第170話 憎悪の根源

「……い……おい! 大丈夫か! ティー!」


 激しく肩を揺さぶられ、誰かが何度も自分を呼んでいる。やや頭痛を感じながら目を開けると、カジが息のかかるほどの距離で自分を見つめていた。


「集合時間になっても来ないから探しに来たら、ユーリングの隣に倒れていたんだ」

「そうか……ユーリングは?」

「そこで意識を失っている。魔力を使い果たしたんだろう」


 カジの背後で眠るユーリングの姿は疲れているのか顔色が悪く、死んでいるのかと勘違いしてしまいそうなほどだ。


「無事か、ティー? 痛むところはないか?」

「ああ。特に変なところはないな……」

「俺のことは分かるか?」

「カジ。私の夫」

「正解」


 クリスティーナが眠っている間に時間が経ち、日が落ちていた。

 彼女は半身をゆっくり起こして体を眺めたが傷はなく、記憶もハッキリしている。

 彼女に何か妙な魔術をかけられたのではないかと心配していたが、そんな様子もなく、カジは胸を撫で下ろす。


 そのとき、周囲の瓦礫の陰からぞろぞろと黒外套を着た不気味な者たちが現れる。フードの隙間から微かに見えた彼らの瞳は赤く、肌も白い。


「魔族の精鋭部隊か……」


 その正体は隠密行動に特化した装備を身に纏った魔族たちだ。彼らは倒れているユーリングを取り囲み、彼を手錠で拘束した。


「こいつの身柄は我々が預かる。殺人容疑と魔王の誘拐容疑で逮捕命令が出ているからな」

「そうか……」

「そちらには引き続きアルティナ様の捜索を頼みたい」

「承知した」


 荒っぽい動きでユーリングを担ぐと、彼らは夜の闇の中へ消えていった。


「ところで、ユーリングに変なことをされなかったか?」

「アイツ、私に自分の記憶を見せてきた。ユーリングが人間族を恨むようになった理由というか、ヤツの根っこの部分だ。過去の出来事をこの身で体験した気分だよ」

「どんな体験をしたんだ?」

「結婚式の前夜に、婚約者を王国軍に実験体として連れ去られる――っていう場面だ。他人の記憶と分かっていても、あれはなかなか耐え難いものだったな……」


 肉体も視点も重なっていただけに、クリスティーナの感じたショックは相当なものだった。婚約者を守れなかった無力さや、理不尽な王国に対する憤怒が胸の奥から溢れてくる。彼女は苦しさから自分の胸を押えつけた。


「アイツは私と同じだ。復讐に取りつかれた亡者だ。しかもアイツにあんな酷いことをしたのは、私の先祖……恨まれて当然か。もちろんこの命を易々とヤツに渡すつもりもないが、ヤツの渇きはそう簡単に癒えないだろう」


 ナターシャという女性、あれからどうなったのだろう。

 クリスティーナにはそれが気がかりだった。バルザノフに連れ去られ、その後の展開は分からない。森人族の実験体として使うようだったが。


「とりあえずアルティナを探すか」

「そうだな」


 カジは彼女の手を取り、立ち上がるのを手伝う。慣れない体験をしたせいか、彼女の体はふらついていた。


「早いところ見つけないと、一週間後に控えた俺たちの結婚式に間に合わなくなる」

「ぶっ、ええっ! もう結婚式の日取りを決めていたのか!」

「……すまん、本当に記憶を操作されてないのか気になって、カマをかけただけだ」

「何だ。喜んで損した」

「……ごめん」


 するとクリスティーナは顔をしかめながら、カジの腕に抱き付いた。


「そんなに私のことが心配なら、ずっとくっついていろよな」

「うん、そうだな。一緒にいるか」


 クリスティーナはカジの肩に寄りかかり、頬を擦り付ける。

 アルティナを探す効率を考えれば手分けをした方が良いのだが、危険と遭遇したときのことを考えるとやはり一緒に行動した方が良いだろう。


「それにしても、結婚式か……」


 クリスティーナは急に切なそうに呟いた。


「どうした?」

「いや、アイツもこんな風に結婚式を楽しみにしていたんだろうな、って思うと少し悲しくなってな」

「ユーリングのことか……」

「ナターシャっていう恋人と、楽しそうに話してた。結局彼女はバルザノフに連れ去られて、行方不明になったみたいだが……」

「アイツはそのときにバルザノフと会ったのか」


 初代国王バルザノフ・エルケスト。かつてユーリングは「彼らからコケにされた」と話していたが、婚約者を連れ去られたときのことを言っていたのだろう。


「アルティナの行方については何か分かったか?」

「俺も分かってない。シェナミィたちも必死に探しているが、どこに行ったんだか……」

「ユーリングは『どこかに吹き飛んだ』と言っていた。生死についても分からないようだった」

「俺とシェナミィたちで街の中心地と内陸側は探した。瓦礫に埋もれて分からなかった可能性はあるが……」

「いや、分かるさ」

「どうして?」

「アイツの近くにいると、どうも魔力が自由に動かなくなる」

「なるほど、それがマクスウェルの言っていた魔力遠隔操作能力ってヤツだな」


 前々からクリスティーナはアルティナに近づくだけで自身の魔力に異常を感じていた。まるで心臓を掴まれたかのように魔力を動かせなくなる。アルティナの領域は広く、近くにいればすぐに気付けるはずだ。


「あ、そうだ……」


 クリスティーナは近くの運河を指差し、カジを引っ張っていく。


「カジ、この運河に落ちた可能性はないか?」

「確かに、そこはまだ探してないな」

「運河に落ちたなら、流れに従って海の方へ流れていく。もしかすると近くの岸に流れ着いているかもしれん」

「そうだな」


 こうして一同は市街地を離れ、海側へ向かった。

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