God Father

 ヨーロッパには様々な言語がある。三人とも英語の他に得意な言葉はあるけれど、ヨーロッパ圏を網羅しているわけではない。

 ちなみに、周はイタリア語、智はフランス語、真葵はスペイン語が得意だ。


「在沢室長はヨーロッパの東が得意なんだろう?」

「得意なのはそうですが、あの二人は主要国の日常会話くらいならできますよ?」


 話しながら二つ目のホルダーを作り、日本語の文書を作って行く。


「圭はどうなんだ?」

「多少はできますが、室長たちや周さんたちに比べたら足元にも及びませんよ。むしろ私は、会話よりも翻訳のほうが得意ですから」

「ああ、だからあんな噂もあるんだな」

「え? あれ以外にもあるのか? 真葵は知ってるか?」

「知らないわ」


 二人の話に、周がニヤリと笑う。


「似たようなやつだが……『言語の父親、文書の娘』ってやつだな」

「「なんか納得」」

「納得しないでください……」


 三人の会話に脱力しそうになるのを堪え、手を動かす。


「秘書といい、簿記や速記といい、そもそも圭はどうしてそんなに資格を持っているんだ?」


 周がそう聞いて来たので、話が前後しますが、と言って話す。


「私が行っていた高校は、寮に入っていても『家庭の事情でバイトせざるを得ない子はバイトしてもいい』という規則があった、少し変わった学校でした。その代わり、一定以上の成績を保たなければなりませんでしたが」


 その当時を思い出し、苦笑する。


「約束通り週末に家に帰ると、妹となった女の子が纏わりついてくるし、室長たちもいろいろと構ってくるし」


 親に構われたことがなかったからどういう態度をしていいのかわからなくて、最初はかなり戸惑ったことを覚えている。


「そのうち、二人とも語学が堪能だということを知って。ちょうど英語の成績が落ち始めていたので、教わったりしていました。そうしたら、二人の説明は授業よりわかりやすくて……すぐに成績が戻るどころか、上がりました」


 勉強を教わっているうちに、父が秘書という仕事をしていることや、秘書にも資格というものがあると、この時初めて知った。


「秘書は受験するのにも年齢制限はないですし、二人も応援してくれたから取ろうと思ったんですけれど、受験料のことを言い出せなくてバイトを始めたんです。バイト先に語学の資格をいろいろ持っている人がいて、語学にも資格があるんだってことをこの時初めて知りました」


 バイトをして、お金を貯めて、資格をいっぱい取ろうと思っていた矢先、バイトしていることが二人にバレた。


「バイトしてるのがバレてしまって、『私たちがいるのに、どうして言わないんだ? 子供は親に甘えるもんだ!』って叱られました」


 親に甘えていいんだと、この時初めて知った。


『語学の資格が取りたいなら教えてやる』


 そう言って教えてくれたけれど、今後のためにもバイトはどうしてもやりたかったから、それだけは譲らなかった。


「本当に、いろいろ取りました。語学に関してはお二人に感謝しています。もちろん、親になってくれたことも」


 だから、二人や家族が喜んでくれるような資格をたくさん取った。感情も含めて、いろいろなことを教えてくれたから。

 家族のために取った資格が、いつしか尊敬する二人を目標にするためのものになった。


「最初は、室長の仕事ぶりを見たくてこの会社に入りたかったんです。入ったら入ったで大変でしたけれど。それでも、いろんな人に……他の同期や智さんや真葵さん、周さんたちに出会うことができたのは、在沢室長の……父のおかげだと思いますから」


 手を止めて、ざっと画面を確認すると、ふっと息を吐く。


「話が長くなってしまいましたね。申し訳ありません」


 黙って聞いていた三人に謝罪すると内容を保存してからプリントアウトをし、それを智に渡す。


「添削をお願いします。違っていたらすぐに直しますから。あと、英文で綴りが違っているのがありました。色付けしてありますので、あとで確認してみてください」


 USBを抜き取り、それを智に返す。


「マジか?! あのヤロウ……何が『英文は得意です!』だ! 明日みっちりとっちめてやる!」


 私の指摘に鼻息が荒くなった智を宥める真葵。二人を眺めながらパソコンの電源を落としていると、周がポンポン、と軽く頭を叩く。


 「大丈夫ですから」と伝えると、周は優しい目をしながら「そうか」とだけ告げ、智たちをからかい始めた。




 今更、葎に会おうが葎の親や葎が何を言おうが、気にもしないし気にもならない。むしろ迷惑なだけだ。



 ――なぜならば私の中では既に終わったことだし、私の親は『在沢夫妻』だからだ。



 そしてこれだけは誇りを持って言える。私は『羽多野 圭』ではなく、『在沢 圭』なのだ、と。


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