第85話 魔族の絶対的美少女

 クリスティーナを匿い始めてから、一夜が過ぎた。

 カジはマクスウェルに今回の件について報告を行うため、森林の拠点を離れ、魔族領へ戻って来ていた。新たな王になったジュリウス及び、ハワドマンの動向を伝え、今後の軍事作戦を立てなければ。


 ただし、今回の帰還は単独ではなく、カジの背後にクリスティーナとシェナミィを連れている。

 前回、ギルダからクリスティーナを仕向けられたのは、カジが目を離した隙に彼がシェナミィを襲撃していたからだ。今回はそのような事態を避けるためにも、彼女らも魔族領へ同行させることにした。

 現在、ギルダはアジト周辺で侵入者の警戒をしており、魔族領に戻ってくることはないはずだ。


「ここが、魔族の街なのか……」


 クリスティーナが魔族領に入るのは初めてだった。周りが魔族だらけな状況に緊張しつつも、平静を装って歩いていく。


「魔族以外の種族もチラホラいるようだな」

「王国開拓時代に種族浄化の被害に遭った連中を集めた国家だからな。色々なヤツらがいるさ」

「種族同士で争いは起きないのか?」

「統合当時は色々あったが、今は穏やかに暮らしている。人間族以外はな」


 カジの視線の先には、小さな鉄の檻に入れられた人間族たち。ボロボロの服を着せられ、全身が骨と皮だけしかないように思えるほど痩せている。十分な食事を与えられていないのは明らかだ。

 彼らの檻が積まれたリアカーを、民間に卸されている汎用ゴーレムたちがゆっくりと引いていく。


「魔族領に忍び込んだ冒険者は、捕まれば奴隷にされて死ぬまで過重労働を強いられるのさ」

「酷いな……」

「人間族は憎悪を向けられる対象。王国軍が昔の種族浄化をしてからはあんな感じだ」

「なるほど。ギルダみたいなヤツが英雄視されるわけだ」


 今クリスティーナたちの着ている服も、魔族領に普及している奴隷用の衣装だ。急遽、カジが調達し、彼女たちに着せた。

 フードを深く被らせ、他人に顔を覗かれないようにする。加えて、クリスティーナの肌には鎖抑金を纏わせてある。これが彼女の精霊紋章から溢れる膨大な魔力を抑え、魔力の流れに敏感な魔族でも外見からでは並のギフテッドと見分けるのが難しい。手枷を見せるように歩かせ、無害な奴隷であることをアピールする。


「だから、お前らも奴隷らしく振る舞えよ。バレたら面倒なことになる」

「あ、ああ……」

「やや俯いて歩くんだ。周りの景色に気を取られるな」


 カジの目論見通り、偽装はほぼ完璧だった。通行人の目にあまり留まることなく、何事もなくすれ違っていく。

 目指すは、カジの家。そこなら誰にも見られることなく、マクスウェルにも報告できるだろう。もう少し歩けば無事に辿り着こうとしていた。


 そのとき――。


「ねぇ、あれ何だろう?」


 シェナミィは進行方向にある人混みを指差した。

 いつもならこんなに人通りはないが、その日は異様に人が集まっていた。何かこの周辺でイベントでも催されているのだろうか。しかし、カジの記憶ではそんな予定はなかったはず。


「すまない、何かあったのか?」


 カジはそこにいた適当な通行人を捕まえ、人混みを指差した。


「何だ、アンタ。知らないのか?」

「しばらく旅に出ていたものでな……」

「魔王アルティナ様が地方演説にいらっしゃったんだ」

「ア、アルティナが……?」


 カジの後釜で新たな魔王に就任したアルティナが、すぐそこまで来ている。


「おおい! 皆の衆! 私だ! アルティナだああ!」


 何度も聞き覚えのある少女の声が天から降ってきた。

 民衆が視線を向ける先には、背の低いツインテールの少女――魔王アルティナだ。彼女は巨大なゴーレムに神輿の要領で担がれた台の上に立ち、群衆を見下ろしていた。不敵な笑みを浮かべながら、大通りを移動していく。

 彼女の周りには護衛の部下を侍らせていた。その中には、副官のラフィルの姿も確認できる。疲れたような顔で不審者がいないか会場を見渡し、いつでも出撃できるようハンマーを構えていた。


「なぁカジ、あの少女は有名人なのか?」

「まぁ……な」

「すごい人気だね。衣装も可愛いし」


 クリスティーナとシェナミィはアルティナにかなり関心を寄せているようだった。多くの魔族から人気を集める謎の美少女。やはり、あの外見からして魔王と認識されづらいのだろう。

 アルティナはやや音痴な国歌を披露し、演説を始める。「王国はクリスティーナという切り札を自ら放棄した!」などと魔族の優位性を訴えていた。


 このまま、彼女が過ぎ去るのを待とう。

 カジたちは群衆に紛れ、息を潜めた。さすがにこの人混みでは気付けまい。


 しかし――。


「あ、おい! そこにいるのはカジではないか!」

「げっ!」


 アルティナは鷹の如く高所からカジを発見し、大声を上げながら彼を指差した。

 思わず、カジはその場から逃げようと踵を返してしまった。今ここで知り合いに見つかるのはまずい。しかも、相手がアルティナでは尚更だ。


「おい! 照れるでない! 儂の美貌を久し振りに拝みたくなったのじゃろう? どれ、少し儂と話さんか?」

「くっ……」


 アルティナからは逃げられない。カジも元魔王ということもあり、一瞬にして注目の的になった。ここで強引に逃げたら、後々余計に詮索されるような気もする。なるべく自然に振る舞うべきか。


「儂の演説を応援するために先代の魔王まで駆け付けてくれるとは、城を飛び出した甲斐があったというものじゃ」


 突然、群衆の注目を浴び、クリスティーナとシェナミィも不安な表情を隠せずにいた。

 あの少女とカジはどういう関係なのか。これから何が起こるのか。クリスティーナはさらに深くフードを被り、大衆の視線を遮る。


「カジ、状況はよく分からんが、あまり後腐れのないようにしてくれ……」

「わ、分かってる……」


 クリスティーナからも、そう言われた。

 もうすぐ自宅に着くというのに、アルティナに見つかるなんて酷い失態だ。カジの首筋に冷や汗が伝った。


「おいラフィル、ここで降ろせ」

「し、しかし警備が……」

「構わん! ちょっと話をするだけじゃ」


 アルティナを担いでいたゴーレムたちが座り込み、彼女は護衛を連れながらカジの前に降りてきたのだった。

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