第68話 火事場の馬鹿

「ここまで来れば……」


 その頃、カイトは裸のクリスティーナを抱えながら走り続けていた。

 どこか安全そうな場所はないだろうか。

 しかし、なかなか思い浮かばず、仕方なくカイトの利用している冒険者向けの宿屋へ入り込んだ。運良く炎や倒壊を免れており、カイトは安堵の溜め息を吐く。

 宿屋のカウンターや食堂には誰もおらず、異様に静かだった。きっと、皆はこの騒動でどこかに逃げたのだろう。


「ったく、亜人種の精液は臭ぇや……」


 カイトは抱えていたクリスティーナを自室のベッドに下ろし、ランプを点けて傷の様子を窺う。


「クリスティーナ……?」

「……」


 彼女は死んだように何も応えず、半開きの目が虚空を眺め続けている。

 クリスティーナの性器と臀部は何度も何度も肉同士を激しくぶつけられ、赤黒く腫れ上がっていた。さらに、二つの穴から赤い筋が垂れている。強引な挿入によって内部はズタズタに裂かれているようだ。


 実のところ、カイトは物陰に隠れながらクリスティーナの戦いを終始観察し続けていた。カジと戦い、金色の鎖を脱ぎ捨てる場面。ギルダの心臓を刺し、斬り捨てる場面。そして、ダイロンに彼女が犯される場面。


 自分たち新米冒険者とは次元が違う戦いに、カイトは加勢することもできず、倒れた彼女を抱えて逃走することしかできなかった。

 クリスティーナの胸元に浮かぶ精霊紋章に目をやる。まさか、彼女が同じ紋章を二つ持つシングルアビリティ・ダブルフォースだなんて思いもしなかった。


「何が、『私の恋人になりたいなら、私より強いことが必須条件』だよ。お前より強くなれるわけねぇだろ……」


 彼女の横に立てる男になろうと決意を固めていたカイトだったが、そもそも二人の間に生まれ持っている素質が大きく違うことに気づかされた。クリスティーナは剣術強化最上級クラスの紋章を二つ。一方、カイトは並みの剣術強化の紋章が一つ。カイトにはそれが絶対に埋められない溝のように感じられた。


「俺を馬鹿にしやがって……」


 このとき、カイトの性器は痛みすら感じるほどに反り起っていた。目の前にあるのは、ずっと憧れていた女性の裸体。そうなるのも仕方なかった。

 クリスティーナがダイロンに強姦される姿に、カイトはすでに性快楽の頂点へと達していた。

 何て自分は情けないのだろう。

 彼女を助けられない自分を嫌悪しつつも、誇り高き王女が穢されていく様は、どこか自分の魂を酷く奮い立たせるものがあった。あの忌まわしい光景を燃料に、物陰に隠れながら弄ると数秒も経たずして白い爆発が起きた。


 もしかしたら、彼女がああなることを心の底では望んでいたのかもしれない。

 かつてカイトは故郷で一番の剣士だと自惚れていた頃、王都で闘技大会に挑んだ。数々の猛者を倒して優勝を掴んだ後に、クリスティーナが現れる。彼女の登場に、客の歓声はカイトの優勝時とは比べ物にならないほど一気に沸き上がった。

 大会優勝者である自分が、たった一人の若い女に全く歯が立たないという恥辱を浴びせられ、大会後にはそんな苦い経験を掘り返すマーカスのような連中まで現れた。クリスティーナの強さに憧れを持つと同時に、妬ましく憎たらしく思っていた。


 この雌を、俺に屈服させたい。


 歪んだ欲望が、静かに彼の全身を支配していた。

 あと少し前進すれば、決して戻れなくなる。


 そのとき、クリスティーナと目が合った。


「カ、カイト……」


 いつもの彼女からは発せられないような弱々しい視線と声が、一瞬だけカイトの蛮行を止めさせる。こんな愚行を思い留まるために、クリスティーナからカイトに与えられた最後のチャンスだったのかもしれない。


 しかし――。


「ここまで来て……止められるかよッ!」


 彼はついに、越えてはならない一線を越えてしまった。そんな状況に、クリスティーナの胸はまたしても強く締め付けられた。

 先程はギルダの手下の亜人種だったが、今度は自分を慕っていると思っていた剣士カイトからだ。きっと彼なら助けてくれる――そう信頼していたのに裏切られ、別種の衝撃が彼女を心身ともに砕いていく。

 クリスティーナは抵抗する気力さえも喪失し、カイトが心の奥底に抱いていた憎しみの塊を何度も暴発させてしまった。


「うぉ……何だコレ! すげえっ!」

「あっ……やめ……くぅ」

「ああああああああああああっ!」


 クリスティーナと初めて出会って以来、待ち望んでいた最高の場所。カイトはそこに到達し、歓喜のあまり獣のような咆哮を上げた。


 やった!

 ついに自分はクリスティーナを屈服させた!


 背徳感がスパイスとして、やみつきになるほどの刺激をカイトに与える。永久にこの快楽を味わっていたい。カイトは理性は完全に吹き飛び、彼の両手がクリスティーナの首を締め付ける。気道は塞がれ、血流も滞り、クリスティーナの顔は血の気が失われていく。


 こんな死に方はしたくない。

 せめて国を守る戦士として、戦いの中で死にたかった。


 クリスティーナの脳裏に走馬灯が映し出される。訓練所で出会った友人に、初恋の先生。ギルダを斬るために打ち込んだ稽古。自分の部下となった勇傑騎士の面々。一緒に冒険者として依頼をした仲間たち。カジと繰り広げた死闘に、高笑いするギルダ。

 まさか人生の終着点がこんな場所になるなんて思いもしていなかった。あと数秒で自分は死ぬだろう。

 クリスティーナは意識を失いかけ、全身の筋肉が弛緩する。失禁してベッドのシーツにじわじわと温かいものが広がっていく。カイトはそれにも気付かないほど頭に血が上り、指先がクリスティーナの首に深く食い込んだ。


 そんな彼らの様子を、すぐ外の廊下から窺う者がいた。


「こんな場所で何やってんだお前は」


 突然、カイトは後ろから何者かに襟を掴まれ、宙に持ち上げられる。やっと彼はクリスティーナから離れ、壁に向かって投げつけられた。


「うがッ……!」

「これじゃ『火事場の馬鹿』だな」


 カイトは叩きつけられた衝撃で脳震盪を起こし、ずるずると床に倒れ込む。だらしない姿勢で、下半身を露出したまま気を失った。


「剣術を教えた恩を仇で返されるなんて、お前もなかなか報われないな、クリスティーナ」


 クリスティーナの潤んだ瞳に映ったのは、魔族の男と、ネグリジェ姿の少女だった。

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