パセリ
@muuko
第1話 Sun is shining
パセリ。
洋食屋さんでオムライスを頼むと付いてくる。白いお皿の真ん中に、熱々のチキンライスがアーモンド型に盛られて、鮮やかな黄色い卵がふわっと乗っかる。卵の上には赤いケチャップが丸を描く。そのお皿の、オムライスの横に添えられる野菜、パセリ。彩りに緑色が欲しいから、それだけの理由でお皿の脇に添えられる。
掃除という時間を退屈に過ごそうとし始めるのはいつからだろう。中学の頃、黒い髪をきっちり二つに結び、下を向いて規則的に箒をかけていたクラスメイトの女の子、吉田さんは高校に上がると窓から入る風に髪をなびかせて、教室の隅で壁にもたれ、友達とだるい、だるいと話している。彼女達3人はいつも一緒にいる。吉田さん達の横を行ったり来たりしながら、男子生徒が2人、机と椅子を元に戻している。
私は適当に箒を動かして、適当に教室の塵ぼこりを集める。真面目じゃない、でも不真面目じゃない風に箒を使う。
学校の箒はデッキブラシみたい。柄と、ブラシみたいな先端の付け根が180度自由に動くようにできている。便利そうなのに、この箒で教室の隅は掃除しにくい。扱いやすいのかにくいのかよくわからない箒だ。適当に教室の中央にゴミをまとめて、ロッカーからちりとりを持ってくる。この箒に対してちりとりは随分小さい。私はしゃがみ、箒の柄の下の方を持って教室の床からちりとりに塵を移すけれど、柄を短く持つと箒は動かしにくくて、塵が、ちりとりからぱらぱらとこぼれる。それでもちりとりに入った塵を、横に置いといたスチール製のゴミ箱に捨てる。角のところにちりとりを当てると、かんかん、と陽気な音がした。
壁にもたれたまま、吉田さん達は先程からずっと、だるい、だるいと話している。机と椅子を元に戻し終わった男子の1人がこちらにやってくる。
「終わった?」
「うん」
「あとはごみ捨てやって、終わりだな。おーい、じゃんけんしよう」
一声かけると、だるそうだった吉田さん達は、はーい、とおりこうな返事をしてこちらに、いや、その男子の元に駆け寄ってくる。
「あたしこの後予備校なんだぁ」
「わたしもわたしも」
ゴミ箱を中心に輪になってしばらく雑談が続く。大変だね、忙しいね、うん、うん。相槌を打つ。あとはゴミ捨てをしたらすぐに帰れる。私は部活があるんだ。これ捨ててきちゃうね、その一言を言うタイミングを探していると、横からぬっと手が伸びた。
「俺行ってくる」
「いや、青山」
「あーごめんねー」
「ありがと青山ー」
男子の声に被せるようにして、女の子達が青山にぞんざいに礼を言う。私たちが掃除当番になってから、もう3日連続で青山がゴミ捨てに行っている。
「俺も行くわ」
自分の鞄と、まだそんなにたまっていない燃えないゴミをかき集めて、残った男子が青山を追いかけていった。彼は野球部だ。この後すぐに練習が始まるのだろう。
青山と男子が教室を出て行くと、女の子達がさっさと鞄を肩にかける。
「なんか感じ悪くない、あいつ。うちら話すぎならそうだって言えばいいのにさぁ」
「いいじゃん。なんとも思ってないでしょ。何考えてるかよくわかんないしあいつ。つーか、うちらあいつのお陰ではやく掃除終わってラッキーじゃん」
「確かに! でかいから存在感ないわけじゃないけど静かだし文句言わないし、いると割と便利だよね」
「名は体を表すって感じ?」
「それな」
「ぱせりだもんね」
「なんで自分の子に脇役の野菜の名前つけんのかね」
ぱせりは、青山の名前だ。青山ぱせり。キラキラネーム。
女子だけになると辛辣な言葉を遠慮なく撒き散らす。女の子達はそのあと小声で何やら話すと、吉田さんだけが私の方へやってきた。
「早苗ちゃん、この後ヒマ? 予備校の前にみんなでお茶してこうって話になってんだけど、どう?」
「ううん、私部活あるから。ありがとう」
「あ、そっか。そうだよね。じゃあまた今度。ばいばい」
吉田さんがくるっと背を向ける。薄茶色の、ふわっとなびく髪の毛からはシャンプーとは違う大人っぽい香りがした。吉田さんは中学とは違う新しい友達の輪の中に入って教室を出て行った。
吉田さんは随分と変わったなぁ。1人残った教室で、ぼんやりと考える。
ぱせりはその珍しい名前のせいでよく噂になる。他のクラスから見物に来る生徒もいる。ぱせりは色々言われている。変な名前とか、可哀想とか。ぱせりがあまり話さない女子なんかからは、余計好き勝手に噂される。
ぱせりは小学生の頃から一緒で、なんやかんや同じクラスになったりならなかったりする。昔、小学校の一年で同じクラスだった頃、ぱせりはクラスの男子に名前をからかわれまくっていた。いじわるな目つきでばかにする子達に、ぱせりは二言三言反論するも、すぐに語尾がもよもよっと小さくなり、目から涙をぼろぼろこぼした。こぼしながら細い両腕をぶんぶん振り回していじめっ子に向かっていっては転ばされ、また泣いていた。ぱせりは自分の名前を恥ずかしがっているわけではなかった。ある日授業参観で、『ぼく、わたしの名前の由来』というタイトルの作文を発表するよう先生から課題が出された。確かぱせりはこう発表していた。誰かに寄り添ってあげられる、思いやりがあって強くたくましい子に育って欲しい。そう思って彼のお母さんが名付けたのだと言う。
二年生、三年生と学年が上がるにつれて、ぱせりはぐん、ぐんと大きくなり、いつのまにかクラスで1番身長が高くなった。足も長くてかけっこではいつも1番を取るようになり、その身長を活かしてバスケでもサッカーでも、ぱせりがよくゴールを決めた。いつのまにか、誰もぱせりをからかわなくなっていた。
がらっとドアが開いて、ぱせりと目が合う。ゴミ捨てを終えて帰ってきた。
「進藤、まだいたんだ」
ぱせりが小脇にかかえるゴミ箱が小さく見える。高校生になった今も、ぱせりがクラスで1番背が高い。もう180は超えていると思う。
私は、掃除の間全開にしていた教室の窓を閉めて歩く。
「ごめんね。ゴミ捨て」
「なんで進藤が謝るのさ?」
背中越しにガタガタと音がする。ぱせりが帰る準備をしている音だ。
窓を全て閉める。吹き込んでいた風が止んで、教室の空気の流れも止まるようだ。今日は私がゴミ捨て行くと、輪になって雑談している時、言えなかった。あの女の子達の中で、掃除はだるいものなのだ。仮に私が行くといって教室からいなくなったら、女の子達は私のこと何て言うんだろうって考えてしまう。ゴミ捨てくらいであーだこーだ言われる訳はないのに。意味のない妄想に足がすくんで、あの輪から外れることを私はいつも躊躇ってしまう。
「ごめんね、青山」
返事をする代わりに、ぱせりは目を細めて笑い、頷いた。
教室の扉を閉め、2人で廊下を歩く。
「教室の箒とちりとりの大きさが違いすぎて、ちりとりに集める時いつも少しこぼれちゃう」
「こぼれちゃうのはしょうがないよ」
「あの箒、勝手に箒って呼んでるけど、ちゃんと名前あるのかな?」
「どうだろう、考えたことなかった」
大きい割に、いや、大きいからかな? ぱせりの歩くのはゆっくりだ。
ぱせりは大人しい。
引っ込み思案とか、人見知りとかそういう類のものではなくて、ゴールデンやラブラドールといった大型犬みたいな落ち着きを持っている。誰でも受け入れてくれそうな気安さがあって、休み時間にはぱせりを囲んで男子が和やかに話していたりする。だからってぱせりが輪の中心というわけではなくて、みんながわいわいしている横に寄り添っている感じ。物静かなやつだ。たまに、体育の授業でサッカーをやって、誰かがゴールを決めて友達と喜んでる時なんかは、ぱせりは無邪気で人懐こい笑顔を見せたりもする。変わった名前だけど、なんかかっこいいよね青山くん、なんて噂もちらほら聞く。
昇降口で靴を履き替える。ぱせりはポケットからイヤホンを取り出して首にかける。
「ばいばい進藤」
「うん、ばいばい」
互いに背を向けて、私は部室に、ぱせりは校門に向かって歩く。ぱせりは、普段は全然話さなくて、掃除当番が同じ班で、帰り際に少しだけどうでもいい話をする、クラスメイトのうちの1人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます