2001年8月2日(木)

 実に、実に奇妙な、あまりにも奇妙な……。

 私は今日、長谷川くんの家に出かけた。

 工藤教諭が、長谷川くんと交際していないと言いはるのなら、長谷川くんのほうを崩そうと思ったのだ。


 長谷川くんの家に行き、インターホンを鳴らす。

 するとシャツとハーフパンツ姿の長谷川くんが出てきた。


「よう、袴田。ずいぶん久しぶりだな」


「あんな事件があったからね。……みんな、あんなに一緒だったのに、なかなか顔を合わせなくなっちゃって」


「仕方ねえよ。……御堂があんなことになっちまって……天ヶ瀬だって、きっと落ち込んでいるぜ……」


 長谷川くんは、憔悴しきっていた。

 おととい見たときは、雨の中だったから気が付かなかったけれど、いまや事件前とは別人のよう。


 げっそりと痩せて、肌にもまるでツヤがない。本当に疲れているみたい。

 そんな彼を問い詰めるのは気が引けたけれど、私は心を鬼にして尋ねてみようと思った。


「話があるの。ちょっといい?」


「ん。……ああ……じゃあ、ちょっと着替えてくる」


 長谷川くんはそう言って、いったん家の中に引っ込むと、しかし5分も経たないうちになぜか制服に着替えて出てきた。

 家の中から、長谷川くんのお母さんらしき声がなにか聞こえてきた。


「お母さん、大丈夫なの?」


「ああ、うん……。ああいう事件があったから、変に心配してんだよ、オレのこと。だから家の外に出るときは夏の補習だってごまかして出てるんだ」


「そういうこと……」


 まあ、それが普通の保護者でしょうね。

 息子が殺人事件の目撃者になれば、誰だって心配するわ。私のことをほぼ放任状態のうちの父がおかしいのよ。こんなこと言ったらまたキキラに怒られそうだけれど。

 とにかく、こうして私は長谷川くんを外に連れ出し、近所にある自販機の前まで移動して、いよいよ話題を切り出したのだけど。


「ところで長谷川くん。……あなた、おととい、どこで誰となにをしていたの?」


「なんだよ、藪から棒に。――おとといだって? なにをしてたかなあ……」


「当ててあげましょうか」


 私はさらりと言った。


「工藤先生と会っていた。……そうじゃないの?」


「…………」


「私、見たのよ。……あなたと工藤先生が、その――き、キスを、していたところを」


 キス、というところでどうしても顔が赤くなる。

 仕方ないじゃない。……経験、ないんだもの……。


 私のことはどうでもいい。長谷川くん。そう、彼の反応が大事。

 私の予想では、慌てるか驚くか、それとも「バレたか」なんて照れ笑いを浮かべるか、そのあたりだろうと思っていた。


 だけど、



「なんだ、そりゃ」


 意外な反応が返ってきた。


「桃ちゃん先生と? 俺が? あはははは、なにを言ってんだ、あはははは」


「じ、冗談じゃないのよ、長谷川くん。私、確かに見たんだもの。この家の近くで、あなたと先生が――」


「あはははは。バカ言ってんじゃねえよ。なんだってオレと桃ちゃん先生がキスなんてするんだ? 夢でも見たんじゃねえか? あはははは! あはははは! あはははは!!




 あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……!!」




 長谷川くんは、ずっと哄笑を続けていた。

 ……どういうこと? あのとき見たのは確かに長谷川くんと工藤教諭よ。

 工藤教諭だって、昨日はあんなに狼狽していたじゃない。反応としては充分だわ。それなのに……。


 本当に私は、夢でも見ていたのかしら?

 そんなことない。絶対にそんなことないわ。だけど、だけど……




 この事件は……。

 実に、実に奇妙な、あまりにも奇妙な……。

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