第4章 シェナミィ奪還
第11節 カイト
第102話 都合のいいヤツは気に障る
カジとクリスティーナが
周辺に人気のない、高い土壁に囲まれた巨大な施設。数人の兵士が警備してはいるが、それほど厳重ではない。
「あ、あの……」
「何だ、人間族」
「あなたの名前……えっと、確か……」
「ラフィルだ」
「えっと、じゃあラフィル、ここは何?」
「人間族用のシェルターだ。お前にはしばらくここに居てもらう」
ラフィルが扉を開けると、薄暗い部屋の中、人々が冷たい石床に座り込んでいた。
彼らの姿をよく見てみると、ここにいるのは確かに人間族ばかりだ。皆、術式の彫られた首輪と手枷をはめており、彼らは奴隷であることが分かる。ときどき外から響いてくる轟音に、これから何が起きるのかと恐怖を募らせていた。
「あ……あの人……どこかで見たことある」
シェナミィの目に留まったのは、集団の中央で地べたに座り込む男。
マーカスとパーティを組んでいた頃、一緒に依頼をこなした冒険者ではなかろうか。目がうつろで、生気を感じさせない。昔と比べて随分と印象が違うが、長い奴隷生活が心身共に大きな影響を受けてきたのだろう。
「この辺で待て」
「うん……」
シェナミィは彼の視界から逃れるように、集団の隅に座り込んだ。ここで知り合いに見つかったら面倒なことになるかもしれない。彼らと同じように奴隷の格好をしているため、今のところ気付かれてはいないが。
多くのオーガが侵攻しているという話だが、おそらくカジなら大丈夫だろう。それに、いざとなればカジの師匠であるマクスウェルや、あのギルダも討伐に加わってくれる。魔族の高名な戦士を多数知っているシェナミィから見れば、どこか安心感があった。
「俺は近くの戦況を見てくる。それまでここを動くなよ?」
「気をつけてね」
「冒険者に心配される筋合いはない」
「もしかしてまだ私のこと、警戒してる?」
「当たり前だ」
まるで自分と出会った当時のカジのようだ――シェナミィはそんなことを思った。と言っても、ラフィルはカジより背が低く、髪型も髪色も似ても似つかないが。
彼は自身の得物である巨大なハンマーを担いで出て行った。
それからしばらく時間が流れた。
「まだかな……」
依然、外からの轟音は続いている。
そのとき、レンガの壁が爆発音と共に吹き飛ぶように崩れ、部屋の中に突風と砂埃が吹き荒れる。奴隷たちは「とうとうモンスターがここまで来たのか」と悲鳴をあげ、狼狽した。人体の動きを制限させる首輪と手枷を装着している状態でオーガに襲撃されたらひとたまりもない。
しかし、壁に開いた穴から現れたのはオーガではなく、人間族の若い男性だった。
「あの人は……!」
確か、彼の名前はカイトだっただろうか。
シェナミィは奴隷たちの陰に隠れながら、彼の姿を見つめた。冒険者向けの服装に、背中にかかった剣。彼の足元には、ここを警備していた兵士が横たわっている。
「チッ……見た感じ、クリスティーナはいないようだな」
カイトは奴隷たちの集団を見渡すと、小さく舌打ちした。
金髪でスタイルの良い女性なら、この中でも目立つはず。
人間族のクリスティーナならこうした人間族用の収容施設へ入れられていると予想していたが、彼女らしき人物は見当たらない。魔族がクリスティーナを匿っているというハワドマンの予想が外れたか、もしくは元王女という重要な立場から別の場所に収容されたか。
「おい、この中にクリスティーナ・エルケストの居場所について知ってるヤツはいるか?」
「クリスティーナ・エルケストって、王女のことか?」
カイトが奴隷たちに大声で問うも、有力な情報は返って来ない。長期間王国から隔離されて生活している奴隷たちは、元王女が指名手配されていることなど知らなかった。
首を傾げる奴隷たちを見て、カイトは落胆の溜息を吐く。
「仕方ねえ。別の場所を探すか」
カイトは踵を返し、その収容施設で何をするわけでもなくそのまま去ろうとした。
しかし、魔族に酷使されている奴隷たちはそれを許さない。一刻も早く使役される屈辱から解放されたい一心で、奴隷はカイトを取り囲んだ。
「た、頼むから! 私たちを助けてよ!」
「こんな場所、もううんざりだ! 僕らを助けに来たんじゃないのか?」
「よ、よお! カイト! 久し振りじゃないか!」
そのとき、カイトの前に奴隷のギフテッドが飛び出した。汚れた服を着た若い男性で、年齢はカイトより数歳上だろうか。髪はバッサリと切られ、頬は痩せこけていた。
「俺だよ俺! 前に冒険者組合で、会っただろ? ほら、覚えてるよなぁ?」
確かに、その顔にはどこか見覚えがあった。
そうか――と、カイトは思い出した。
かつてカイトの所属している冒険者組合で、新人冒険者に嫌がらせをしていた男、マーカスの手下だ。マーカスと共に依頼に出向いて行方不明になっていたが、まさか生きていたとは。
激しい拷問でも受けたのだろうか。彼の肌には古傷がかなり増えていた。首輪と手枷をはめられ、指や歯を数本失っている。
「貴様など知らん」
今はクリスティーナを捜索するという仕事を受けている。オーガと花崗岩巨鬼による時間稼ぎにも限界があるため、この男に構っている暇などない。
そもそも、個人的に彼を助けようとも思えなかった。散々自分に何度も嫌がらせをしてきたくせに、今だけ助けてもらおうなど調子が良すぎる。
「そ、そんなこと言わず、俺を魔族領から逃がしてくれよ!」
「失せろ」
「俺もお前も、同じ冒険者じゃねえか! この服従魔術のかかった首輪と手枷さえ壊してくれれば、俺は――」
「分かった。分かったよ。今すぐぶっ壊してやるから――」
自分にしてきた仕打ちを無視して必死に助けを求めようとする彼の姿が、いい加減気に障る。
「俺の前から失せろ。永遠にな」
カイトは剣を抜き、渾身の力で大きく振り下ろした。鋭い一閃は首輪と手枷ごと男の肉体を頭頂部から股まで豪快に切り裂いた。
「ほら、壊してやったろ」
「ごぱぁッ……ゲファ!」
男の体は首輪と手枷と共に真っ二つに分かれ、床へ鮮血を溢れさせながら倒れた。体の断面はゾッとするほど綺麗だった。
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