夏に踏み入れば死

韮崎旭

夏に踏み入れば死

 6月もはじめの頃、手を引かれて墓参の思い出、折しもの野分が農地の脇に植えられた彼岸花を軒並み暴力的にへし折っていった。花なんか、どこにもない。あるわけがなかった。こういう土地で咲こうという花は、正気を失っている。地面からは、雨後に特有のにおいが立ち上り、墓がどこだったかを忘れたとしても、すぐさま追いつけるさ。

 

 首を吊ろうと考えたのは6月もはじめ。何か理由が必要だろうか?

雨の音がうるさかったから。やまない雨が窓や地面を無遠慮にたたいて、こちらの神経を挽き毟って仕方がないから、いらいらしたから、生存に違和感があるから、この場に居たくないから、なにか理由が必要だろうか、これを嫌うことに、生を嫌うことに、自身を嫌うことに、自我を嫌うことに、理由を求めるな、鬱陶しい。


 両手首に側溝が刻まれたのは、僕によってであった、6月もはじめの蒸し暑い季節に、これからもっとひどくなるからもう半袖の季節だったが、どいつもこいつも僕にとって、それらからの外聞を気にするに値しないから、気ままに気まぐれに、思い付きに任せて、その辺の工具箱の錐を引き出してきて、丁寧に洗うと、砥石で研いで、手首から順に両前腕を肘の下あたりまで(どうも前腕という語の定義がわからない)切り刻む。塹壕を刻む、皮膚に。


 誰かが何か言ったかは知らないし覚えていない、そんな価値がないのが6月もはじめの季節で、まだ死人が出始めの時期だった。暑さによるって意味だが。

 停留所の裏の、誰も管理しない林では百日紅が満開で、それが6月の始まりにひどくふさわしくなかったことだけを覚えている。

 自殺しようという思いを抱えて腐ってゆく僕に僕を忘れさせる親切な毒などどこにもなかったので、自壊する衝動に日に日に腐乱していくのが心理状態である。

 

 もうどこだったか忘れたが、墓があった。きっと、管理者が死んだとかで、統廃合されたのかもしれない。わかりにくい裏山の墓だった。季節外れの彼岸花もなく、百日紅も咲いてはいない。僕は手近な樹木に納屋から持ち出した用途のわからないひも状の物体をかけて、荷物を踏み台に首を括った。

 

 6月の中旬のことだった。

 

「たかが自殺にぐずぐずしているな、見苦しい。」意識がこの時期の蒸し暑さに暗くなり曖昧さを増す中で考えたのはそんなことだった。

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夏に踏み入れば死 韮崎旭 @nakaimaizumi

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