山に住まう魔物

朝凪 凜

第1話

 これはとある高校生の話。

「はいはい! 今日はゆっくり帰りたいです!」

 それは家に最も遠い陽菜ひなの思いつきだった。

「じゃあ寄り道? どっか喫茶店でも入ってく?」

 そう答えたのが陽御子ひみこ

「じゃあ私アイス食べたい!」

 陽子ようこのアイスは無視された。

「そうじゃなくて、遠回りして帰りたい」

 学校が終わっての帰り道。

「遠回り? どういうこと?」

「うーんとね、三人の家に寄って挨拶して帰りたい」

「挨拶? なんで?」

「挨拶ついでに何かもらえるかもしれない」

「小学生か!」

「おたくのお子さんは私が一緒なので安全です。ってアピールしておく」

「なんのアピールなんだかな」

「じゃあ誰の家から行く? 陽菜ちゃんち?」

「ゆっくり! 帰りたい! すごく!」

「すごさがわかる。むしろ早く帰らせてやりたい」

「じゃあどっち? うち?」

「じゃああのセールスマン問題で帰ろう」

「今日やったやつな。最短距離で移動するやつな」

「そしたらどっちがいいかな。しかも陽菜が最後にならなきゃダメなんでしょ?」

「うん」

「もうその時点で最短じゃなくなってるんだけど」

「じゃあもう一つ場所を追加しよう」

「もう一つ?」

「裏山とか」

「山!」

「山いいね。寄り道っぽい」

「山かあ。遠いなぁ」

「じゃあ行こう。すぐ行こう」

「ゆっくり帰りたいのにすぐ行くんだ」

「かなり遠回りだから早く行かないと遅くなっちゃう」

「ゆっくりなんだか急ぐんだか分からないな」

「どこから行くの? 全部バラバラだからどこいっても遠回りになるけど」

「かなり遠回りだな。特に山」

「まあまあ。たまにはハイキングだと思って」

「制服着てハイキング!! 無い!!」

「じゃあ陽子ちゃんの家から順番に行こう」

 勝手に決めて勝手に歩き出す。


 しばらく歩いていると

「でもこれ、最短かどうか全然分からない」

「行ってみなきゃ分からないし、多分行っても分からないね」

「つまり、最短のルートは他にもある! 可能性は無限大!」

「最短は一つだけだよ」


 そのままただ当てしかない道を歩いて

「陽子ちゃんち到着。じゃあちょっと挨拶に」

「わーい」

 挨拶しようと顔を出しても残念ながら買い物に行っているらしく誰もいなかったので、そのままとなった。

「じゃあまた明日ー」

「明日ー」

「っていうかこれで陽子は帰って、あと二人で歩くの?」

「一緒に来ても仕方ないからね。そうなっちゃうね」

「でも次あたしの家でしょ? そのあと一人で山行くの?」

「…………いくよ」

「躊躇ったな」

「ハイキングだし!」

「まあ、いいんだけど」

 どうでもいい話をしながら歩いていく。

「でもこれただあたしらの通学路を歩いているだけなんじゃ……」

「ゆっくり帰るだけだし! 遠回りじゃないし!」

「いや、遠回りとは言ってないけど」


「到着!」

「はいどうも」

「じゃあ挨拶でも」

「いらないし! はよ山行け!」

「えー、山行くのに水分補給しなきゃ」

「じゃあ飲み物持ってくるから飲んどいて」

「えー」

 結局入れてもらえず飲み物だけもらう。

「じゃああとは頑張って」

 そそくさとドアを閉められてしまった。

「……帰ろっかな」

 さすがに一人で山に登るほどのテンションが残ってはいなかった。


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山に住まう魔物 朝凪 凜 @rin7n

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