第168話 殺してやりたい衝動

 ようやく巨木の根元に到着したカジたちは周囲を見渡してため息を吐いた。辺りに漂う焦げ臭い空気にむせそうになる。


「一体どんな術を使ったらこんな光景ができあがるんだろ」

「考えられるのは、あの男……」

「ハワドマン……か」


 かつてカジがハワドマンと対峙したときも、彼は圧倒的な魔力量で術を発動させ、その威力を見せつけた。あのときはギルダが現れなかったら危なかったが、今回彼はいない。あのユーリングですら敗れてしまったのだから、闇外科医を倒すには一筋縄ではいくまい。


「少しリスクはあるが、手分けしてアルティナを探そう。俺とティーは一人ずつ分かれて、シェナミィはロベルトに守ってもらえ」

「とりあえず30分経ったらここに集合しようか」

「これだけ派手に戦闘が起きたのなら王国軍は戦力を立て直すためにしばらく動けないとは思うが、まだ近くに敵がいるかもしれないから気を付けろよ」


 こうしてカジたちは三つのグループに分かれ、アルティナの捜索を始めた。




     * * *


 カジの足元に転がっていたのは、機械の部品。


「これは……ザンバ?」


 過去にザンバと戦ったとき、自分は動力コアを外して機能停止させ、どうにか勝利を収めた。カジとシェナミィ、それからギルダの三対一であれだけ苦戦したのにこんな風にやられてしまうなんて、余程激しい戦闘が行われたのだろう。


「今はこいつに構っている暇はないか……」


 ザンバの装甲は爆発でバラバラに吹き飛んでおり、内部に描かれていた術式も不明だ。これなら王国軍に回収されても読み取られることはないだろう。


 カジは踵を返し、再びアルティナを探して歩き始めた。




     * * *


 一方、シェナミィとロベルトは探索した先で、奇妙なものに遭遇していた。


「しっ、伏せて!」

「ムゴッ……」

「何かがこっちに近づいてくる!」


 崩れた建造物の上を歩いていたとき、突然シェナミィはロベルトを瓦礫の隙間に押し込み、咄嗟に隠れた。息を殺して身を潜めていると、バキリバキリと瓦礫を踏む大きな足音がすぐ横を通過していく。


「オ……オデは誰? ここはドコ?」


 シェナミィたちが瓦礫の隙間から見たのは、灰色の大きな巨漢鬼トロル。その姿はダイロンによく似ている。

 しかし花崗岩のような肌は所々が木化しており、頭頂部や眼球が消失して花が生えている。その異様さがシェナミィたちの恐怖を増幅させた。


「まさか、あれはダイロン? だけど様子が……」


 一体彼に何が起きたのか。

 ギルダと一緒に街を襲ったときのような陽気さは消え、呆然と徘徊している。

 ロベルトはシェナミィを守るように抱き締めながら、ダイロンが通過するのを待った。


「あんなもの、今は関わらない方がいい」

「そうだね……」


 明らかに以前より危険な感じがする。見つかったら何をされるか分かったものではない。

 ダイロンが遠くまで離れたのを見届けると、シェナミィたちは再びアルティナを探し始めた。




     * * *


 またその一方で、運河沿いを歩いていたクリスティーナはハッと目を見開いた。その先には倒れている人影。彼女は急いで歩み寄り、その正体を確認する。


「ユーリング!」


 かつてクリスティーナの貞操を汚し、この事態を引き起こした男。

 彼は微かに呼吸をしており、薄く目を開けた。


「ああ、金髪の雌猿か……」

「生きていたのか」


 ユーリングは眼球だけを動かして彼女の姿を認めると、夕焼け混じりの曇り空へ視線を移す。


「交尾の快感が忘れられなくて僕を探しに来たのか?」

「黙れ! その減らず口、二度と叩けないようにしてやろうか!」


 怒りのあまり彼女は長剣を抜いていた。馬乗りになってユーリングの喉元に刃を押し付け、鬼のような剣幕で迫る。

 彼の顔を見ていると、かつて彼と積極的に体を繋げていた自分を思い出す。今振り返ると、あのとき彼が浮かべていた笑みは全て嘲笑だった。それに気付かず満足していた自分も恥ずかしい。


「どうした? 殺さないのか? それともあの交尾の余韻に浸っていたいか?」

「生憎、恋のパートナーには困っていない」

「だが、あのとき感じていた快楽は本物だろう? 恋よりも獣のような交尾の方が君に似合っているさ」


 ユーリングの挑発がクリスティーナをさらに苛立たせる。

 殺してやりたい衝動に駆られながらも、なぜか剣を押し込む腕は躊躇していた。


 そうだ。

 早くアルティナを探さないと。


「アルティナはどこだ?」

「さあ、知らないよ。戦いの最中、どこかに吹き飛んでいった」


 彼の話が事実ならば、これ以上アルティナの行方を聞き出すことは厳しそうだ。

 クリスティーナは話題を切り上げ、この場所で何か起きていたのか尋問を方針転換する。


「貴様はここで何と戦っていたんだ?」

「それは君のような王家の人間の方が詳しいんじゃないのかい?」

「私の方が詳しい? どういう意味だ? ハワドマンのことを言っているのか?」

「ハワドマン? へぇ、アイツ、今はそう名乗っているのか」

?」


 どうも会話が釈然としない。

 どこかで認識がズレているような感じがする。

 首を傾げるクリスティーナをユーリングは鼻で笑い、血だらけの手で彼女の首を掴んだ。


「なら、教えてあげるよ。僕が何を見たのか。何を感じたのか。この身を焦がすほどの憎悪が、どうして生まれたのか」


 ユーリングは近くに転がっていた魔槍の破片を掴み取ると、それを跨るクリスティーナへ力一杯に押し付けた。魔槍に組み込まれた宝玉が紫の閃光を発し、彼女の視界が奪われる。


 確か、これは記憶操作術の光だ。

 また記憶を奪われて体を操られるのか。


「しまっ……」


 そこでクリスティーナの意識は途絶えた。

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