、詳しくは知らないです」
「よろしい。では、お伝えしますね。あなたはこの世界に来た時に『固有スキル』が与えられているはずです。具体的には『魔法使い』スキルや『剣士』スキルが有名ですね。これが強いか弱いかで今後の人生が左右されるといってもいいでしょう!」
「おお……。それは重要ですね」
ふじやんや北山の話でも、スキルが大事と言っていたもんな。
「それからステータス。異世界人のみなさんは、通常より飛び抜けたステータスを持っていることが多いのです!」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、我々のような一般人と比べると十倍以上の!」
それは初耳だ。
「僕はスキルとステータスはどうなってるんです?」
「ふふふ、焦らずに。それを今から調べますね。君、あれを持ってきて」
「はい、神官長様」
それまで黙って隣になっていたシスターさんが、神父さんに何かの紙を渡す。
「これはあなたのスキルとステータスを判別するための『
「へ、へぇ」
ごくり、つばを飲み込む。
凄そうなアイテムが出てきた。
「そんなに緊張しないでも良いですよ。こちらの女神様の像の前で、祈りをささげて下さい」
「はい」
こんな感じかな。
女神の石像の前で、祈りのポーズをとる。
「楽しみですね。異世界の皆さんは、素晴らしいステータスとスキルに恵まれてますから」
そんな声が聞こえてきた。
まじで? そんな都合がいいものなのか?
理由はわからないが、ずいぶん神父さんの期待値が高い。
ほどなくして身体の周りを淡い光が包み込んだ。
そして、神父さんの持っていた紙が光輝く。
「あなたのスキルとステータスが、判明しました」
神父さんが厳かに告げる。
どきどきしてきた。
「あなたの固有スキルは『明鏡止水』『水魔法使い:初級』……、最後のは『RPGプレイヤー』と書かれていますね」
おお、魔法使いだ! でも、初級か。
あと、変な名前のスキルがあるな。
「これは強いスキルなんですか?」
「うーん、最後のスキルは初めて聞きますが、前の二つは普通ですね」
普通か。
「そして、ステータスですが……」
神父さんが怪訝な顔をする。
「これ何かの間違いじゃないの?」
「そんなはずはありませんが。どうされましたか?」
「ほら、ここ。この数値は……」
「たしかに他の異世界人と比較しますと数値が低いですが、我々と比較すれば……それでも低いですね」
え? なに?
「あのー、俺のステータスに何か問題が……?」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。高月さん、どうやらあなたのステータスは少々、物足りないかもしれませんが、気にすることはありませんよ」
神父さんは相変わらず微笑んでいる。
が、先ほどに比べると営業スマイルだ。
これは、神父さんの期待通りではなかったということか。
こんなあからさまな態度だとショック……。
「それでは、あとの説明をお願いできるかな?」
「かしこまりました、神官長様」
シスターが頭を下げる。
「それじゃあ、高月くん。頑張ってくれたまえ」
のしのしと神官長は部屋から出て行ってしまった。
この場にはシスターさんと二人きりになった。
「では、高月さんの『魂書』について説明しますね。どうぞご覧ください」
受け取った冊子を見ると、自分の名前や年齢。先ほど聞いたスキルや、ステータス『筋力』『体力』『魔力』などが記載してある。
数値を見ただけでは、どの程度なのかわからない。
そして、非常に気になる項目があった。
『寿命』あと10年0日
はあ!? なんだこれ!
「あ、あの。この『寿命』というのは?」
俺、あと10年で死んじゃうの?
いやいやいやいや。冗談きついって。
「説明します。我々の世界では『魂書』で自分の寿命を知ることができます」
「なんで、僕は10年しかないんですか!」
俺はまだ15歳だ。
25歳で死ぬってことなのか!?
「10年というのは、異世界の人は全員同じです」
「そうなんですか?」
つまり、ふじやんや北山もみんな10年ということか。
何とも言えない気分だが、みんな同じと聞いて少し落ち着いた。
しかし、短すぎだろう。
「この寿命は、『聖神』様へ『貢献』を捧げることで伸ばすことができます」
「……寿命って伸ばせるんですか?」
凄いな、異世界。
そして、気になることが。
「聖神様へ『貢献』って具体的には何ですか?」
寿命を伸ばす方法を知りたい。
とにかく10年で死ぬのは、勘弁。
「色々ありますよ。一番手っ取り早いのは、教会へ寄付をすることです」
「お、お金ですか?」
「はい、お金です」
「お金で寿命が買えるんですか?」
「買えますよ」
どうやらこの世界は金で寿命が買えるらしい。
やりたい放題だな、異世界。
「ただ、寿命を数年伸ばすほどの寄付となると莫大な金額が必要です。高月さんはこちらの世界のお金は持っていませんから、この方法は現実的ではないですね」
「そうですね……。他にはどんな方法が?」
「これは『人に害をなす魔物を倒す』であったり、『災害で困っている人を救う』ことを指しますね。」
「なるほど」
こちらはわかりやすい。
人助けをすれば良いわけか。
「わかりました。人助けのためにはスキルを使えってことですね」
「はい、その通りです。では、スキルについて説明しますね。高月さんの固有スキルは3つ。『明鏡止水』『水魔法使い:初級』『RPGプレイヤー』ですね」
「こいつらは、どんなスキルなんですか?」
「それぞれのスキルの説明が『魂書』に書いていますよ」
ふむ、どれどれ。
『明鏡止水』・・・平常心を保てるスキル。これさえあれば、強い魔物に襲われたりしても慌てずに行動できるよ!
『水魔法使い:初級』・・・初級の水魔法が使えるスキル。あなたの所持魔力量が少ないから、初級なのはしかたないね! 頑張って修行してね!
『RPGプレイヤー』・・・RPGゲームをプレイする人の視点が利用できるスキル。360度、見渡せるよ! 異世界人しか持てない固有スキルだよ! やったね!
おいおい、なんだよこれ……。
この文章を書いた人は随分テンションが高い。
一応、スキル使用時の細かい注意点等も書いてあった。
後で詳しく読んでおこう。
「一応、スキルについてざっくり理解しました。それで、今後はどうすれば?」
「あなた方異世界人のみなさんは1年間、無償で水の神殿の施設や、授業を受けることができます。それまでにご自分にあった職業を決めるのが良いでしょう」
シスターが無表情に説明する。
「えーと、ちなみに僕の場合はどんな職業がおすすめですか?」
「……」
なぜ、無言?
「この水の神殿には様々な職業になるための授業を行っています。まずは、色々な授業に出て自分にあっている職業を選択するのがよろしいでしょう」
おすすめ無いの!?
要は今の状況だと向いている職業は無いってことか。
自分で決めるしかない。
仕方ない、手探りで色々試すか。
フリーシナリオのRPGは嫌いじゃない。
ただなぁ、初期ステータスが低すぎですよ。
「わかりました。じゃあ、授業の受け方を教えてください。あとは、ここでの生活ルールについても」
「それは、こちらのマニュアルに全て書いてあります」
分厚い本を渡された。
表紙には『水の神殿マニュアル(異世界人向け)』と書かれている。
準備良いなぁ。
ここは、いろんな人が来る場所らしいし、マニュアルも完備されてるのかな。
「それでは、わからないことがあれば近くにいるシスターか神父に聞いてください」
ニコリともせず、シスターは告げてきた。
話は終わりらしい。
最後までクールだな、この人。
◇
外ではふじやんと北山が待っていた。
「どうでしたかな? タッキー殿」
「うーん、なんか微妙だったよ」
「高月、ちょっと見せろよ」
「あ、ちょっと!?」
北山に魂書を取り上げられる。
「おいおい、ステータス低過ぎじゃね? ふーん、確かに強そうなスキルねーなー。」
北山は、興味を失ったようだ。
この野郎! 勝手に見といてその言いぐさはなんだ!
口には出せないが、心中で文句を言う。
それにしてもやっぱり、俺のスキルとステータスは弱いのか。
「高月はやっぱり、ゲームオタクだから、変なスキルだなー。まあ、がんばれよ」
なぐさめているつもりなのか、肩をばんばんたたいてくる。
「おーい、高月のスキルってさー」
そして、クラスメイトに俺のスキルを言いふらしはじめる。
プライバシーって無いの?
「北山さん、人のスキルを勝手に他の人に言ってはいけませんよ」
シスターが注意してくれた。
「ふじやんのスキルってどんな感じ?」
俺は自分の『魂書』を見ながら、ふじやんに聞いてみた。
「『収納魔法・超級』は、アイテムを自由に出し入れできる魔法ですな。『超級』は、かなり多くのものが収納できるようですぞ。『鑑定:超級』は、発見したアイテムの品質を見ることができる能力ですな」
「へえ」
便利そうだ。
ここで、ふじやんが声のトーンを落とす。
「実はさっき言いませんでしたがこんなスキルも貰ってまして」
ふじやんの『
「『ギャルゲープレイヤー』?」
俺のスキルと名前が似ている。
「人との会話が、文字情報として読めるスキルみたいですな。あとは、会話のログが見えますな」
「たしかにギャルゲーってそんな機能あるね」
「これも異世界人のユニークスキルだと言われましたが……、このスキル名を人にばれるのは恥ずかしいですなー。」
まあ、確かに。
「僕の『RPGプレイヤー』も似たようなもんだよ。ゲーム好きだと、こんなスキルになるのかな?」
「どうでしょうな。とりあえず、どれも戦闘には役に立たない能力なので、拙者は商人でも目指そうと思っておりますよ」
「なるほどね。堅実だね」
鑑定があれば商人になれるって言ってたもんな、シスターが。
「そうかもしれませんな。しかし、タッキー殿のスキルは案外使ってみると強力なスキルかもしれませんぞ!」
「どうかなー」
神官長やシスターの反応を見る限りハズレだったのだろう。
ちなみに、神父さんが異世界人は強い、と言ったのは理由があった。
この世界には、過去にも異世界人が迷い込んでくることがあるそうで、皆ことごとく強いステータスとスキルを持っていたらしい。
つまりは過去の実績か。
「同じ異世界人である俺のステータスだけ、なんで弱いんでしょう?」
シスターが近くを通りかかったので聞いてみる。
クラスメイト達は、この世界の人間の10倍くらい強いステータスだ。
『光の勇者』桜井くんにいたっては100倍だとか。
俺は一般人の三分の一くらい。
よ、弱すぎる……。
「そうですね……。おそらくですが高月さんはこの世界に来た時に非常に衰弱していました。一緒に転移してきたご友人の中で最も弱っていたのでステータスの付与時に影響したのかもしれません」
「僕ってそんなに弱ってたんですか?」
「実は一時、心拍停止してました。それをなんとか僧侶の魔法で蘇生させたのです」
「……その節は、ご迷惑おかけしました」
想像以上にヤバイ状況だったらしい。
やっぱりゲームばっかりして、身体を鍛えてなかったせいか。
シスターには、しばらくは今いる水の神殿でスキルを鍛えることを勧められた。
クラスメイト達は、神殿の講師より強力なスキルを持っているので特別クラスが設定されたのだとか。
俺はスキルとステータスが強くないので一般クラスだ。
はあ。
気が滅入るな。
難易度のバランスが悪すぎだろう。
異世界は、クソゲーだ……。
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