第43話 遭遇には最適なパーティ
窓の外が完全に暗くなる頃。
まだ組合の応接室では、カジ尋問作戦について交渉が続いていた。
「それでは、協力していただける人物を紹介してほしいのですが……」
「そうですねぇ」
マスターはソファから立ち上がると、その辺の本棚から分厚い本を取り出してパラパラとめくり始める。おそらく、ここの組合に所属する冒険者の一覧だろう。
「マーカスをも倒した相手となると、この仕事に頷いてくれる者はなかなか現れないと思いますけどね……どんな人間も、命は惜しいですから」
そのとき、マスターはとあるページを見つめ、「おっ」と小さく声を上げた。
「魔族に遭遇するのが目的なら、ぴったりのパーティが一組いますね」
「どういう意味です?」
「彼らはここ最近で、二回も魔族に遭遇しているんです。確か、例の魔族に最初に襲われたのも彼らで、昨日も襲われたそうですよ」
「まるで呪いですね」
本人たちの境遇を考えると不謹慎ではあるが、その魔族と何かしらの因縁があるのかもしれない。クリスティーナは少し彼らに興味が湧いた。
「実力はまだまだですが、冒険者として順調に育っています。もし彼らでよろしければ、後でパーティリーダーのカイトという男に事情を伝えておきますが?」
「騒ぎを大きくしないよう、できれば私の名は伏せていただけると嬉しいのだが……」
「考慮します。ま、本人たちは魔族に警戒していると思うので、あまり期待しないでくださいね」
* * *
マスターとの交渉を終え、クリスティーナたちは再びロビーへ戻ってきた。「お帰りですか?」と受付嬢が王女様の顔を覗き見る。
「すまない、世話になったな」
「いえ……」
「では、明日の夕方、もう一度ここに来る」
「かしこまりました。気を付けてお帰りください」
そのとき――。
「あの、もしかして新人さんですか?」
どこからか陽気な声がして、受付嬢とクリスティーナの間に冒険者らしき青年が割り込んでくる。装備からして、おそらくクリスティーナと同じ剣士だろう。
「あら、カイトさん。お怪我はもう大丈夫ですか?」
「はい。プラリムの治癒術のおかげで、この通りですよ」
カイトと呼ばれた青年は袖をまくり、二の腕に力瘤を作って見せた。
笑顔の眩しい爽やかな好青年だ。男らしく、それでいてどこか可愛らしさもある。
クリスティーナは「この青年が例の……」と、彼の全身をゴーグル越しに一瞥した。
以前にもどこかで名前を聞いた覚えがあったのだが、このときは思い出せなかった。
「これで魔族の襲撃を受けたのは二回目ですよ。ほんとに勘弁してほしいなぁ」
「命があるだけ幸運ですよ。マーカスさんは帰って来なかったんですから」
「やっぱ、金に目が眩んじゃダメってことですよ」
受付嬢と話し込むカイト。この冒険者組合では常連らしい。
「それでは、私たちは失礼する」
今ここでカイトと直接交渉したい気持ちもあったが、クリスティーナはその場を去ることにした。
ギルドマスターが「事情を伝えておく」と言ってくれたし、勝手に交渉を始めて場を混乱させるのも問題だ。ここは、ギルドマスターに任せた方がいい。
クリスティーナとウラリネは踵を返し、巨大な角を持つモンスターの頭蓋骨が飾られている玄関を潜ろうとした。
しかし――。
「夜道は危ないですよ? 途中まで送りましょうか?」
カイトがクリスティーナを追いかけ、横から話しかけてくる。
外は完全に日が落ち、昼間とは街の雰囲気が一変していた。酒場から酔った冒険者たちが溢れ出て、風俗店の呼び込み係が「可愛い娘がいるよ」と彼らを誘っている。
確かに、女性二人だけで歩くのは危険かもしれない。
「心配は無用だ。剣術には自信があるのでな」
クリスティーナは彼に振り向かずに応えた。
今は下手に関わらず、後はギルドマスターに任せよう。
「そうですかぁ。男を避けるには男を連れているのが一番だと思ったのですが」
「心遣い、感謝する」
「ところで――」
カイトはクリスティーナの肩を掴み、彼女の歩みを止めさせる。
「こんな場所で何をやっているのですか、王女様?」
「なッ!」
クリスティーナは瞬時に彼と距離を取り、腰の剣に手をかけた。
「貴様、なぜ私の名前を知っている?」
「やだなぁ。俺のこと忘れちゃったんですか? 王都で開かれた闘技大会のエキシビションマッチで、俺たち戦いましたよね?」
「えっ? あっ」
その瞬間、クリスティーナは思い出した。
優勝者と戦うことが恒例になっている闘技大会で、地方出身の若者と対峙した記憶がある。
「お前、あのときの――」
「体型や姿勢がそっくりだったんで、一目で分かりましたよ。お久し振りです」
「あ、ああ……そうだな」
カイトは右手を差し出し、握手を求めてくる。クリスティーナもそれに応じ、互いの手を強く握った。
まさか、こんな場所で再会するなんて思わなかった。魔族に襲われた件といい、マスターに薦められた件といい、自分との面識といい、やはり彼にはこの件と不思議な因縁があるのかもしれない。
「王女様がここに来ているってことは、何か重大な任務なんですよね!」
「まあ……そうなるな」
「俺、王女様の力になりたいんです! どんな些細なことでも!」
「そうだな……後に
「俺に?」
「生死に関わる案件でな、話を聞いてから受けるか否かじっくり考えてほしい」
「わ、分かりましたッ!」
カイトの口角は上がり、急いで集会所内に走りながら戻っていく。その走り方はどこか独特で、スキップが混じっているような、時折高く跳ねるような動きが見られた。
変な走り方だな、とクリスティーナは首を傾げる。
「何だか、あの人――」
「どうした、ウラリネ?」
「カイトさん、クリスティーナ様にベタ惚れしてますね」
「ええっ?」
クリスティーナは口を押さえながら、カイトの走っていった方向を見つめた。受付嬢に何やら話しかけている。一秒でも早く依頼について聞きたいのだろう。危険な依頼内容だというのに、彼は満面の笑みを浮かべていた。
「もしかしたら、近々『付き合ってくれ!』なんて告白されるかもしれませんよ?」
「ま、まさかぁ」
「仮に告白されてしまったら、絶対に断ってくださいね。一般の冒険者と王女様が恋仲にあると知られたら、王国の大スキャンダルですから」
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