小市民的ファンタジー小説

ぐ印製作所

小市民的ファンタジー小説

「勇者たちよ、まずはよくここへ辿り着いたと褒めてやろう」

 大広間の奥、広い階段の上には魔王の座る玉座がある。魔王は立ち上がり、黒いマントをばさりと翻した。

 若き勇者トム、歴戦の戦士ビリー、紅一点の魔法使いメアリー、そして盗賊の俺ダニエルのパーティーは幾多の冒険をくぐりぬけ、いよいよ魔王の居城へとたどりつき、魔を統べる王となったマイケルとこうやって対峙していた。

「魔王マイケル! なぜこの国の王子だったお前が人間を裏切り、魔に与する?」

 勇者トムが剣を構えたまま魔王に訊ねた。

 実は彼の今持っている剣は勇者の一族にしか使えないものだったりする。そのことに悩んだトムが一度は「僕は……勇者なんかじゃない!」などと言い残して失踪したが、それでも戦い続ける俺たちの姿に「戦っているのは僕だけじゃない。仲間たちがいるんだ。僕は戦う!」と戦線復帰したという経緯があるが、あまり関係がないためここでは省略する。

「ふん、今更後悔したって遅えけどよ。お前は俺たちに倒されるんだからな。謝るなら今のうちだぜ?」

 使い込まれた重厚なハンマーを誇示しながら、戦士ビリーが魔王を挑発した。

 なお過去に滝壺に落ちて死んだと思われていたビリーがドラマチックに登場し、敵に囲まれて絶体絶命だった俺たちのピンチを救ったといういきさつがあるが、面倒なので紹介しないでおくことにする。

「これはこれは戯れごとを……後悔するのはお前たちだということが分からぬらしいな」

 魔王は余裕の態度を崩さないまま、鼻で笑った。

「マイケルお兄様! お願いです、人間を苦しめるなんてことはもう止めてください」

 杖を抱えた魔法使いメアリーが一歩進み出て、魔王に向かって懇願した。王子の魔王の妹なのだから、まあこの国のお姫様ということになる。

 ちなみに彼女が俺たちのパーティーに加わる際、精霊の守護受けるために、これまで誰も生きて帰ってきたことがないと言われる洞窟へ行ったエピソードがあるが、話が長くなるので割愛する。

「メアリーか……妹よ、私はこの世界に絶望したのだ」

 魔王は遠い目をした。

「いくら呼びかけたとて燃えるゴミと燃えないゴミをきちんと分別しない人間は決して絶えることがない。これを絶望と呼ばずして、何と呼ぶ?」

 いや、そんなしょうもない理由で簡単に絶望するなよ。

「さらに万引きの多発で、多くの書店が困っている」

 確かに万引きはいけないことだけどさあ……って、俺の職業は盗賊だが。でもだからといって人間を滅ぼすことはないだろう。

「また肉屋は国産牛肉だと表示しながら、その実輸入牛を販売している」

 俺は頭がずきずきするのを感じた。お前は本気で魔王をやるつもりがあるのか。

 しかし魔王は俺に構わず、言葉を続けた。

「――かくも罪深い生き物なのだ、人間とは。この先までも人間が存在し続けることに何の意味があろう。私は決めたのだ、この人間が住む世界を滅ぼすと!」

 実は特に意味のない倒置法を駆使して、高らかに宣言する。

「何をする気だ!」

 勇者トムが声を荒らげた。

「ふふふ、すでに国中の家という家のクローゼット全てにカマキリの卵をしかけている。春になれば、そこから大量にカマキリが孵化して、ご家庭は大騒ぎとなるだろう」

 いや、それで世界は絶対に滅んだりしないぞ。すごい迷惑だけど。

「そんな恐ろしいことを……」

 メアリーが今にも倒れんばかりに口元を押さえ、顔面を蒼白にした。

「さらに! 密かに歯磨き粉の中身を洗顔フォームに入れ替えておいた! 朝起きて歯磨きをしようとすれば、あのもったりとして超絶にしつこい後味に悩まされ、多大なストレスに晒される」

 なんで洗顔フォームの味を知っているんだよ。

「そしてストレスの溜まりまくったご家庭では、些細なことから夫婦喧嘩が頻発し、家庭不和からご主人はパチンコ屋に入り浸り、奥様はキッチンドランカーとなり、お子さんの成績は伸び悩むであろう」

「なんて残酷な……魔王マイケル、お前は僕が倒す!」

「そんな悪行は俺が絶対にやらせやしねえぜ!」

「お兄様……わたくし、お兄様と戦います」

 口々に叫ぶ仲間たち。

 クライマックスに一同は盛り上がりに盛り上がっている。俺を除いて。

 魔王はさらに、

「世界絶滅計画はそれだけではない! 夜中にこっそりとご家庭の台所に忍び込み、塩と砂糖をこっそり交換……」

 そこでついに俺の我慢は限界を超えた。

「そこをどけ! お前じゃ話にならん!」

「き、貴様何をするっ?」

「ダニエル?  一体何を――」

「大変だ、ダニエルが錯乱しやがった!」

「誰か彼を止めてください!」

「ええい、こうなったら俺が魔王になってやるっ!」

 止めようとする仲間を振りほどき、玉座を奪うべくマイケルに掴み掛かりながら、世界はなんて平和なんだろうと俺は頭の片隅でぼんやりと思った。

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