第114話 本気になれない恋愛

 ハワドマンとの壮絶な戦闘の後、カジたちはゴーレムに乗って森林地帯を移動していた。日が傾き、もう少しで夜になろうとしている。

 ハワドマンとの戦闘による疲労と傷の痛みで、しばらく誰も言葉を発さなかったが、それも徐々に薄れてきた。


「あのときのギルダ……何か変でしたね」


 動揺や不安を会話で紛らわしたい。

 そんな思いからシェナミィはポツリと呟き、静寂を断ち切った。


「同感だな。アイツが私を助けるために駆けつけるとは到底思えん」


 クリスティーナも彼女の言葉に頷く。いくらハワドマンが危険だからといって、ギルダが憎んでいる相手と共闘するなんて考えられない。


「それに、アイツの剣術……どこか違和感があった」

「やっぱり、お前もそれを感じていたか?」

「ああ……」


 クリスティーナにもカジにも、ギルダの剣術がいつもと違うことは分かっていた。普段は野蛮で大胆な剣術だが、今回はどこか繊細で、王国の騎士団がよく使う流派に似ていたような気がする。あのときの彼は、ギルダの皮を被った他人だったのではないかと思えるほどだ。


「まさか、あんなヤツに助けられるなんてな。アイツへの復讐の目指して戦ってきたつもりだが、今回はヤツがいなければ本当に危なかった」

「まあ、見た限り、ヤツもお前を助けることになるなんて不本意だっただろうがな」


 カジもその会話に加わり始める。

 ギルダや刀から溢れる魔力の様子からして、彼本人の意志で助太刀に入ったとは思えない。刀に操られて嫌々戦いに介入したと考えるのが妥当だ。


 そのとき、シェナミィは先程のギルダを見たときから思っていた疑問を、弱々しい声で口に出した。


「ねぇ、カジ……ギルダを操っていたのは、私のお父さんなの?」


 彼女の質問に、カジの動きが一瞬止まった。クリスティーナも彼女の言葉に驚き、思わず後部座席へ振り返る。


「シェナミィの父上が? どういうことなのか説明してくれ!」

「カジが前に言ってたんです。ギルダの魔剣には蠱毒の生け贄になった魂が宿っている、って」

「そんな刀が……」


 シェナミィとクリスティーナの視線がカジに向けられ、いよいよ話さなければならなくなった。

 シェナミィの父を捕らえ、結果的に生け贄にしてしまったのはカジであり、あまり触れたくない話題ではあったが、恐る恐る口を開く。


「俺の勝手な推測だが、ギルダはお前の父さんに操られていたと思う」


 カジの答えに、「やっぱりそうなんだ」とシェナミィは俯いた。あんな姿になっても、まだ自分を助けようとしてくれる父が愛おしい。


「でも、どうして急に……? 前にギルダと会ったときは、本当に殺されそうになったけど……」

「ああなった理由までは分からん。ギルダもあんな風に操られることを知っていたら、その対策をしていたはずだが」


 カジもあの刀については、分からないことの方が多かった。戦時中、あれを作ったのは魔族とは別の種族であり、その詳細な製造方法までは知らない。

 それよりも、刀に操られることを知ったギルダは、今後どんな手を打ってくるだろうか。何か、とんでもないことをするのではないかと、カジの胸に不安が渦巻いていた。

 

「……ここで休憩にするか」

「そうだね。腰が痛くなっちゃった」


 長時間ゴーレムに乗りっぱなしで、体が凝り固まってきそうだった。カジたちはゴーレムを降りると、野営の準備を始める。冷たい風が吹き、木葉がざわざわと揺れる。


「俺は向こうでテントを組み立ててくる。焚き火を起こしておいてくれ」

「はぁい」


 こうしてシェナミィとクリスティーナは二人きりで焚き火を囲み、鍋で食材を加熱し始めた。調理にはやや自信のない二人。ミスのないよう、鍋の様子を見張った。


「そういえば、シェナミィとカジの出会いについて詳しく聞いたことがなかったな」


 クリスティーナは前々から気になっていた。一体、どうやって彼と彼女は種族の違いを乗り越え、ここまで仲を深めたのだろうか、と。


「話せば長くなるんですけど……実は私、前にも冒険者に襲われたことがあったんです……」

「そうなのか?」


 マーカスという男に体を貪られた日のことは、今でも覚えている。世間と男性を知らない田舎出身者に浴びせられた過酷な洗礼。そんな途方に暮れていたときにカジと出会ったことが全ての始まりだったと思う。


「一緒にパーティを組んでいた男の人だったんですけど、依頼中に突然押し倒されて……」

「他人とは思えんな」


 クリスティーナも身動きできないところを、カイトから好き勝手に犯された経験がある。そんな過去を聞くと、親近感が湧いてくるものだ。


「それ以来、私、同じ人間族の男性が苦手になっちゃったんですよ。もしかしたら、またあんな風にやられるかもしれない、って」

「そうなる気持ちも分かるぞ」

「そんなときに、カジと出会ったんです。カジは魔族だから、そういうの気にしなくていいから、気軽に話せるっていうか」

「魔族は人間族の体臭を嗅ぐと性的な意欲が削がれると、カジから聞いたな」

「そうだったんですね」


 シェナミィにとって、人間族の男性はまだまだ恐い存在だった。しかし、魔族のカジなら安心して隣で寝られる。これまでパートナーとして関係を続けられた理由の一つだと思う。

 そろそろ、鍋の具材が煮えてきた。シェナミィは器を取り出し、盛り付けようとする。


 しかし――。


「だが、シェナミィ……お前はそれでいいのか?」


 クリスティーナは真剣な顔で彼女にそんな質問をぶつけ、盛り付ける手を止めさせる。


「え……『それでいい』って、どういう意味です?」

「だって、もしカジのことを本気で好きになったとき、相手が自分のことを性的な目で見てくれないのは寂しくないか?」


 別に自分はそんなつもりじゃないのに、と返そうとしたところで、シェナミィはハッと気付いた。


「もしかして、クリスティーナさん……」

「何だ?」

「カジのこと、本気で好きなんですか?」


 そんなことを尋ねてくるなんて、逆にクリスティーナがそれを気にしている証拠ではないのか。


「わ、私は別に、そそんな好きではないが! た確かに戦士として尊敬はしているが!」

「本当ですか?」

「だ、だってそんなことになったら、私よりシェナミィの方が困るのではないか! だって、シェナミィの方が彼と付き合い長いのだろう!」

「え、私、結婚や出産するつもりないですしぃ」


 シェナミィはニヤニヤと卑しい笑顔をわざと見せた。明らかにクリスティーナは図星を突かれて動揺しており、必死に否定しているがシェナミィには心情が筒抜けだ。

 今さら誤魔化しはできない。相手の余裕たっぷりな笑みに観念したクリスティーナは、ゆっくり尻餅をついて俯いた。


「否、すまない、シェナミィ……私は嘘を吐いた」

「嘘?」

「本当は、私、カジのことが好きだ」


 いつからか本気でカジを好きになっていた。自分と同じ戦士でありながら、自分にないものを沢山持っている。強さにも内面にも、魅力を感じたのかもしれない。


「ふふっ。何となくカジとクリスティーナさんって、そういう関係になりそうな気はしてたんですよね」

「そ、そうだろうか……」

「カジーっ! 夕飯できたよーっ!」

「わっ! わああああっ!」


 突然シェナミィがカジを呼び出し、クリスティーナの心臓は止まりそうになる。バタバタと暴れたら、彼女に笑われた。完全にシェナミィに弄ばれている。ドギマギするクリスティーナに、シェナミィはウインクした。

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