まがま

ラブテスター

まがま




 ヒロマル:まがま

 

 

 

 

 

 

「まがまって何」

 電話に出るなり、気色ばんだ声で問われる。

「はい? ――ま、がま?」

 しかし、夜中にいきなりの着信でたたき起こされたばかりの俺は、相手が誰かもわからないまま実に間抜けた声というか音しか返せず、

「馬鹿にしてんの? そのつもりならこっちも考えがあるけど」

 さらに怒りの込められた言葉をいただいてしまう。

「すんません、意味がわかんなくて。まが、何だっけ、まが?」

 俺は何とか、状況を自分が理解できるところまで手繰ろうとする。

「あーっ、そう。もういいわ。大丸ひろまる君は敵ってことで」

 電話が切れる。

 

 俺はスマホを耳から離し、時刻表示を見て、いまが午前三時であることを知る。

 呆然としているうちにディスプレイが消えて、部屋に暗闇が戻った。

 

 

 

***




 日も高い十時過ぎにやっと起きて、俺、大丸ひろまる ただしは台所で水をがぶがぶ飲みながらスマホの通話履歴を確認していた。

 確かに未明、サークルの先輩にして部長である天津谷あまつや 大昭たいしょうからの着信記録があり、あの電話が夢でなかったことを知る。ただ、あれが夢でないというなら、

「……まが」

 あの言葉は、何だったのか。


 しかし、その謎の言葉の正体、いや実体――実態? は、意外と早く判明した。

 《ライン》。

 無料メッセージングアプリの決定版。

 俺のスマホのホーム画面にもある、そのラインアプリのアイコンに、新着メッセージの受信を示す『9』というバッジが表示されていた。

 

 アプリを開くと、並んだトーク履歴のうち、俺が大学で所属している人形劇サークルのグループトークにその新着表示はまとまっていた。

 

 

 

 amatsuya:ひよこBOX脚本大賞参加者・関係者各位

 お疲れ様です。

 今回、当人形劇サークル「ひよこBOX」脚本コンテスト主宰・天津谷より、応募者の一人(以下A氏とします)へあらかじめ本コンテストの大賞受賞を約束する行為があったのではないかという疑惑が


 amatsuya:サークル内の一部で噂されたことに関しまして、私天津谷よりお答えいたします。

 

 amatsuya:噂の発信者数名より聴取したところ、私天津谷が、7月2日に駅前の「ホルモンためぞう」にて行われた飲み会でA氏の作品への感想を求められたため、同氏に対し同店のトイレ内で「大賞は自分の一存では決められないが、大賞レベルの実力はある」等と激励したところ、


 amatsuya:後日、この発言の中で「大賞」の部分だけが切り取られた噂が第三者間で囁かれている事実が確認されたため、A氏に抗議を行ったところ、昨日、この抗議の一部分のみを再び切り取った噂が広められたものであります。


 amatsuya:後日、主宰・天津谷とA氏との会話の全容を再現し、一部で囁かれているような行為が無かったことを確認するとともに、捏造された発言を訂正し主宰・天津谷および本コンテストに対し悪質な誹謗中傷を行ったA氏に対し厳重に抗議するものであります。


 amatsuya:なお本コンテスト運営は本件がその悪質性から名誉毀損等に該当する恐れがあると認識しており、反省が見られない場合、学生課等と協議し厳正に対処していく所存です。


 amatsuya:最後になりますが、本コンテストへの参加者(作品応募者・選者・パペット造形師)におかれましては、本件でご心配をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。


 amatsuya:また、本コンテストでは選考の公正さが確保され皆様が安心してご参加頂けますよう次のような対策をとらせて頂いております。

 審査方法を明文化し、サークル部室のドア内側に掲示いたしました。

[画像]


 amatsuya:以上となります。

今後とも、ひよこBOX脚本大賞を一層お引き立て賜りますよう、何とぞ宜しくお願い申し上げます。

 平成30年7月5日 ひよこBOX脚本大賞運営


 ヒロマル:まがま











 ……


「まがまって何!?」


 俺は思わず叫んでいた。

 俺にはまるで初耳の、ひどく剣呑な内容を語る投稿がつづいた後に、最高にすっとぼけた俺の投稿が、ぽつんと不吉にまたたく死兆星のように鎮座している。

 ラインのトークは、受信したメッセージが左側からの吹き出しで、自分が発信したメッセージが右側からの吹き出しで表示される。その阿呆な響きのメッセージは見間違えようもなく右側から吹き出ており、確かに俺によって投稿されたメッセージであることを示していた。

 昨夜の、天津谷さんの怒りの電話の理由がじんわりと腑に落ちてくる。おそらく、神妙なていで釈明をしていたところを俺に茶化されたと思ったのだ。


「でも覚えがねえぞ……てかほんとまがまって何だよ……」

 昨夜おれは、酔ったりしていない。布団でスマホをいじりながら寝落ちなんてこともしていない。

 スマホを操作して入力キーボードを出す。ゆっくりと、操作時の指の運びを確認する。俺はフリック入力を使っているので、この言葉を打つには、まず『ま』をタップし、次に『か』と進み。濁音のために『゛』に進み、最後にまた『ま』に戻ることになる。

「ええー? 無意識にやる動きかこれ? いや、往復してるだけか……?」

 何度か試しているうちに、誤ってツイートするボタンに触れてしまい、そこで初めて自分がツイッターアプリの投稿画面でテストしていることに気づく。今度こそ確かに俺の手で発信され、全世界に公開されているタイムラインに流れた「まがま」の文字を見てヒィッと声を上げてツイートを削除する。

 指しか動かしていないのにひどく乱れる呼吸を整えながら、あれ? でも俺がライン開いたのって、そもそも新着通知が出てたからだよな? さっきの、俺の投稿が本当に最後なら、あの通知が残ってたはずはないよな? なんてことに思い至りアプリをまた開き直す。

「バッジの数字、あれいくつだったっけ……」

 ぶつぶつ言いながら、投稿時刻をあわせ見つつトークをさかのぼる。深夜の天津谷さんの連投のあと、数分と置かずに俺のは投稿されている。現在、既にグループトークに参加している全員分の既読数がついたこの複数のメッセージの投稿を、リアルタイムで見ていた者もいたかもしれない。心中おだやかでないことがうかがいしれるサークルの部長に、既読のカウントでうっすらと自分の存在を知られていることを意識しながら、緊張の糸が張りつめたその場に何と、いや何か言葉を投げたものかただでさえ悩ましいところ――このの出現によってトークをつなぐことはさらに困難になったに違いないブブッ、ブー。

 とつぜんスマホが振動し、あわあわと取り落としそうになる。

 画面上部に出現した通知バナーで、



 豆:[スタンプ:おはよ~(猫)]

 

 豆:マルさん起きた?

 

 

 豆やんからのメッセージが届いたことを知る。



 ヒロマル:起床なう

 

 

 思いのほか汗で滑る指で、返信を返す。

 

 

 豆:ツイッターの見てたよ。何やってんの



 豆やんこと豆塚まめづか 柴太しばたは、同じ人形劇サークルに所属している一年生だ。

 二年生の俺よりは一学年下であるが、俺が一浪しているので年齢は実質二つ離れている。しかし、豆やんは年配の俺に対して付けこそはしているものの、他はだいたいタメ口である。いつからこうだったかは忘れてしまったが、すっかり馴染んでおり、もはや何とも気にならない。俺自身がもともと、人間として最低限の敬意さえ払ってもらえていれば誰にどう接されようとあまり気に留めないためでもあった。

 

 

 ヒロマル:俺が聞きたい。俺は何をやってるんだ

 

 豆:まがまって何

 


 まがまって何。天津谷大昭、俺自身に続いてみたび投げかけられた質問に、異常性が日常を侵食し始めている気がして、俺はぞっとしてしまう。豆やん、お前もか。いや、でも、豆やんだって昨夜のラインからの事の流れを見ているんだろうから、疑問に思うのは不思議なことではない。



 ヒロマル:俺が聞きたい。。。まがまって何なんだ


 豆:[スタンプ:え~(猫)]


 豆:なんだべつに意味ないの


 ヒロマル:俺も知らない


 ヒロマル:打ったの俺じゃないし


 豆:さっきのツイートも?


 ヒロマル:あれはまちがえた


 豆:意味わからん



 すまん。


 状況がややこしくて、というか全く尋常でない一点があるために話が通じづらい。

 そこで俺は無理に説明を重ねず、河岸かし変えを提案する。



 ヒロマル:豆やん今日何限から?話すから昼飯つきあってよ


 豆:[スタンプ:ゴチデス!(宇宙人)]



 なんか可愛くないスタンプが来た。まあ、そう来るのは読んでいたし、仕方ないと呑むこととする。

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