番外編・小話
ある日の在沢家 1
『Margarita』の、朝の在沢家です。
*******
ふっ、と目が醒める。いつの間にかベッドで寝ていた。
「あのまま寝ちゃったのか……誰がベッドに運んでくれたのかな……母さんや真琴に悪いことしちゃった」
時計を見ると、まだ五時半だ。身体が何かベタベタする。そう言えばお風呂に入ってなかったなと思い、お風呂を沸かし、ゆっくり入る。背中まである髪を洗い、ドライヤーで乾かしていると母が来た。
「昨日はいつの間に寝ちゃったみたい……。ごめんなさい」
「いいのよ。疲れてたんでしょ?」
「多分……。誰が運んでくれたの?」
「父さんよ」
二十六にもなって、子供みたいに抱き上げられてベッド運ばれる姿を想像し、思わず赤面してしまう。
「うわぁ……! 父さんにも謝っておかなきゃ!」
「大丈夫よ、熱もあったし。逆に『まだ熱あるんじゃないか? 大丈夫なのか?』って心配してたくらいだし」
「余計にダメじゃない!」
朝から脱力しつつ、やっぱり父にも謝っておこうと決め、髪をシニヨンに結わこうとして「待って」と母に止められた。
「長いままだと、仕事するのに邪魔なの」
「大丈夫。これなら邪魔にならないから」
そう言って両サイドを三つ編みにし、それを後頭部で一纏めにするという、ごくごく簡単なものだった。
「三つ編みが面倒なら、くるくると捻るだけでも大丈夫よ。長いのが邪魔なら、これで結んじゃいなさいな」
そして色とりどりのシュシュと何種類かの髪留めを渡された。
「こんなにたくさん……どうしたの?」
「真琴よ。買い物を頼むと、『お姉ちゃんに似合いそうだったから、買っちゃった!』って手渡されたものなの」
「真琴ったら……」
二人で苦笑しながら、お弁当を作る用意をする。
居間を覗くと父が新聞を読んでいたので、おはようの挨拶をしたあと「ごめんなさい。ありがとう」と言うと「ん」とだけ言ってまた新聞に没頭した。
「母さん、お弁当作るけど、いる人は? 父さんと翼だけ?」
「お姉ちゃんのお弁当?! あたしも食べる!」
「真琴はいつも学食じゃなかったの?」
今起きて来たのか、真琴の言葉に母が突っ込む。大学に通っている真琴は、安く済む学食で済ませているらしい。
「お姉ちゃんのお弁当だよ?! しかも超久しぶりなんだよ! スーパーレアなんだよ! 絶対に食べたい!」
「……あたしが作ったのは食べれない、ってわけ?」
「だって、ママのお弁当、パパ以外はいっつも同じおかずじゃん!」
「うっ……」
スーパーレアだなんて大げさな……と思いつつ、ふふっと笑いながら「じゃあ、喧嘩になるから全員分ね」と冷蔵庫の中を漁る。
使いかけのベーコン数枚、挽き肉、ピーマン、しいたけ、卵、諸々の野菜。夕べの残りなのか、ひじきの煮物が残っていた。
(皆が家を出るまでに約一時間ある……よし、作れる)
材料を使い、しいたけとピーマンの肉詰め、海苔入りだし巻き卵、じゃがいもとアスパラガスのベーコン巻き、ひじきの混ぜご飯を作り、コールスローサラダにミニトマトを入れて完成だ。
葵のだけは皆のとは違い、以前好きだと言っていたアニメのキャラ弁を作ってみた。
黄色い体に茶色の縞模様、耳の先端が黒く雷を模したギザギザの尻尾、赤いほっぺたから雷を出す、世界的に人気のアニメキャラクターである。
葵のだけはスマホで写真を撮り、中身を見られないよう全員分のお弁当をさっさと包む。が、包んでから、そう言えば葵は給食なのでは? と思い出す。
「そう言えば、葵のぶんも作っちゃったけど、お弁当いるの?」
「あら? そう言えば、何か言われてたような……」
「母さん……」
いらなかったらどうしようか、いらなければ自分のぶんは朝弁代わりに翼にあげればいいし、葵のぶんは自分で食べればいいかと思っていたら「お姉ちゃん、おはよう!」と言って葵が抱きついて来た。なので私も「おはよう」と返すと、ニコーっと笑ってくれた。
「ママ、お弁当作ってくれた?」
「えっと……今日は何か行事があったっけ?」
「社会科見学に行くから、お弁当作ってって言ったでしよ!」
「……あら?」
母の言葉に、葵が沈んだ顔をする。今にも泣きそうだ。
「母さんてば……意地悪しないの。はい、葵。お弁当」
「え……もしかして……お姉ちゃんが作ったの?」
「うん」
沈んでいた葵の顔が、パッと明るくなる。
「やった! 久しぶりのお姉ちゃんのお弁当だ! 中身はなに?」
「食べる時のお楽しみ」
「えー……残念。うん、楽しみにしてる!」
お弁当を鞄にしまい、大事そうに抱えている葵。それを、「遅刻、遅刻する!」とドタバタと起きてきた翼に自慢気に話したらしく、「圭姉の弁当?!」という叫びと共に、「俺のは?!」と側に寄って来たので渡す。
「マジか?! 超久しぶりの圭姉の弁当だ! スーパーレアだ!」
「真琴と同じこと言ってるし」
「チッ! まこ姉に自慢しようと思ったのに……まぁいいや。行ってきます!」
そう言って飛び出して行った。
「慌ただしい子ばっかり! 圭を見習ってほしいわ、本当に」
「母さんたら。大丈夫、皆ちゃんとしてるから。私もそろそろ行かないと。これは母さんのぶんね。父さんのはこっち」
「あら、本当にあたしのぶんまで作ったの?」
「一人だけ作らなかったら、母さん拗ねるじゃない。それじゃあ行ってきます」
薬を持って鞄に押し込み、昨日買ったコーヒー豆と茶葉、ティーインフューザーを紙袋に入れる。まだリビングにいた葵と真琴に「気をつけて行ってらっしゃい」と声をかけ、出勤した。
おまけ。
1.その後の在沢家。
「ほんとか?! 圭が作ったのか?! ……スーパーレアだ!」
「保さんたら……やっぱり親子なのね……」
真由は呆れつつも、自分のぶんまで用意してくれた娘の心遣いが嬉しい。
(そう言えば、本当に圭のお弁当なんて久しぶりね……確かにスーパーレアだわ)
と、似た者親子……いや、似た者夫婦っぷりを心の中でぶちまけた。
2.翼とお弁当
「あれ、翼が早弁じゃないなんて珍しくねえか?」
「まあねー」
「しかもご機嫌と来てる」
「圭姉のスーパーレア弁当だもん」
きょとんとする友人をよそに、弁当の蓋を開ける。
「すげえ!」
「いつもより豪華じゃね?」
おお、と驚く友人たち。
(ああ、マジで旨そう! さすがは圭姉!)
「「旨そう! いただ」」
「……手ぇ出したらどんな目に合うかわかってんだろうな?」
「「ひっ!!」」
シーンと静まりかえる教室を他所に、半眼と低いドスの利いた声で脅すと友人たちは固まる。
「も、もちろん出さないよ」
「じ、自分のを食べるよ」
「わかってんならいいんだ。いただきます!」
「「い、いただきます……」」
普段は温厚な翼が怒ると怖いと知っている友人たちとクラスメートは、スーパーレアの時は手を出さないようにしよう……と誓ったのだった。
3.真琴とシスコン
「あれぇ? 真琴がお弁当なんて珍しいね」
窓際に陣取り、ホクホク顔でお弁当を広げようと思ったら、親友の麻由が声をかけてきた。字は違うが、母と同じ名前だ。
「うん。お姉ちゃんが作ってくれたんだ! スーパーレアなの」
「出た! 真琴の『お姉ちゃん』自慢!」
もう一人の親友、奈津美もそう声をかけてきた。
「だって自慢だもん!」
「確かに」
「お圭さん、可愛いよね」
親友たちは高校時代からの付き合いで、お姉ちゃんのことを『お圭さん』と呼ぶ。高校時代は、よく三人一緒に勉強を教えてもらっていた。普段はあまり表情が動かないけど、笑うと可愛いのだ。
「お圭さんの体調良くなった?」
「うん、大丈夫! ありがとね。いただきます」
そう言って蓋を開けると、大好きなしいたけの肉詰めが入っていた。
「にっ、肉詰め! 久しぶりのしいたけの肉詰め~~!」
ガツガツ食べる私に二人は呆れつつも、「美味しそう」と言って二人もご飯を食べ始める。
「料理上手なお姉さんで羨ましいよね」
「普通は作ってくれないよ?」
「そうかなぁ?」
「「そうだよ。勉強教えてくれた時みたいに、料理も教えてくれないかな……」」
綺麗にハモった二人に苦笑しつつ、あとでお姉ちゃんにメールで聞いてみようと思った。
後日、在沢家で三人一緒に『料理教室』を開いてもらったのは言うまでもない。
4.葵とキャラ弁
お弁当の時間になった。僕にとって圭お姉ちゃんは、もう一人のお母さんみたいなもの。だから、僕のためにお弁当を作ってくれたと聞いた時はすごく嬉しかったんだ。
だから、お弁当の中身は内緒と言われた時は悲しかったけど、今はどんなお弁当かすごく楽しみなんだ。
みんなで「いただきます」をしたあと、ドキドキしながらお弁当の蓋を開けると、僕の大好きなキャラクターが顔を出した。しかも、僕の一番大好きなキャラクター。
「うわぁ……!」
ちょっと前に僕が大好きなキャラクターだよ、って言ったのを覚えてくれていたのが、すごく嬉しかった。
「あ! 葵の弁当すごい!」
「わぁ、本当だ! いいなぁ……」
「へへ……」
次々に覗きに来るクラスメートににっこり笑う。大好きなお姉ちゃんが褒められたみたいで嬉しかった。
「あら! 在沢君のお弁当、力作ね。誰が作ったの? お母さん?」
「ううん、お姉ちゃん!」
「すごいわね……。コツを教えてもらいたいわ」
先生にも褒められて、すごく嬉しかった。食べるのがもったいなかったけど、お弁当だから食べた。
家でお弁当のキャラクターのゲームをしていると、お父さんに「葵、ちょっと来て」と呼ばれた。
「なあに?」
「圭からメール。ほら」
お父さんのパソコンにお姉ちゃんからメールが来た。その画面には、あのお弁当の写真が!
「お姉ちゃん、お弁当の写真撮ってくれたんだ!」
「お弁当?! お前だけキャラ弁なんてずるいぞ!」
お父さんにも真琴お姉ちゃんにも翼お兄ちゃんにも同じこと言われたけど、僕だけ違うお弁当だってわかって、やっぱり嬉しかった。
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