Summer Delight

 新人たちも仕事に慣れ、慣れたが故にちらほらとミスがではじめた、残暑が厳しい重陽の節句。

 例によって週末に在沢家に帰っていたのだけれど、父と翼以外は夏バテがではじめ体調を崩していたので温サラダうどんを作ることに決め、父に留守番を頼んで翼と二人で食料品の買い物に出かけた帰りだった。


 在沢家の隣には公園があるのだけれど、自宅手前の入口のところで、公園奥のベンチでぐったりとしている人が目に入った。

 暑さにやられたのかなと思ったところで、その人がいきなり倒れた。


「大変!」

「圭姉、どうした?」

「あの人倒れちゃった! 翼、荷物持って一旦家に帰って、生理食塩水作って来て! 熱中症だと困るから! あと、冷蔵庫に冷えピタが入ってたはずだから、それも何パックか持って来て!」

「わかった!」


 猛ダッシュで走って行った翼を横目で見ながら水道のあるところまで行き、バッグに入っていたハンドタオルを水で濡らすと、少しだけ絞った状態で倒れた人のところへ行く。「大丈夫ですか?」と声をかけてハンドタオルを額に乗せると、びくりと身体が揺れた。

 もう一度「大丈夫ですか?」と聞くと、その人がうっすらと目を開けた。

 その目が驚いたようにだんだん見開かれ、まじまじと見つめて来た。あんまり見ないでほしいなぁと思いながら手を動かしてタオルをひっくり返すとちょうど翼が戻って来て、「圭姉、持って来た!」と話したところで、倒れた人が「あ……」と呟いた。


「翼、ありがとう! この人のことを抱き起こせる?」

「もち!」

「助かるわ。抱き起こしたら、首の後ろに冷えぴたを貼ってね。貼ったらお水を買って来てくれる?」

「わかった!」


 私からお願いされた翼は食塩水の入ったペットボトルを私に渡し、その人の身体をゆっくりと起こして首の後ろに冷えぴたを貼ると、自販機までかけていく。


「気持ちいい……」

「手を動かせますか? できればご自分で脇の下にこれを貼ってほしいんです」


 服を捲るわけにはいきませんからと伝えると頷いたので、封が切られていない冷えピタの袋の入口を切ってから渡す。


「中に二枚入っていますから、両脇に貼ってください。私はタオルを濡らして来ますから」


 動かないでくださいと念を押してから水道があるところまで歩いて行き、今度はギュッと絞って戻ると、ちょうど翼が戻って来た。


「ありがとう、翼。あの、一口で構わないので、先にこれを飲んでください。生理食塩水です」

「人間の体液と同じ濃度の食塩水のことだから、大丈夫です」


 私の言葉に一瞬顔を顰めたけれど、翼の言葉に納得したのか少し口に含むと、「しょっぱい!」と呟いた。結局三口飲んだので、ペットボトルを水と交換すると、濡れたタオルをその人の頭に乗せた。


「大丈夫ですか? 熱中症だと困るので、生理食塩水を飲んでもらったのですが」

「だいぶ楽になった。ありがとう」


 青白い顔をしながらもお礼を言ってくれた人。その人にここで何をしていたのか聞こうとしたところで遠くから声が聞こえて来た。


「こんなところにいたのか! だから迎えに行くって言っただろうが!」


 別の入口があるほうから男性の怒鳴り声が聞こえて来た。このあたりは複雑な造りをしているから迷子になったのかなと見当をつけ、「よかったですね」と言って踵を返す。


「あ、タオル……洗って返すから、住んでる場所を……」

「タオルは差し上げますから、そのまま使ってください。安物で申し訳ないんですけど。念のため、病院に行ったほうがいいですよ」


 一旦振り向き、そう伝えてから「お大事に」と伝えてもう一度踵を返し、翼に帰ろうかと話して一緒に歩き出す。

 後ろのほうでまた怒鳴られているのが聞こえる。公園を出て自宅方向へ曲がった時点で何かを叫んでいる声がしたけれど、気のせいだと思い、そのまま自宅に入った。

 翼に夕ご飯の支度を手伝ってもらい、食事の支度をしているうちに、今日の出来事を忘れてしまった。


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