第101話 双牙
カジとクリスティーナは対峙した花崗岩巨鬼を睨み、相手の動きに警戒する。
「カジ、アイツのどこを斬ればいい?」
「見たところ、異様に魔力を放っている部位が二つある。頭と左胸だが、あれはおそらく再生に使う魔力を生成するための器官だろう」
「なるほど、人間族で言うところの精霊紋章か」
「頭は俺が吹き飛ばす。お前は左胸をズタズタに切り刻んで、弱点を同時に破壊したい」
「承知した」
狙いを定めた場所へ向かって、二人同時に駆け出した。戦闘で道路のあちこちにできあがった穴を飛び越え、瞬時に目標との距離を詰めた。
一方、花崗岩巨鬼は雄叫びを上げながら、渾身の力で大木の幹のような腕を振り下ろす。
「来るぞ!」
「飛び越える!」
カジとクリスティーナは当たる寸前に、瓦礫の山を踏み台に跳んで回避した。
空振りに終わった拳は道に敷き詰められたレンガを衝撃で浮き上がらせ、円形の巨大な窪みを作る。
「ここだ!」
「ああ!」
カジとクリスティーナの得物は、それぞれ目標をはっきりと捉えていた。拳と刃は花崗岩巨鬼の分厚い肌に食い込み、さらに奥へ入っていく。
「終わりだ!」
カジの拳が頭蓋骨を穿つと同時に、クリスティーナの剣も左胸を大きく裂いた。
まるで赤い宝石のような輝きを放っていた、魔力の生成器官。二人の攻撃に耐え切れず、粉々に砕け散る。
「グオオオオオオオオオオン!」
「傷が再生できない気分はどうだ?」
再生するために必要な魔力は、生成器官の破壊によって霧散していく。カジの目には、その魔力が傷口から空気中に流れ出る様子が見えていた。
傷口は再生せず、鮮血が滝のように地面に流れていく。ボタボタと落ちた血液は地面に広がり、巨体はゆっくりとその中へ沈んだ。最初はピクピクと動いていたが、やがて痙攣すらしなくなる。ようやく魔族の街に静寂が訪れた。
「死んだか?」
「ああ、もうヤツに魔力は残ってない」
「……魔族の魔力の流れが見える能力ってのは便利だな」
クリスティーナは魔族の能力に感心し、カジの瞳を覗き込んだ。
物陰に隠れたギフテッドの気配を逸早く察知したり、先程のように敵の弱点を分析したり、生身の人間族にはできない力を持ち合わせている。
「鬱陶しいこともあるさ。お前の体も、やたら魔力に溢れているからな」
「そ、そうか……」
「ま、その力のおかげで、今回は助かったがな」
カジは自分のコートを脱ぐと、それを下着姿のクリスティーナに羽織らせた。
ほんのりと残っているカジの体温が、どこか心を落ち着かせてくれる。クリスティーナはコートの中に風が入らぬよう、開いている胸元をきゅっと閉めた。
その頃、支援射撃していた兵士たちは、そんな二人をポカンと見つめていた。彼らは先日のクリスティーナ暗殺に作戦に加わっていた強襲部隊でもある。
「あの人間族……まさかクリスティーナか?」
「さっきのが、王国最強騎士の実力……」
強襲部隊の面々は、互いに顔を見合わせる。
兵士たちの間に動揺が走ったが、彼女のおかげで窮地を脱することができたのは事実だ。
巨鬼を打ち倒せた喜びと、敵国のかつての王女が現れた驚きで、彼らの頭は混乱していた。本来なら歓声を上げて喜びたい状況ではあったが、急な展開にどう反応すればよいのか分からない。
狼狽していると、カジたちが近づいてくる。彼らの視線は彼の背後を歩くクリスティーナに釘付けとなった。
「悪いが、あまり勝利の余韻に浸っている暇はない。救助活動と、被害状況の確認を急ぐんだ」
「は、はい……」
カジはまるで彼女が仲間であることが当然のように振舞う。
「あ、あの、カジ殿?」
「どうした?」
「そちらのお方は……」
「クリスティーナ・エルケストだ。俺の家を破壊したお前らなら知ってるだろ?」
「それはそうですけども……」
「安心しろ。いきなり斬りかかったりはしないさ」
「は、はぁ……」
カジとクリスティーナはその場を離れ、あの花崗岩巨鬼によって崩壊させられた建造物の前に立ち止まった。建物は原形が分からないほど破壊されている。
カジは瓦礫の奥から漂う魔力の気配を拾い、その下に埋もれた生存者を見つけ出した。
「カジ。この瓦礫の中にまだ生存者はいるか?」
「ああ。そこの倒れた壁の下に、三人埋まっている。魔力の活発さからして、まだ助けられるだろう」
「よし分かった」
カジは邪魔な瓦礫を掴み、その辺へ投げ飛ばす。クリスティーナもカジからの情報を頼りに、崩れた壁や天井を持ち上げる。
「おい、お前らも早く手を貸せ」
「は、はい!」
強襲部隊の面々も加わり、救助作業は進んでいく。これ以降、新たなオーガは出現せず、後処理は順調だ。次々と負傷者は発見され、強襲部隊のグリフォンによって診療所へ高速で運ばれていった。
こちらが受けたダメージは甚大だが、二次災害ならある程度防ぐことはできる。そのためにカジとクリスティーナは尽力し、他の仲間もそれについていく。クリスティーナの周りにいた魔族たちも、少しずつだがそんな彼女を認めていたのかもしれない。
一方、カジは救助活動をしながらも、胸の中にとある不安を抱えていた。
「……しかし、敵の司令塔が見当たらなかったな」
「司令塔?」
「おそらく、あの亜人種やオーガの背中にある装置には興奮作用のある薬物が流し込まれている。つまり、この付近で、つい最近何者かが薬を流し込んだ――ということだ」
「そいつが首謀者、ということか?」
「オーガ同士でそんな危険な薬物を扱えるとは思えん。有り得るとしたら、王国軍の人間……」
カジは道の真ん中で、ゆっくりと周辺を見渡した。
街は瓦礫だらけ。兵士も民間人も大混乱。人々は作業に追われている。
今なら、人間族が何か工作を仕掛けるチャンスが沢山ある。
「これで終わりとは思えないな」
このとき、カジの予感は的中していた。
とある避難所が人間族によって襲撃されていたことを、彼らはまだ知らない。
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