第112話 思わぬ助太刀
カジとハワドマンが戦闘を始めた頃、その戦地から遠ざかる人影があった。
「あぁーあ! オデ、アイツを孕ませたかっただぁ!」
「止めておけ。今行ったら、面倒くさいことになるぞ?」
ギルダとダイロン――彼らはハワドマンから逃げるように、森林奥のアジトに向かって歩いていた。
遠くから感じる魔力の乱れからして、カジとクリスティーナが精霊紋章移植者との戦闘に入ったらしい。
カジも馬鹿なヤツだな、とギルダは一人嘲笑した。人間族の女など、見捨てて逃げればいいものを……。あんな化け物のような魔力量を持つ敵と正面から戦う気が知れない。
「今度こそ、カジもあの女も終わりか……」
そのとき、ギルダの足は急にそこから動かなくなった。
「何だ、これは……!」
まるで何者かに足を掴まれているような感覚に、尋常でない量の冷や汗が出てくる。掴まれている、といっても、そこにはギルダとダイロン以外に誰もいない。
「どうしただあ、ギルダ?」
「藍燕が――!」
ギルダの目には、腰の刀――藍燕から大量の魔力が溢れているのが分かった。無数の腕が伸びているかのように、魔力がギルダを何重にも押さえつけ、持ち主を操ろうとする。
「急にどうしたんだ、こいつ!」
いつも「目の前の敵を斬れ」と訴えかけてくるだけの剣が、普段の何倍もの魔力を放出し、自分をどこかへ向かわせようとする。ギルダは持ち前の精神力でそれに対抗しようとするも、あっという間に魔力に飲み込まれ、意識は闇に飲まれた。
「な、何があっただぁ、ギルダ?」
「ダイロン、お前はここで待機していろ」
ダイロンの問いかけに、ギルダではない何者かが返事をする。まるで、憑かれたかのように、顔つきも変化していた。
「ギルダ? 何かいつもと雰囲気違うだあ」
「私には、やらなければならないことがある」
すると、ギルダはダイロンをその場に残し、木の陰にふらりと消えた。
* * *
そして、ハワドマンがシェナミィの姿を認めた頃、カジたちとハワドマンの戦いに、大きな転機が訪れようとしていた。
カジとシェナミィがハワドマンの背後に見たのは、ゆらりと歩くギルダの姿。愛刀を抜き、ハワドマンに斬りかかろうとしているのが分かった。
ギルダの性格上、クリスティーナや自分の援護に回るような真似はしないヤツだが、相手が相手だけに協力する方が得だと考えたのだろうか。
カジはギルダの存在に気付かない振りをして、ハワドマンの前に構え続ける。クリスティーナもかなり驚いた表情で、ギルダの登場を凝視していた。
「どうしました、皆さん? 急に黙り込みましたね――ん?」
彼が気付いたときにはもう遅く、刀が振り下ろされている最中だった。一瞬、結界による防御が間に合わず、ハワドマンの腕に血が流れる。これが、この戦闘でハワドマンが初めて受けた傷だった。
「だっ、誰ですか! あなたは!」
「シェナミィから離れろ」
ギルダはハワドマンの質問に答えることもなく、ひたすら刀を振り続ける。結界に刀を弾かれても、魔術を浴びても、不死身の肉体を武器にギルダはハワドマンに距離を詰めようとする。
「くっ! どうなってるんですか、あなたの体は!」
「シェナミィを、殺させはしない」
しかし、カジはギルダの言葉に違和感を覚えていた。なぜ彼がシェナミィを守るような発言をするのか。
「ギルダ……いや、まさかお前は――」
今のギルダに憑いている者の正体に、心当たりはある。
しかし、カジに深く考え込んでいる余裕などなかった。ギルダがハワドマンの注意を惹いている今、絶好の反撃機会が転がっている。ハワドマンがギルダに魔術を仕掛けると同時に走り出し、がら空きになった脇腹に拳で抉り込むような一撃を放った。
「うぐおおおおおおっ!?」
「好き勝手してくれた礼だ!」
ハワドマンは豪快に吹き飛び、木の枝にぶつかって地面へ激突する。その威力に、ハワドマンは吐血した。
「お、おのれ……!」
「私もいるんだよっ!」
さらに吹き飛んだ先に待ち構えていたクリスティーナが、立ち上がったハワドマンの背中に斬り込む。肩から腰まで走る大きな傷。すでに体力の限界を超えていたクリスティーナの出せる、渾身の一撃だった。
「がはっ……!」
「ようやく、一太刀浴びせたぞ……ウラリネ!」
脇腹の背中から同時に来る激痛に、ハワドマンはよろよろと走って逃げようとする。
これは、さすがにまずい!
今すぐ逃げなければ!
「まだだ……まだ終わってたまるかああああっ!」
直後、ハワドマンは魔術で熱風と閃光を放ち、カジたちの目を眩ませる。
「チッ、こいつ、まだこんなに魔力が……!」
気が付くと、彼は周囲から姿を消していた。普通のギフテッドなら、先程の攻撃で致命傷になっていてもおかしくない。そんな状態で戦うのはさすがに不利だと判断したのだろう。カジにはハワドマンらしき強大な気配が高速で遠ざかっていくのが感じ取れた。
「消えた? 逃げたのか?」
「ああ。そうらしい」
カジたちは互いの顔を見合わせた。皆、ボロボロで、戦いを続行できるような状態ではない。どうにかハワドマンを撤退させたことに安堵し、カジとクリスティーナは傷ついた互いの体を支え合う。
「カジ、お前が生きてて良かった……」
「お前もな……」
そのとき――。
「俺を……俺を……操るんじゃねえ!」
ハワドマンを撤退させたのも束の間、今度はギルダが刀を強く握り、何もない空間へ振って暴れ出す。まるで、そこに見えない敵がいるかのように。
「何をしているのだ、ギルダは……?」
「分からない。だが、一旦ここは離れた方が良さそうだ」
「あぁ、そうだな……」
気味の悪い言動に、カジはあまりギルダへ近づきたくなかった。クリスティーナの抱いていた復讐心も失せるほどに奇異。ここにいる全員、彼に何が起きているのか正確に把握することはできなかった。
「あの顔……お父さん?」
そんな中、シェナミィにはギルダの顔が自分の父親のように見えた。ただ、それは一瞬の出来事で、すぐにギルダの顔に戻っていたが。
「ほらっ、シェナミィ! 早く行くぞ!」
「う、うん……」
今のは気のせいだろうか。
シェナミィはカジに促されるまま、その場を後にした。
「俺から離れやがれえええええっ!」
しばらく、ギルダの咆哮が森林に轟き続けていた。
* * *
その頃、ハワドマンは自分のキャンプに戻っていた。コートとシルクハットは血と泥でグチャグチャ。自分自身に治癒魔術を施しながら、テントに駆け込み、ベッドにドサリと倒れ込む。
「ああっ! さすがに、殺されるかと思った……!」
ハワドマンは久々に死の恐怖を感じていた。
カジ、ギルダ、クリスティーナ――実力ある戦士を三人同時に相手をするのは、さすがに難しい。
「今度こそ、あの紋章を……! イヒッ! ヒヒヒヒヒィッ!」
シェナミィの精霊紋章が欲しい――現物を再び眺め、高まったその渇望に、ハワドマンの理性は少しずつ消え始めていた。
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