Aurora
前嶋にしがみついてしばらくそのままでいると、彼の真剣な声がした。
「と、いうことで、泪さん、妹を泣かせたら許さないぞ?」
「当然でしょ? 絶対に幸せにするわ、義兄さん」
泪の含んだ言葉に顔を上げると前嶋が真剣な顔をして泪を見ていたので、私も泪を見るとすごく不機嫌な顔をしていた。
(あ、まずい……。お仕置きは困る)
そう考えて慌てて前嶋から手を離すと彼も手を離して泪たちの側に行ったので、近くにあったタオルで涙を拭くと、コーヒーを淹れて持って行く。全員に渡して泪の隣に座ると、私をギュッと抱きしめてから離した。
「……そういうこと、なんでしょ?」
私にはなんことなのかわからなかったし、何を言っているのかもわからなかったので、泪の言葉に口を挟むことなく話を聞く。
「ダメ……かしら……?」
前嶋を見つめてから泪を窺うような瑠香の言葉に、あれ? と首を傾げる。
(瑠香さんて旦那さん、いたよね……?)
二人を見て、確かにお似合いな二人だなあとは思う。あの旦那さんよりもずっと。思うけれど……もしや愛人?! とおろおろしてしまう。そんなことを考えていたら泪に話しかけられた。
「姉さんは離婚してるから愛人じゃないわよ」
「そうなんだ。離婚してるんなら安心だねって……えええええっ?!」
「もう……。お圭ちゃん、驚きすぎよ?」
泪に言い当てられたのにも驚いたけれど、瑠香の離婚にもっと驚いて何も言えないでいると、瑠香に苦笑された。
「離婚するつもりでいろいろ交渉してたんだけど、決定打がなかなかなくてね」
でも、あっさり離婚できたから大丈夫、と瑠香はカラカラと笑う。
「その報告も兼ねて泪に会いに来たの」
「
「俺が婿養子に入る」
「えええええっ?!」
「圭、煩いわよ」
「うぅ……泪さんひどい……」
泪に睨まれ、口をつぐむ。
「ま、いいんじゃない? アタシは反対しないわ。あとは父さんと母さん次第でしょ?」
「あ、それは大丈夫。もうOKもらったから」
「早っ! さすが姉さんよね」
「褒め言葉として受け取っておくわ。まあ、籍を入れるにしても式を挙げるにしても、どっちみち半年後だしね」
「『その間にいろいろと覚えろ』と社長に言われたがな」
そう言った前嶋はどこか嬉しそうだった。前嶋が義兄になるのは私も嬉しい……充よりも。
そのあともいろいろと話をし、帰り際に前嶋に「結婚祝いだ」と四角い箱をもらったのだけれど、泪も同じように瑠香に小さな箱をもらっていた。
「何をもらったの?」
泪にそう聞かれて箱を開けると、ブレスレットが入っていた。中には、私と泪宛ての手紙が入っている。
(私宛てはわかるけど……どうして泪さんにも?)
そのことを疑問に思いつつも手紙を広げて目を通す。署名は瑠香と前嶋の連名だった。
(へえ……瑠香さんとお揃いなんだ。ちょっと嬉しいかも。それよりも……)
手紙から目を上げて泪を見ると、ちょうど読み終わったところだったらしく手紙を畳んでいるところだった。
「泪さんは何をもらったの?」
「さあ……?」
泪は首を捻りながらも小さな箱の蓋を開けると、大小二つのリングが入っていた。
「ペアリング……?」
メモを取り上げて読んでいた泪が、苦笑した。どうしてそんな顔?
「もう、瑠璃姉さんったら……。これ、『結婚指輪にどうぞ』ですって」
「えっ」
「左手出して?」
素直に左手を出すと婚約指輪が外され、結婚指輪が嵌められた。そしてその上から婚約指輪がまた嵌められる。
「アタシにも嵌めて?」
泪に左手を差し出され、震える手で泪の手を掴みんで指輪を薬指に嵌めると、ギュッと抱きしめられた。腕が緩むと泪の顔が近付いて来たのでそのまま目を閉じると、唇にキスをされた。
――まるで、結婚式のように。
私はそれがとても嬉しい……嬉しかった。
「式はまだ考えてないけど……とりあえず今は、予定通り役所に行きましょうか」
「うん」
泪が手を差し出したので、ちょっとだけ待ってもらう。
『これは御守りだから、仕事中はもちろん、出かける時も必ずして行くように』
手紙の内容を思い出しながらブレスレットを嵌める。
この時は、まさかこのブレスレットが本当に御守りになるとは思いもしなかったのだけれど。
準備ができたので泪の手に自分の手を重ねると、一緒に出かけた。
――この日。私は在沢 圭から穂積 圭になった。
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