酒サワー
メモを見た夫人――義母が溜息をつく。
「毎年のことだけれど、結構あるわね……これでは男手が必要ね」
「……そうですね」
義母の言葉に頷いたけれど、内心は溜息をついていた。
(どうしてこんなことに……)
義母に泪との馴れ初め(?)を根掘り葉掘り聞かれたりしながらも泣きたいのを我慢し、御節のレシピを思い浮かべながら冷蔵庫の中身や調味料を確かめさせてもらって必要な材料を書き出し、ついでにお鍋も確かめさせてもらう。
「あ、圧力鍋がある」
「圧力鍋があるといいことがあるの?」
「黒豆が早く柔らかく煮えます」
本来は二十八日くらいからじっくりゆっくり煮るものだけれど、今回は致し方無い。
「作っても食べない食材とかありますか?」
「くわいくらいかしら。でも、お客様が食べたりする場合もあるから、多少は必要ね」
「わかりました」
義母の言葉にこんなもんかなと一人ごち、メモとペンを持ち上げる。
「さて、行きましょうか。近くに夜中まで営業している大型スーパーがあるの。お父さんと泪を連れて行きましょう。瑠香、留守番頼んでいいかしら?」
「いいわよ。行ってらっしゃい」
そうして四人で連れ立ってスーパーに出かける。歩いて行けない距離ではないけれど、近くとはいえ大荷物になることが予想されていたので車で向かうことにした。
駐車場から店内まで泪に手を引かれ連れて行かれたのだけれど、遅く歩く私のペースで歩く泪にさすがに変だと思ったのか、社長が痺れを切らしたように泪を見た。
「泪、もう少し早く歩けないか?」
「あら。だったら母さんと先に行ってちょうだい」
「泪!」
「はいはい、喧嘩しないの。何か理由があるんでしょう?」
やんわりと二人を諫め、問いかけるように私を見る義母。このような場所で話していいのかどうか迷うし、もしかしたら拒否されてしまうかもと思ってしまう。けれど話さないと埒が明かないからと口を開いた。
「あの……」
「お圭ちゃんは小さいころ事故に遭って以来、足を悪くしてあまり早く歩けないの。早く歩きたいなら先に行ってちょうだい」
私の言葉を遮るように泪は溜息混じりで話すと、二人の眉間に皺が寄る。
(泪さんに相応しくない、って思われたかな……)
嫌悪した二人の顔を見たくなくてそっと顔と目を伏せる。泪の手から私の手を引き抜こうとしたけれど、逆に泪にギュッと掴まれてしまった。
「泪」
「なあに?」
「そういう大事なことは先に言いなさい! 知ってたら早く歩けなんて言わなかった! 悪かったね……在沢さ……じゃなくて、圭」
「え……」
社長の言葉に驚いてパッと顔を上げると、申し訳なさそうな顔をした社長と義母が目に入る。
「ああ、だから瑠香は座敷ではなく、あの部屋に変えたんだな」
「社長……」
「そんな他人行儀な……。泪の奥さんに、ひいては私たちの娘になるんだ。会社ではないんだから、せめてお義父さんと呼んでくれ」
「あ……」
そう呼んでもいいのだろうかと窺うように泪を見ると、にっこり笑って小さく頷く。泪から勇気をもらった気がして、笑顔で「はい、お義父さん」と返事を返した。
「……可愛いなぁ、母さん」
「でしょう?」
「あげないわよ!」
「はい?」
意味がわからなくて首を傾げたら、なぜかというかやはりというか、三人に苦笑された。
買い物をしながら夕飯の話をしていたのだけれど、今から作ると遅くなるからと言われ、社長――義父は瑠香に電話をして「知り合いに頼んで出前をとってくれ」と話していた。お酒を呑むとのことだったので、お刺身とキムチで作れる簡単なつまみを作れるように材料を付け足して買い物を済ませた。穂積家に戻ると、帰って来たばかりなのか瑠璃と鉢合わせした。
「お圭ちゃん、いらっしゃい!」
やはり瑠璃にもギュッと抱き締められ、今日は私よりも背の高い女性に抱き付かれる日なんだ……と半ば諦めていると、スッと離れてくれた。
「泪、例のやつなんだけど」
「ちょっと待って。先に荷物持って行かないと」
圭は手ぶらでいいわよと言って泪や瑠璃、義父母が荷物を持って行ってしまったので、そのまま後ろをくっついてキッチンに行く。
泪と瑠璃は話があるのかそのままキッチンを出て行ってしまったので、お味噌汁用の鍋を火にかけ、黒豆を水に浸してから義母と一緒に食材を冷蔵庫にしまう。酒のつまみをさっと作り、お茶を入れて二人でつまみやお味噌汁を持ってソファーがある部屋に戻ると、お寿司が並んでいた。
「お味噌汁じゃないほうがよかったですね……。作り直しましょうか?」
「あら、大丈夫よ! さあ、座って」
「はい」
義母に勧められるままにソファーに座ると、すぐに泪と瑠璃が戻って来た。義父の「食べようか」の合図で瑠香を含めた全員で「いただきます」をし、食べ始める。
いろいろな話をして終始和やかな雰囲気で食事を終えると、泪に案内されながら泪の部屋に行く。ドアを閉めた途端、泪に後ろから抱きしめられた。
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