ある日の泪事務所 1
飯田の視点です。
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最近、ボスに恋人ができた。
穂積本社にいる時は普通に喋っているのに、この事務所にいる時はなぜかオネエ言葉になるボス。
そんなボスに恋人?! すわ、一大事! と、当時の事務所内は騒然となったのだが。
***
『どうしても秘書にほしいコなの』
とボスが言った時、最初はどんな子かと思った。
今まで秘書として来た子たちは全てがボスが目当てだったからだ。
忙しさにかまけて掃除も片付けもできない、徹夜明けでヨレヨレな俺たちを見てどんな反応を示すかというのが入所試験のひとつなのだが、今までの秘書希望の女たちは事務所内の惨状と俺たちを見てその場で辞めて行ったので、事務所内の人間は彼女もその口だろうと誰もが思っていた。
だが、彼女――在沢 圭は事務所内の惨状と俺たちの格好を見て、辞めるどころか怒鳴り付け、あまつさえ必要な物まで揃えさせ、掃除までしてしまったのだ。
それにボスに見せてもらった彼女の資格の数々は、俺たちやボスが喉から手が出るほどほしがっていた人材を一纏めにしたようなもので、『どうしてもほしい』と言った意味がよくわかった。
秘書としても優秀なようで、頼んだ仕事はきっちりとこなす。ついでに言えば、彼女が淹れてくれたコーヒーは、下手な喫茶店よりも旨かった。
そんな彼女を、ボスはいつの間にか恋人にしていたのには驚いた。そして、いつの間にか同棲していたことにも。
眼鏡の奥の瞳はオッドアイ。そして、緩慢ともとれそうなほどにゆっくりと歩くのは、事故に遭ったせいだと申し訳なさそうに話してくれた彼女は、元々人見知りが激しいのか、基本的には無表情だ。
そんな彼女が来てからは、資料ひとつ探すのにも一苦労だった資料室を整理整頓し、事務所の人間にも慣れたのか無表情を崩すこともちらほら出始めたころ……
――それは起こった。
ある日、ボスの部屋から聞こえて来た会話に
「ちょっ……専務、何をしているんですか!」
「え? 谷間に指を入れて擦ってるの」
――谷間……。
誰かが小さくそう呟く。恐らく、全員彼女の胸の大きさを思い出したに違いない。
「その動き、止めてください!」
「イヤよ! 気持ちいいんだもの!」
――そ、そんなに柔らかいのか?!
誰かが興奮気味に呟く。
「ついででに、こっちの穴にも入れちゃえ!」
「ちょっと! 何をするんですか?!」
仕事中にそれはまずいだろ?! そう考えて俺は立ち上がり、ボスの部屋へ向かう。
「泪さん! 何してんだ、よ……」
「なあに?」
――ボスの手にはヘチマがあった。ヘチマの穴に指を突っ込み、溝に指をあてて擦っている。
「キーボードの中にヘチマのカスが落ちるじゃないですか! 誰がキーボードの掃除をすると思ってるんですか?!」
「「「………」」」
ヘチマを取り上げ、ボスにガミガミ怒る彼女を見つめ……。
俺は溜息をつき、自分の席に戻った。
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