ある日の結婚式早朝
五女、瑠美の視点です。
結婚式当日の早朝は、こんなことしてました。
*******
その日、妹の瑠菜のところで別の結婚式の打ち合わせをしている時だった。私と瑠菜のスマホの着信音が同時に鳴った。
「あれ? 瑠音姉からメールだ」
「本当だ。珍しいね」
お互いにそう言いながら、メールを開ける。タイトルは『泪の嫁の貴重な笑顔』。
「泪の嫁、って……」
「えええええっ?!」
慌ててメールを開けると、にっこり笑った、少し丸顔の女性の写真。
「可愛いじゃない!」
「そうだねぇ!」
「でも、彼女、泪の口調知ってるのかな?」
「それに、瑠香姉がよく許したよね」
「「どんな娘なんだろう?」」
二人で首を傾げる。気難しい姉の瑠香が結婚を許し、あの泪が結婚する気になるほど本気になった女性。話は尽きなかったが、打ち合わせを再開し、その時は彼女の話を打ち切った。
数日後、その時の結婚式の話も詰め終わり、コーヒーを飲みながら瑠菜と話をしていると、瑠菜のパソコンがメールを告げた。
「あ、瑠香姉からだ。どれどれ……うわぁ! 彼女のドレス、素敵! ……って……嘘?! 瑠香姉のデザイン?!」
「嘘!」
姉が自らデザイン、なんてあり得ない。親族か、或いはよほどその人物を気に入ってないと、自らデザインなどしないからだ。逆に言えば、それほど彼女を気に入っている、ということだった。
「あ、細かい指示が出てる……うへぇ……この色の花、手に入るかなぁ? あ、瑠美姉にも指示が出てるよ?」
「本当? どれ……」
「あ、待って。プリントアウトするね」
瑠菜は画面をプリントアウトすると、私にそれを渡してくれたので、姉の指示をまじまじと見る。
『彼女の肌、とても綺麗なの。だから、デザインはノースリーブよ。ただ、彼女には事故による怪我で、全身に傷あり。見える部分だけでいいから、綺麗に隠して』
「う、わ……また厄介な……」
そう呟いて頭を抱える。多少の傷なら、ファンデやコンシーラーで隠せるが、全身に傷、しかも事故のとなると、どんな傷なのか見てみないと全くわからない。
姉が肌が綺麗だと言うなら、それは彼女自身の肌を見せろということだから、シリコンは使えない。
はあ、と溜息をついてあれこれ考えるが、結局いい案が浮かばず自宅に帰った。
「お帰り」
「あれ? 早いね」
「明日からオフだし、今日は早く終わったから帰らせてもらったんだ。難しい顔して、どうしたの?」
話かけて来たのは、結婚して三年立つ彼。彼は所謂芸能人で、メイクアップの仕事で知り合った。それはともかく、姉が指示して来た紙を彼に見せながら、泪が結婚することを話す。
「へえ? 泪くん、結婚するんだ」
「うん。でね、お嫁さんになる子、紙にも書いてあるけど、全身に傷があるんだって。それを隠すためのやつが思い浮かばなくて……。
「舞台用ならあるよ?」
「でも、シリコンとかの特殊メイクじゃダメなんだよ?」
「ううん、シリコンじゃなくて、傷を隠したりするコンシーラーがあるんだ」
そう言って教えてくれたのは、ハリウッドでも使われているというコンシーラーだった。舞台でも使われているそれは、かなり幅広い使い方のできるもののようだった。
どこで取り扱っているかネットで検索したり、彼女の写真を見せたり、二人で話をしたりした翌日、オフだった彼と二人でデートがてらそれを買いに出かけた。
***
結婚式当日の早朝。式は十時からだが、傷がどれくらいあるかわからず、まして傷隠しにどれほどの時間がかかるかもわからないため、かなり早めに来てくれるようにお願いした。
泪と姉の瑠香が連れて来たのは小柄な女性で、見事なまでの無表情。緊張してるのかなと思うものの、ぱっと見は傷があるようには見えない。お互いに自己紹介をすると、彼女が無表情を崩してにこり、と笑うと
「「いやん、可愛い!」」
両側から泪と姉に抱き付かれ、「あ、あの……」と固まったまま、顔を真っ赤にしていた。無表情を崩すと彼女の雰囲気が一気に変わり、ふんわりした雰囲気になる。
「じゃあ、お圭ちゃん。替えましょう」
「アタシも手伝うわ!」
「泪はダメに決まってるでしょ?! 時間が来るまで、絶対に見せないからね!」
「ちょっと! 瑠香姉さん、ひどい!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ泪を追い出した瑠香は、持っていた服をパーテーションのところにかけると、彼女と一緒に奥へと入る。着替えさせながらそれを手伝うという。
「おはよう! ごめんなさい! 遅くなっちゃった!」
姉たちが奥へ入ると同時に、妹の瑠菜が慌てた様子で、色とりどりの花や道具を抱えて入って来た。
「大丈夫よ。今着替えてる途中だから」
「よかったあ! そう言えば、泪が扉の外で黄昏てたけど……」
「ああ。実は……」
先ほどのやり取りを話すと、瑠菜は笑いながら「なるほど」と呟いた。
「当然じゃない! 会場で見るまでは、見せないわよー」
「だよね。で? ブーケやブートニアは?」
「実はこれからなの。ひとつだけ花が届いてなくて、それを手に入れたのが今朝だったから。今から作る」
「ちょっと! 間に合うの?」
「当然じゃない。誰が作ると思ってるの?」
ふん、と鼻を鳴らした瑠菜の手は、既にブーケやブートニアを作るべく、鋏で花をパチン、パチン、と切り始めていた。
「はい、お待たせ。どうかしら?」
瑠香と彼女がパーテーションから出て来た。瑠香の腕にはチュールとヴェール、それとは別の布がぶら下がっている。
彼女のドレスは、サテンのビスチェ、マーメイドラインのドレスだった。ハイウエストにリボンが施され、可愛らしい雰囲気に見せている。
よく見ると、チュールやヴェールには刺繍が施されていた。
「「うわあ! 素敵! 凄く似合ってる!」」
「でしょ? 最後に手袋をするのよ。メイクが終わったら、小物を着けるわ。で、瑠美。できそう?」
瑠香は、彼女を椅子に座らせながらドレスが汚れないようにドレス全体に布を被せながらもそう聞かれ、彼女の腕をじっくり見る。想像以上にひどい傷だった。これほどの傷を負いながらも、彼女が頑張って来たことに目頭が熱くなる。
――絶対に隠してみせる。彼女や泪のために。
そのために、あのコンシーラーを買ったのだから。
「できるわ。任せてちょうだい」
「さすが瑠美ね。先に腕をやる? それとも、メイクや髪を弄る?」
「メイクと髪を弄る。こっちにどれくらい時間がかかるかわからないし、ギリギリになってあたふたするよりいいから。メイクなら、直前でもすぐになおせるし」
「わたしも、ブーケにちょっと時間かかるし。先に髪をやっといてもらったほうが、わたしも助かるよ、瑠美姉」
瑠菜にわかったと告げて、髪を弄る。長い黒髪を複雑に編みこみ、アップにして行く。瑠菜はブートニアを作りながらその様子を見ていたのだが、何かが気になったのか、ふと呟いた。
「あれ? ブルーとオレンジは? ドレスに入ってないよ?」
「瑠菜、お圭ちゃんの目を見てみなさいな」
瑠香にそう言われ、一緒になって彼女の顔を覗く。その目は、猫のように綺麗なオッドアイだった。
「うわあ! 綺麗な目だね! 遺伝?」
「あ、いえ。傷と一緒で、事故の影響で……」
「ごめんなさい!」
目をキラキラさせながらそう言った瑠菜に、彼女は一瞬悲しそうな目をすると、瑠菜は慌てて謝った。気にしてませんからと言った彼女をギュッと抱き締めた瑠菜は、「三国一ならぬ、世界一の花嫁にするからね!」となぜかガッツポーズをすると、花を物色し始めた。
それを尻目に、髪に飾るUピンをどうするか考えていると、瑠菜に「瑠美姉、Uピンちょうだい」と言われた。何もついていないUピンを幾つか渡すと、瑠菜はUピンと花をくっ付けて加工し、それを渡してくれたのだ。
「器用なことするね」
「ブートニア用の余った花だけどね。萎れたりしないように花も加工してあるから。これ、髪に刺してあげて? 足りないなら、ブーケを作ったあとで作るから」
急いで作るねと言った瑠菜は、もうブーケ作りに集中し始める。
普段の瑠菜なら、こんなことはしない。何が瑠菜をそうさせたのかはわからないが、私も頑張らねばと腕捲りをすると、彼女が遠慮がちに話しかけて来た。
「あの……私、肌が弱くて、お化粧ってしたことないんですけど……」
「ふふ、大丈夫よ。んと……これだ。この化粧水、どう? ピリピリする?」
たくさんある道具の中からとあるものを出す。頬骨に近いところに、化粧水と乳液を混ぜたものをほんの少しだけ塗ると、彼女はしばらく考えたあとで「いいえ」と言った。
「なら、大丈夫。ファンデーションも厚く塗ったりせず、薄くメイクするだけだから。まだメイクはしないけど、もし今塗った場所がピリピリしたり痒くなったりしたら、すぐに教えてね」
瑠菜が作ったUピンの配置を考えながら、もう一度髪をほどいて結い直す。彼女の顔を少しマッサージしてから肌を綺麗にしたあとでメイクを施すと、瑠香が「あら、いいわね」と微笑んだ。それに笑顔を返して今度は腕にとりかかる。
「じゃあ、アタシは一旦泪のところに行ってくるわね」
瑠香が退室する。時折、パチン、パチンと鋏の音がする中、瑠菜を交えて彼女と話をした。
傷を負った事故のこと、泪との出会い、瑠香との出会いなどなど。傷が隠し終わるころ、瑠香は他の三人の姉……瑠璃、瑠音、瑠瀬を伴ってやって来た。瑠瀬とは初対面なのか、やはりお互いに自己紹介をしていた。
顔に最後のメイクを施し、瑠菜が作ったUピンを刺しながら、瑠香は彼女に手袋をはめて行く。一歩下がって彼女の頭やメイクを確認する。満足の行くできだった。姉たちもほう、と感嘆の溜息をついている。
「はい、終わり! ここに立ってみて?」
ドレスに掛けていた被いを取って彼女を鏡の前に立たせ、前後を確認してもらうと、彼女は目を見開いた。
「……傷がない……」
「ふふ、当然!」
「ありがとう……ございます」
彼女がふわり、と笑った。姉にもらった写真同様、滅茶苦茶可愛いかった。
――その目には、うっすらと涙が滲んでいた。
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