2001年7月17日(火)

 昼休み。

 いつもの5人でメシを食っていると、安愚楽がやってきて言った。


「地下室への入り口が、もうひとつあったかもしれないんだ」


 やつは、やや興奮気味に語った。

 曰く。――昨日俺たちが出向いたあの地下への階段は、学校の敷地の西側にあったわけだが、その反対、つまり学校の東側を、昨日の放課後によく調べてみたら、地下に向かっていく道らしきものがあったらしい。


「学校の東側って、雑木林になっているだろ? あの奥深くを、調べてみたら、人間が入っていけそうな穴があったんだよ。準備をしていなかったから、昨日は入り口だけでやめておいたけど……。さらに穴の奥まで進んだら、学校の地下に行けるかもしれない!」


「ただの穴じゃねえの?」


 長谷川はそう返した。俺も正直、そう思った。

 だけどメシを食ったあと、6人でその雑木林に行ってみると、もしかしたら……と思ったんだ。

 その穴は斜めに掘られていて、人間ひとりくらいは入っていけそうだ。しかも、穴の出入り口は、誰かが踏み固めたように、妙に硬い。


 冒険心が湧いてきた。

 子供のころ、近所の家と家の間とか、ビルのスキマとか、あっちこっちを冒険ごっこしていた気持ちが甦ってくる。


「どうだい、みんな。懐中電灯とかをちゃんと用意してさ、この穴の奥を、ちょっと冒険してみないかい?」


「マジで? 安愚楽、オメー、マジで言ってんの? こんなきったなそうな穴の中を?」


 長谷川はぶーぶー文句を垂れた。

 そんなヤツとは対照的にみなもは乗り気で、


「いいじゃない。なんだか楽しそうよ。私、こういうのやってみたかったの」


 なんて言い出した。

 俺も、みなもと同意見だった。

 この穴、もしかしたらただの穴かもしれない。というか十中八九そうだろう。


 ただ俺は、なんていうか久しぶりに、冒険がしたかった。

 それもこのメンバーで、探検をやってみたかったんだ。中になにもなくてもいい。

 そんときゃ、またみんなで笑いながら、学校裏の砂浜で、思い切り遊べばいいだけさ。


 俺とみなもが、安愚楽に賛同したことで、なんとなく場の空気は冒険って感じになった。

 若菜は気が進まない様子ながらも「佑ちゃんが行くなら、行ってもいいけど」って言いだすし、長谷川も「まあみんなが言うなら……」と賛成する。

 キキラは――最初から最後までずっと無言だったんだけど、しまいには、


「……みなもっちも若菜も行くなら、ウチも行くよ」


 と、しぶしぶって感じで言い出した。


 そんなわけで冒険が決定した。

 明日の放課後に、みんなで穴の中に突入ってことになったんだ。




 ところで穴から離れたあと、帰るときに、高校の裏にある砂浜に寄った。

 ここは本当に、不思議なくらい人がやってこない。だからいつも、俺たちだけの独占状態だ。

 まだ昼休みの残りもあったんで、高校の体育倉庫からバレーボールをひとつ取ってきて、3対3のビーチバレーをやった。

 11点マッチ。ルールはかなり適当に。


 グーパーでチーム分けして、最初は俺とキキラとみなも、安愚楽と長谷川と若菜って感じで分かれたんで、長谷川が、


「オメーハーレムかよぉ!」


 と、俺を睨み、


「両手に花ね、天ヶ瀬くん」


 と、みなももクスクス笑った。


「キレイどころふたりやねー」


 ってキキラもニヤニヤしていた。

 最近、いつもちょっとツマらなそうにしていたキキラだけど、バレーが始まったら楽しそうだったのはよかった!

 勝負は11-7で負けちまったけど……。


「次こそオレがハーレムじゃボケ!」


 鼻息も荒い長谷川を横目に、俺らはまたグーパーした。

 その結果、チーム分けは。




 俺、安愚楽、長谷川


 VS


 若菜、みなも、キキラ




 という男女対決。

 む、むさくるしいチーム分けだな、おい!


「なんでこうなるんじゃアホ!」


「こっちのセリフだクソが!」


「まあまあ……」


 長谷川と俺は睨み合い、安愚楽がたしなめてくる。

 そんな俺らを見て女子たちはケラケラ笑った。勝負は体力にものを言わせて俺ら男子チームが11-5で勝利!


 で、最後は――俺、若菜、みなも。長谷川、安愚楽、キキラのチームで分かれた。

 長谷川は最後までハーレムチームにならなかった。ザンネンだったな!(笑)


 最後の勝負は11-9。接戦で俺らの勝ち!

 俺と若菜とみなもは、高々にハイタッチを交わし、そこでバレー部顧問で、かつ体育教師の松下先生が「勝手にボールを使ってるのは誰だ!」とやってきて叱られたので、ビーチバレーはそこで終わった。


 夏空が、どこまでも澄み渡っていた。

 キラキラと輝く海も綺麗で、松下先生に怒鳴られていることなど、ハッキリ言ってどうでもよかった。俺はとても満足だった。




 教室に戻る途中は、ビーチバレーの話題と、松下先生への悪口でずいぶん盛り上がった。「あのハゲ」だの「イバってる」だの。先生はなにも悪いことしてないんだけどな(笑) まあ毒舌の主は、おもにキキラと長谷川なんだが。

 それにしても盛り上がったバレーだった。こういう時間が毎日続けば本当にサイコーだと思う。


「そういえば明日の冒険さ、あの穴の中がどうなってるか分からねえじゃん。だからさ、集合場所を決めとこうぜ」


 俺はふいに、そういうことを言った。


「もし穴の中で、俺たち仲間同士が離れ離れになっちまったら、あの砂浜にまた集合しよう」


 こういうことは決めておいたほうがいいと思った。

 穴の中が、そんなに広いかどうか分からないけどさ。

 みんなは笑いながら、OKだと言ってくれた。


 若菜も、にこにこ顔でうなずいていた。

 その笑顔がとても愛らしかったもんだから、俺はずっとドキドキしていた。

 この笑顔を、ずっと俺だけのものにしていたい。……ワガママかな……?




 その日の放課後。

 若菜は、みなもとふたりで図書館に行くらしい。

 キキラと長谷川は別の用事があるから帰宅するとか。


「佑ちゃんはどうする? ……来る?」


 って聞かれたんだけど、俺はこの日、たまたま用事があった。

 食料の買い出しだ。うちは母子家庭で、それも母親が仕事が忙しいので、家事の一部は俺がしないといけない。


「悪い、今日は買い出しに行かないといけねえんだ」


「あ、そっか。ごめんね、気付かなくて。……わたしも行こうか?」


「いやいや、いいって。別に大した量じゃねえし。みなもとふたりで行ってこいよ」


 と、俺は手を振りながら言ったが、内心は残念だった。

 せっかく若菜が誘ってくれたのに。まあみなもがいるんじゃ、どっちみち二人きりじゃないけれど、それでも無念は無念だ。


 だから、俺は続けて言った。


「――その分、夏休みになったらいっぱい遊ぼうぜ!」


 すると、若菜はぱっと笑みを浮かべて、


「うん、そうだね。……佑ちゃん! 夏休み、いっぱい楽しもうね!!」


「ああ、ふたりでめちゃくちゃ楽しもう!」


 こっそり、ふたりで、と付け加えた。

 それとなく、俺の気持ちを込めたつもりだったけど、


「うん、遊ぼうね!」


 若菜はそれだけしか言わなかった。……伝わらなかったのかな。

 やっぱりこういうことは、ちゃんと言わないとダメだな。


 夏休み。

 俺は必ず若菜ともっと仲良くなり、そして告白してみせる。


 とはいえ、なにはともあれ、まずは明日だ。

 穴の中の冒険、すげえ楽しみだぜ。


「じゃ、また明日な!」


「うん、また明日! じゃーねー」


 若菜は可愛く手を振った。

 俺も手を振って、そこで別れた。




 その後、買い出しを終えて、晩飯を自分で作って食って、家に帰ってきた母親を出迎えてから風呂に入って、いまこの日記を書いているってわけだ。


 今日は本当に良い1日だった。

 明日もきっと楽しい日だろう。

 穴の冒険も夏休みも、待ち遠しいぜ!!

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