第7話 尋問食事会

「へい、らっしゃい! 串焼き食べていかないかい?」

「今朝、捕れた魚は欲しくないか?」

「さあ、甘い甘い果実酒はいかが?」


 カジは師匠マクスウェルに促されるまま、近くの飲食店へ立ち寄った。壁際の席に案内され、肉料理を注文する。代金は全てマクスウェルが支払い、カジは近況報告を行った。


「なかなか凶暴なモンスターも多くて、そちらにも手を焼いています」

「仕方あるまい。それゆえに警備を配置できないし、侵入する馬鹿も多いんだ」


 昔、あの森林周辺を伐採して整地する計画があったが、モンスターの激しい反撃に遭って中断された。そんな過去もあり、魔族も大いに警戒している場所だ。前回遭遇した陰潜虎トリスティスみたいな化け物がウジャウジャいるのだから、強い人材を集めたところで対処しきれない。実力の無い者は、なるべく離れた場所で見守るしかないのだ。


「それで冒険者の方はどうだ? 遭遇したか?」

「はい。四人組のパーティと交戦しました」

「それで、そいつらはどうした?」

「モンスターの邪魔が入って、逃がしました」


 またカジは嘘の報告と、師匠への罪悪感を重ねていく。

 マクスウェルは人間族の冒険者のことを嫌っているだろうし、「謎の女冒険者を助けた」と報告するのは不味い。カジは自分の口から出す一言一句に細心の注意を払い、マクスウェルに勘付かれぬよう報告を進めていく。


「それにしても、四人組の冒険者……か」

「どうかしましたか?」

「カジは先月の鉱山襲撃事件を覚えているか?」

「はい。凄惨な事件でしたから記憶に残ってます」


 先日、ラフィルとの会話で話題に上がった件の冒険者集団のことだ。彼らも同じ四人組という編成で、鉱石を盗むという事件を起こした。


「その四人組というのは、事件の犯人じゃなかったか?」

「いえ。誰も人相書の人物に似てませんでした。全く別のパーティかと思われます」

「そうか。まあどっちにせよ、その馬鹿共を仕留められなかったのは残念だがね」


 今振り返ってみても、森で倒した冒険者たちは全くの別人だった。人相書の男たちよりも若く、パーティ編成も違う。例の鉱山に侵入したパーティは、四人中、三人が剣や槍を扱う前衛タイプという構成だったと聞いている。


「あの事件の犯人はな、前衛に特化した連中だったらしいな」

「はい。自分もそのように伺ってます」

「ヤツらの後衛も気になる。珍しく狙撃銃を使ってる冒険者だったそうだよ」


 狙撃銃……だと?


 カジの肉料理を口に運んでいく手がピタリと止まる。

『狙撃銃』というワードに、例の女冒険者の顔が浮かんだ。


「はぁ……狙撃銃の使い手ですか」

「ああ。魔力装填式の、かなり珍しいタイプだ。全く、あんな魔力の燃費が悪い武器を使うなんて物好きな馬鹿もいたもんだ」


 おそらく、あの女が使っていた武器と同一のものだろう。


 魔力装填式狙撃銃は使用者の魔力を馬鹿みたいに食らう。銃内部に魔力を結晶化させた弾丸を形成し、さらにそれを爆発魔法で発射するため魔力消費が激しいからだ。さらに飛距離を長くするほど、魔力弾に込めなければいけない魔力も増えてくる。

 火薬や鉄の弾を補充する必要は一切ないが、そんなことをするならば杖で広範囲を攻撃可能な上位魔法を撃った方が敵を倒すうえで効率がいい。狙撃銃に匹敵する射程はないが、その方が命中しやすいし、一度に複数の敵を攻撃できる。


「それで、どんなヤツが使っていたんですか?」

「フードを被っていて人相書はうまく作成できなかったがね、体格や走り方からしておそらく若い女だ」


 これは、確実に犯人はあの女ではないか。

 カジが初めて彼女と出会ったとき、フードを被って顔を隠していたのを思い出す。

 マクスウェルから伝えられる全ての特徴が、あの女冒険者に一致していた。

 もしかしたら、自分は重要な犯罪人を匿っているのではないか。そんな不安に、カジの胸は締め付けられる。


「それで、そいつは犯行時にどんな役割をしてたんですか?」

「追ってくる兵士の足を撃ち抜いて動きを止めていたのさ。ただ……」


 マクスウェルは天井をぼんやりと見上げ、古い記憶を思い出すかのように呟いた。


「ただ不可解なのは、手足ばかり狙って急所を撃って来なかったことだな。あれだけの腕があれば、簡単に何人も殺せただろうに」

「敢えて救助させて戦力を割くのが狙いだったのでは?」

「ま、本人たちに聞かなければ真相は分からんがね」


 マクスウェルは皿に残っていた最後の肉を食べ終えると、「ごちそうさま」と言って席を立った。カジも彼へ続くように立ち上がり、店の外へ出て行く。


「それにしても、随分と狙撃銃の女に興味があるようだな」

「珍しい武器ですからね。いざ出会ったときの対処法も考えておかないと」

「狙撃者の話を聞いているときだけ、目の色が違ったぞ」


 その犯行グループの一味と女冒険者が同一人物なのかが気になり、深く尋ね過ぎてしまった。今後、この話題に触れる際は注意を払わなければ、マクスウェルも何か気付いてくる。


 ――そんなことを考えた直後だった。


「カジ。最後に一つだけいいか?」

「どうしましたか師匠?」

「前々から思っていたんだが……」


 マクスウェルは腕を組んでカジを睨み、低い声で告げた。


「お前は捨て猫を拾い過ぎる」

「は、はぁ……」

「親とはぐれた猫を育てるのも結構だが、あんまり拾うと世話も大変になるからな」


 マクスウェルは踵を返すと手を振りながら店の前を去り、雑踏の中へ消えていった。


 マクスウェルが最後に放った言葉にはどういう意味があるのだろうか。自分に対する警告であるのは確実だ。『捨て猫』。あの女の隠語かもしれない。

 すでにカジの態度で、マクスウェルは何か察していた。孫にばかり気を取られているかと思っていたが、兵士育成者としての鋭い勘は失われていないらしい。


「ったく、面倒なことになったな……」


 カジは薬の入った布袋を提げたまま、しばらく雑踏の中に立ち尽くしていた。


「ウチの美味い果実酒はいかが?」

「甘くて美味しいよ!」


 店先で物を売る商人たちの声が、やけにうるさかった。

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