第124話 やってきた親父

 ハワドマンと戦った前回と同様に、ギルダの意識は完全に乗っ取られているようだ。

 カジはゆっくりと彼に近づいてみた。「シェナミィ、シェナミィ」と独り言を呟き、彼女にかなり執着していることが分かる。


「確かに、シェナミィならこの家にいる。彼女に何の用だ?」

「私は、シェナミィに会いたい……彼女を守らなければ……」


 正直、カジは彼をシェナミィに会わせたくはなかった。彼の正体は彼女の父親であるとはいえ、その器は得体の知れない技術で作られた刀であり、シェナミィと会わせたときに何が起こるか想像もつかない。それに加え、外見はそのままギルダであるため、クリスティーナと鉢合せてしまったら面倒なことになりかねない。


「もし俺が『引き返せ』と言ったら?」

「引き返さない。貴様を殺してでも、シェナミィに会いに行く」

「そうか……」


 不死身の肉体が相手では、カジも勝つ方法が思いつかない。不本意だが、ここは彼の要求を受け入れるしかなさそうだ。


「……いいだろう。だが手荒な真似はするな」

「それは貴様の言動次第だ」


 仕方なくカジは門を開け、彼を邸内に迎え入れた。変に刺激して家を破壊されても困る。もしクリスティーナと鉢合せたら、どうにか諭すしかない。


「一応、お前の名を聞いてもいいか?」

「分からない……」

「記憶を失っているのか?」

「名前も、生い立ちも、何も思い出せない」

「それなのになぜシェナミィを守ろうとする?」

「守らなければ、いけない。守り通すことが、使命である……」


 自分がまだ何者であるのかまでは思い出せていないらしいが、シェナミィのことだけは認識できているようだ。


「先程、お前は『一応名を聞いておく』と言ったな。私の過去を知っているのか?」

「ああ。知っている。お前の名前も、なぜシェナミィを守ろうとしているのかもな」


 そんな会話をしているうちに、二人は階段を上り、シェナミィの眠る寝室の前に辿り着いた。


「シェナミィはこの部屋で眠っている」

「見ていいか?」

「ああ。手を出せば、すぐ止めに入るからな」


 カジは音を立てぬよう扉を開け、ベッドに横たわるシェナミィを見せた。疲れていたのか、クリスティーナと共にぐっすりと眠っている。


「あぁ、シェナミィ……」


 その瞬間、刀から漏れ出す魔力がより一層強くなるのをカジは感じた。刀に自我が芽生え、確実に記憶を取り戻しつつある。


「満足したか?」

「よく眠っている……この場所に安心しているのだろうな」

「そうかもな……」


 シェナミィの睡眠を邪魔しないよう、カジはそっと扉を閉めた。


「そろそろ教えて欲しい。私の過去を……」


 事実を本当に話してよいものか、カジは迷った。

 彼はカジとの戦いに敗北し、捕虜になるため投降してきた。しかし彼を待ち受けていたのは、妖刀を作るための蠱毒。彼は生贄となり、その魂は刀身へ閉じ込められてしまった。

 この事実を思い出したら、彼は一体何を思うのだろうか。


「どうした、早く教えてくれないか」

「少し、迷っているんだ。どう伝えたらいいか」


 もちろんカジも実験に使うつもりではなかった。初めて参加した大規模な戦争。自分と同じく仲間や国のために動く戦士として、捕虜として丁重に扱う気概に満ちていたはずだった。結果どうにか王国軍をある程度まで撤退させたものの、ずっと後味の悪さを引き摺っていた。


 カジは視線を落とし、腰の藍燕を見つめる。

 この魔剣のために一体どれだけの人間族が犠牲になり、彼にどれだけの恐怖を植え付けたのだろう。


「お前は……シェナミィの父親なんだ」

「父親……?」

「こんな場所で立ち話するのもアレだ。向こうでゆっくり話そう」





     * * *


 それからカジたちは食堂でテーブル越しに向かい合い、自分の知る限りの情報を藍燕に全て話した。


「なるほどな……」


 藍燕に意識を乗っ取られたギルダは静かに頷き、カジが話し終わるまで何も喋らなかった。

 持っている記憶の断片と話の内容を、自分の中でじっくり照合させているのだろう。


「ところで、今お前は何をやっているんだ?」

「あれから軍を引退して魔王になったが、それも引退して、今は隠居になったよ。昔の上司から頼まれ事を引き受けたりはするけどな」

「そんなお前が、どうしてシェナミィと出会った?」

「国境周辺の森を警備していたら偶然アイツがそこにいたんだよ。たった一人で寂しそうだったな」

「そうか……確かアイツは故郷に頼れる友人が少なかったような気がする。いつも家の中で遊んでいて……」

「過去を思い出してきたか?」

「少しはな」


 順調に会話が進行していることにカジはホッとしつつも、記憶が戻ることに恐怖を感じていた。当時の憤怒や憎悪が蘇り、自分を襲ってくるのではないか、と。


「それより今、魔王軍は私と同じ刀をもう一本作ろうとしているのか?」

「は? 何の話だ?」

「ここに来る途中、お前が話した魔剣の実験と似たような光景を見た。多くの人間族が一つの檻に閉じ込められ、周りをこの男が雇った魔族の傭兵が監視している」

「そんな馬鹿な! 俺やマクスウェルのところには何の情報も――!」


 そこでカジはハッとした。ギルダが独自に極秘で藍燕をもう一本作ろうとしているのではないか、と。

 刀が思い通りに動かなくなり、逆に自分が操られてしまう状況にギルダは辟易としたはず。そのような行動に出ても不思議ではない。カジは目の前にいる操られたギルダを睨んだ。


「その場所は分かるか?」

「ここから西にある山を越えた森林地帯の奥地。寂れた建物の中だ」

「まずいな……」


 その場所と言えば、魔王軍の旧魔術開発研究所の跡地だ。移設する際に多くの研究設備は持ち運んだはずだが、まだ一部は取り残されている。

 ギルダがその場所に足を運んだとなると、残っている設備を利用して藍燕を作る儀式を行っている可能性が高い。


「おそらく、お前が見たのは蠱毒の儀式だ。お前と同じ刀をもう一本作ろうとしているんだろう」


 そのとき、食堂の扉が勢いよく開いてシェナミィが飛び込んできた。目を見開き、カジの近くまで駆け寄る。


「その話、本当なの?」


 突然のシェナミィの乱入にも、カジの表情は冷静だ。

 途中から食堂の外にシェナミィの気配が留まっていることに、カジは気付いていた。目が覚めて、部屋の明かりが気になって覗いていたのだろう。シェナミィが自分を問い詰めてくることも、何となく予想できていた。


「絶対に、そんなこと止めさせて!」

「だが、周りには魔族の警備がいるという話だろ? そいつらをどうにかできなければ、安全に逃がすことはできない」

「ギルダの体を乗っ取った状態で『その人たちを解放しろ』って言えば終わる話じゃないの?」

「いいや。周囲を監視しているのは魔族だ。ギルダを乗っ取っていれば、魔力の流れを読み取られてすぐに怪しまれる。そもそも刀を作りたがっていた本人から中断を告げるのは、どう考えてもおかしい」

「そ、そうかもしれないけど、このままじゃ多くの人が犠牲に……!」


 このときシェナミィは冷や汗をかいていた。あの悲劇が繰り返されようとしていることに、尋常でないほど焦っていることが分かる。


「カジ、どうにかできないの?」

「分からない……」

「でも、警備しているのは傭兵なんでしょ? 正規軍の後ろ楯がないなら、マクスウェルさんの助けだって受けられるかも――」

「問題なのは、正規軍の支援なしに、どうしてあんな複雑極まりない儀式を始められたのか、ということだ。ギルダやヤツの部下がこんな高度な魔剣を作れるはずがないからな」

「え、それじゃあどうやってギルダは二本目を作るつもりなの?」


 あの技術を持つ者は一人しかいない。

 カジは目を閉じて一呼吸置き、考えられる最悪の可能性を告げた。


「ユーリング・アスタルフォンヌ」

「え、誰それ?」

「魔族にあらゆる魔力技術を提供してきた森人エルフの奇才研究者だ。藍燕を再び作るには、ヤツの協力が欠かせない」

「そいつがギルダに協力してる、ってこと?」

「ああ。ヤツは誰よりも人間族を憎んでいて、敵に回すとアルティナ以上に厄介かもしれん」

「現魔王以上にマズイ相手って……?」

「魔術に関する知識の量が尋常じゃない。それ故、人間族相手にどんな手段を使うか想像もつかん。ヤツの実験の犠牲になった人間族の数は計り知れないからな」


 カジが魔王の職に就いていた時代、何度かユーリングと面会した記憶がある。不気味で何を考えているか分からない男――それが彼の第一印象だった。背筋が凍るような発明を繰り返す故、敵に回さないよう慎重に振舞った過去がある。

 そんなユーリングとの全面対決は、どうしても避けたかった。


「私、カジが止めても、捕まっている人たちを助けに行くからね!」

「下手したら、死ぬだけじゃ済まされないぞ! お前も魂を封印されて、何かの武器に――」

「私やお父さんが感じてきた苦しみを、誰かに味わって欲しくないの! こんなに寂しくて辛い思いを、誰かにさせたくないから……!」


 シェナミィの悲痛な叫びに、カジは言葉を詰まらせた。自分が何を言ったところで彼女を行かないよう説得することはできないだろう。家族を失った当事者の言葉は、それだけ重みがあった。


「行こう、お父さん!」


 カジが狼狽えている間に、シェナミィはギルダの手を引っ張り、家の外へ走り出す。二人は夜の住宅街を走り、雑踏の中に消えた。


「ダメだ、シェナミィ。ユーリングはそんなに甘いヤツじゃない……」


 開けっ放しになった扉を見つめながら、カジは呟いた。

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