信者ゼロの女神サマと始める異世界攻略 クラスメイト最弱の魔法使い

大崎 アイル

第一章 『はじめての異世界生活』編

プロローグ 1年A組は遭難する

「みんな大丈夫? 上着をきて体温を保って」

「うぅ……寒い」

「もう無理……」

「先生、私たち帰れるの?」

「くそっ、なんで助けが来ねぇんだよ!」


 担任の佐藤先生が暗いバス内で、クラスメイト達に声をかけて回る。

 みんなの声は、か細く暗い。



 ――なんで、こんなことになったんだっけ?



 都立東品川高校の一年生は、スキー合宿の帰り道に大雪に見舞われた。


 運悪く大きな地震が発生。

 地震が引き起こした雪崩によって、バスは崖から転落。

 車体は雪に埋もれ、走行不可能になった。

 暖房は止まり、割れた窓の隙間から、絶え間なく冷気が入ってくる。


 雪の中に閉じ込められて、すでに二時間以上が経過している。


 先生は、すぐに携帯電話で助けを求めた。

 しかし事故は多方面で発生しており、救助は難航している。

 吹雪でヘリを飛ばすことができないらしい。


(うーん、これは詰んでるね)


 クラスメイトたちは薄々「もう駄目なんじゃないか」と、そんな空気が蔓延している。

 誰も口には出さないが。


 そんな中――


「タッキー殿。こんな時までゲームですかな?」

「人生の最後は、ゲームをプレイして死にたいよね」

「ブレないですなぁ」

「そうかな?」

 視線はゲーム画面から外さずに、隣の席にいる友人のふじやんに答える。


 寒い。

 冷気で指がうまく動かない。


「高月くん、縁起でもないこと言わないでよ」

 通路を挟んで隣の女子に注意された。

 この声は、佐々木さんか。

 ちらっと見ると、彼女も寒さで震えている。


「冗談だよ。何もしてないのも退屈だからさ」

「確かにじっとしてだけ、というのも辛いですな」

 横目で見るとふじやんは、スマホで美少女ゲームをプレイしている。


「ふじやんもゲームしてるじゃん」

「拙者は、お気に入りのイベントシーンを見返しているだけですよ。ふふ、やはり一番可愛いのはこのカノンちゃんですな」

 画面では、目のキラキラした猫耳の少女が微笑んでいる。


「うわぁ……」

 佐々木さんが、引くわー、みたいな声を上げた。


「タッキー殿はよくて拙者は、なぜドン引きなのですかな!」

「しかたないよ、ふじやん。女子には理解できない世界だ」

「あなたたちねぇ、遭難してるのよ。もっと危機感持ってよ」


「本当はさーさんも、ゲームしたいじゃないの?」

 佐々木さんが実は、隠れゲーマーであることを俺は知っている。

 それで話すようになったのだ。

 でなければ、人見知りの俺が女子と話すなどとんでもない。


「な、何言ってるのよ!」

「今更隠さなくてもいいのに」


「カノンちゃん、はぁはぁ」

 ふじやんは、少し自重しようね。


「相変わらず、猫耳が好きだよね」

「違いますぞ! 猫耳だけでなく、獣耳は全て尊い!」

「哲学だね」

「なに、馬鹿な事言ってるのよ」

 佐々木さんに怒られた。

 うん、確かに馬鹿だった。


 ゲーム画面に、意識を戻すと(会話しながらプレイしていた)バッテリーは1/4を切っている。

 ゲームの進行度を加味すると、ぎりクリアできそうだ

 プレイしているのは、最近ハマっているアクションRPG。

 

 悪魔に故郷を滅ぼされた主人公が、復讐のため戦うダークファンタジー。

 主人公の職業は『勇者』。


 宿敵の悪魔を倒すと、闇の世界の扉が開き、黒幕の魔王が登場する。

 巨大な魔龍と死を司る魔女と堕ちた勇者を倒すとラストダンジョンが現れる。

 最奥に居るのは、ラスボスである魔王だ。


 何百回と見てきたムービー。

 プレイ時間を確認する。

 うん、十分だ。


 高い防御力を持つ魔王は、通常攻撃でダメージを与えることができない。

 そのため、特定の攻撃のときにカウンターを行う必要がある。

 カウンターのタイミングは、数えきれないくらい反復練習しており、目を閉じていても当てられる。

 魔王のHPゲージを効率よく削っていき、最後の一撃を食らわせる。


「クリア……」

 ベストレコード。

 この記録は、ネットにアップしたかったなぁ。


 ゲーム画面では復讐を終えた主人公が、魔王の玉座へと進んでいき、奥へ消えていく。


 今回は最短クリアを目指したため、ノーマルエンドだろう。

 世界は、平和になったが、魔王を倒した主人公を知る者は、誰もいない。

 世界を救って、誰にも祝福されない。


 ちなみに、一番好きなエンディングは主人公が魔王になるやつだ。

 あれ、もう一回見たかった。


 ふと周りを見渡すと、騒がしかったクラスメイトが静かになっている。

 どうしたんだろう?

 そんなことを考えていると、自分にも急激な眠気が襲ってきた。

 隣りの席のふじやんに声をかける。


「ふじやん?」

 返事がない。ただの屍のようだ。

 まじかよ……。

 

 反対側の佐々木さんの顔はうつむいていて見えない。

 ぐったりしている。


「さーさん? 佐々木さん?」

 やっぱり返事が無い。

 ゲーム画面はエンディングの途中で電源が切れた。


(……眠い)


 自分の寿命もそろそろ切れそうだ。

 ……はあ。

 短い人生だったな。


――生まれ変わったら、勇者にしてください。


 そんな、馬鹿なことを考えながら目を閉じ、ふっと意識が遠のいた。



 ◇



 目が覚めた。


「どこだ、ここ?」

 見渡すとバスの中ではない。


「病院じゃないような……」

 コンクリートではない石造りの天井と壁。

 大理石だろうか。

 自分が眠っていたのは、固い簡素なベッドで、薄い毛布が被せてあった。


 窓があいてるのか、隙間風を感じる。

 少し肌寒い。

 あの世に寒さの感覚があるのか知らないが、多分、自分はまだ生きてるはず。

 少し離れたところに、大きな窓がある。

 外は明るい。


(もう昼か)

 合宿の帰り道は夜だったので、半日以上寝てたってことか。


「それにしても、雪山で体力を失った怪我人を放置はないだろ」

 独り言で不満が口から出る。

 外の様子が見たい。

 ふらふらと窓に近づいた。


 この時まで俺はぼんやりとした頭。

 きっと誰かが遭難から救助してくれたんだ、と思っていた。

 変な場所で寝かされてたな、くらいの気持ちだった。

 窓辺に立ち、外を見た。


「えっ」


 目の前に広がる光景は――


 東京には無い、深い緑の森。

 広く青い湖。

 その後ろにアルプスのような山脈が広がる。

 湖の上を7色の翼を持つ不思議な鳥が、ゆうゆう飛んでいる。

 湖畔には、恐竜のような生き物が水を飲んでいた。

 建物の前には馬車が数台止まっており。

 馬車を操っている男はトカゲ頭だったり、犬のような顔をしている者がいる。


「……獣人?」


 な……んだ? ありゃ。

 馬車を引いているのは、ダチョウより大きな鳥だ。

 大きなトカゲみたいな生き物もいる。

「ハリウッドの映画かよ……」

 声が震えた。


「みんなー、打ってー!」

「「「「ファイア・アロー!!」」」」


 窓の下を見ると、運動場のような広場で子供が一列に並んでいる。

 ローブのようなものを着ており、一斉に手から炎の矢が放たれた。

 炎の矢が的に命中、そして爆発。

 爆発の燃えカスが、煙の尾を鼻先に届けた。

 木が焦げたにおいが、意識を引き戻してくれる。


 夢じゃない?


「あー……」


 これは、あれか。

 映画かアニメで見たことあるわ。



 ――ここ、異世界だ。

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