第103話 継ぎ接ぎの精霊紋章

 カイトが切り裂いた男は腸や血液を床にぶちまけながら倒れた。


「きゃああああああああああああッ!」

「こいつ、殺しやがったぞ!」

「わ、私たちも同じ人間族なのに!」


 当然、その様子を見ていた人間族は騒ぎ始める。

 救助が来たという希望から一転、彼らの雰囲気は絶望に変わった。施設中に悲鳴が響き渡り、多くの奴隷が一斉にカイトから逃げようと走り出す。


「きゃあっ! ちょっと!」


 集団の隅に縮こまっていたシェナミィは、奴隷たちの流れに押される。

 ようやく視界が開けて見えたのは、頭頂部から股まで真っ二つに切断された死体。助けを求めてきた相手を払うために、ここまでするのか。思わず彼女は尻餅をつき、小さく悲鳴を漏らした。


 カイトは彼女の存在に気付かず、そのまま収容施設を出ようとする。


「ったく、とんだ無駄足だ」


 もうここに用はない。

 別の場所へクリスティーナを探しに行かねば。


 カイトが収容施設の外へ一歩踏み出したとき、空に小さな影が浮かび上がる。屋根に潜んでいたラフィルがカイトに向かって急降下し、巨大なハンマーを振り下ろした。


「チッ、もう新手か!」


 カイトはすんでのところで襲撃に気付き、咄嗟に跳び下がった。不意を狙った一撃は空振りに終わり、ハンマーは地面にめり込んだ。


「貴様、昔どこかで見たな」

「俺も、お前には見覚えがある」


 ラフィルもカイトも、互いの姿には見覚えがあった。かつて森林で戦闘を繰り広げた相手ではなかろうか。


 しかし、どうも様子がおかしい――ラフィルはカイトに訝しげな視線を送った。前回、彼と対峙したとき、彼はこんなに魔力を持っていただろうか。クリスティーナを上回りそうなほどの魔力量に、ラフィルは立ち竦んだ。


「こんな場所に冒険者が何の用だ?」

「元王女を探しに来たんだよ。お前なら、クリスティーナの居場所を知ってそうだな」

「さぁ、何のことか分からんな」

「知ってるヤツは大抵そう言う」


 カイトは剣を構えると、真っ直ぐにラフィルへ斬りかかる。

 速い攻撃だが、ラフィルには剣の軌道が読めた。踏み込み方が素人くさい。

 ラフィルは籠手に内蔵されている結界発生装置を最大出力で展開し、相手の攻撃を防ごうと試みる。


 しかし、受け流そうとしたものの、あまりに高い威力に耐え切れず、シールドには大きな亀裂が走った。


「シールドを、一撃で……!」

「いるんだろ? この近くに、クリスティーナが!」

「知らねぇよッ!」


 結界によって剣が止まった一瞬、ラフィルはハンマーのブースターを使い、カイトの顔に鋼鉄のアッパーを叩き込もうとした。


 しかし、その直前にカイトは身を翻してハンマーを回避すると、再びラフィルに刃を突き出した。ラフィルのハンマーも加速装置によって急速に力の向きを変え、その刃を迎え撃つ。


「っぶねぇんだよ!」

「冒険者風情が!」


 ハンマーと剣が渾身の力でぶつかり合い、互いの体は後方へ弾かれた。背中が壁に打ち付けられ、ずるずると床に落ちる。


「ラフィル! 大丈夫!」


 部屋の隅で戦闘の様子を窺っていたシェナミィは、ラフィルに駆け寄った。後頭部に傷があるのか、彼の首筋には血が滴っていた。


「ここは俺の持ち場だ。下がっていろ、シェナミィ」

「でもぉ……傷が」

「いいから行け。この戦いにお前は関係ない」


 このとき、カイトの視界に負傷した魔族に寄り添う人間族の少女の姿がようやくフォーカスされる。

 それは小鬼の巣を襲撃する依頼の帰り道、カジと戦闘になった際に出会った少女だった。


「シェナミィ……!」


 ロベルトが魔族から取り戻したいと思っている少女をようやく発見できた。確か、ロベルトの話では、彼女はカジという魔族に愛玩具として傍に置かれているらしい――とのことだった。


 ここは、オーガが暴れている最中にクリスティーナを探すという元々の計画を書き換え、シェナミィを餌に誘き出してみるのはどうだろうか。


 カイトは剣を握り直すと、それをラフィルに投げつける。思い描いた通りの軌道を進み、ラフィルの肩に突き刺さった。


「ぐぁっ!」

「ああっ! ラフィル!」

「お前は俺と一緒に来てもらうぞ!」


 ラフィルが動けぬ隙に、カイトは慌てふためくシェナミィの腹部を殴った。猛烈な痛みに彼女は意識を失い、カイトに腕の中へがっくりと崩れ落ちる。


「この女を助けたかったら、クリスティーナを国境近くにある開拓拠点の廃墟まで連れて来い! 明日の正午までに来なければ、この女を殺す」

「貴様……!」


 カイトはシェナミィの体を脇に抱えると、壁の穴から大きく跳び、戦火に混乱する街の中へ消えていった。

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